暑くて暑くてほとんど毎日用事がない限りは家にいてクーラーがんがんにつけて生活してる。
外に出て立っているだけで汗ばんでくるので、アトピーがなかなか悪化していて、初めて行った皮膚科で診てもらった時も先生に「あちゃー」って言われた。

ちょっと前まで暗いニュースというか、なんか感情が忙しくなる内容のことが多かったのだけど、一番げんなりするのはいつだってニュースの内容やSNSで炎上している内容よりも、それに触れてる人たちの反応で、誰かが誰かを責め立てたり、煽ったり、なんか本題とは違う別のリングで別の試合が始まってたり、暑さも相まって余計に「大変だなぁ…」と思うことが多かった。


もちろん物事が騒ぎ立てれる発端になった出来事があるにしても「○○を好きな人たちって頭悪そう」とかはもう完全に違う話だし、人の「好き」に対してその人の品格を蔑むような発言をしてる時点で自分で言っている「頭悪そう」の人になってしまうと思うし、それよりももっと楽しいことに浸れる時間ってたくさんあるのにもったいないと思う。


人の「好き」は、よその誰かが否定できるものではない。その人が生活する中でなにかをきっかけに出会って、惹かれて、とにかく色んなきっかけが噛み合っていった結果が「好き」になったのだから、簡単に誰かの好きを否定するなんて一番浅はかでばからしい。

毎日毎日、嬉しい出来事がある人がいればその裏で悲しい出来事がある人もいる。
多分今日も、好きな人から電話が来てウキウキしたり、逆に好きな人と別れてしまって悲しんでる人もいて、そういう出来事は自分の知らないところでたくさんある。
今、世間はこういうムードだから自分の感情もそっちに合わせなきゃいけない、なんて必要もないし、自分の感情を持てるその時間が間違いなく自分の世界。オリンピックが開催してメダルラッシュで毎日明るい内容のニュースが流れてても、悲しいときは悲しい。どうしようもなく悲しいニュースが流れてて悲壮感に溢れてしまっているようでも、自分が嬉しいときは嬉しい。


だってその感情に至るまでに自分しか知らない、沢山の経緯があったわけなんだから。
毎日毎日、その感情に至るまでたくさん生きてるのは自分なんだから。
悲しい感情も嬉しい感情も誰も否定なんかできない、と俺は思ってる。


Twitterにも書いたけど、今日むぎの散歩をしているときに出会った妊婦さんがむぎの名前を聞いてきて「むぎっていうんです」と言うと、「えー!生まれてくる子の名前も麦にしようと思ってるんです」と話してくれて、多分そこで声が高らかになっだと思うけど、むぎは妊婦さんに向かってびょんびょん跳ねてて、そんなむぎを見て「こっちの麦が産まれたらまた会ってね」と頭を撫でてそれじゃあ、と歩いていったけど、そうやって、旦那さんと出会って、結婚して、命まで授かってきた毎日が重なってきたことを考えるとやっぱりそれぞれの人生や毎日ってすごく尊重しなきゃいけないもので、(だからこそ、人の人生を奪うような事件は心が痛む)それは俺もおんなじだし、アンテナに出会ってくれた人もみんなそうだと思う。

俺が見てる景色、あなたが見ている景色は間違いなく違う目線で、同じ景色を一緒に見ても背が違うだけで、角度が違うだけで、お互いには見えないものが見えている。

だから、せめて自分の作っていく景色に触れてくれる人と作る世界ぐらいはなるべく多く幸せであってもらいたい。


明日は1年ちょっと振りのthe quiet room、初めましてのthe shes goneと3マン。
自分が見ていられる、触れられる時間があるうちは素敵な夜になるように頑張りたいと思う。


明日のライブに来る人にもそれぞれ俺の知らない毎日があって、24時間のうち40分だけでも、誰かの人生に混ざり込むことが出来ることを大事にしていたい。その出会いの積み重ねが今の自分を作ってくれてるから、明日もそういう出会いがあるように。