次回作に向けたレコーディングが今日から始まった。とっても、良いものになると思う。
明日も朝早く集合してレコーディングの続きだけど、今日のレコーディングの終わり頃、高校の同級生の猪瀬から電話があった。電話に出ると「子供が今日産まれた」との報告だったので、おめでとうと言いながら最近のことを話したりしていた。

高校三年生の文化祭のテーマソングを作って、その曲を演奏する文化祭の日限定のバンドのボーカルをしていたのが猪瀬だった。
俺はちょっとギターが弾けるから、と学校を休んでいた日の翌日、登校したら実行委員長の一真から「諒、ギター弾くことになったから」と言われたのがすごく嫌だった。「人前に立たせるな俺を!」と反論したけどまぁまぁ、となだめられて受けた。
本番前日、放課後の体育館に椅子を並べたりしている時に、猪瀬と初めて話した。共通の友達は多かったのに、お互い同じ学校の中にいながらもその時初めて話して、「○○が話してるのを聞いてたから知ってたよ」とかいう話題で盛り上がったのを覚えてる。


文化祭は夏休み明けすぐで、高校三年生の8月末はまだ暑くて開いている体育館中のドアからじわっとした風と、体育館独特の埃臭いような匂いだった。部活動を引退していた3年生以外の1、2年生の放課後はそれこそ部活動に励む時間だから校庭から聞こえるサッカー部や野球部の掛け声や、校舎で吹奏楽部がパートごとに分かれて練習している楽器の音が聞こえてきたりして、「この文化祭が終わってしまったら、もう学校行事っていうのは卒業式だけだから、あとは喪失感ばっかりだって先輩が言ってたんだよね」と実行委員長の一真が話すことが余計に切なく感じたのもその体育館だった。


猪瀬とは文化祭以降、すごく仲良くなった。
大学2年生の終わり頃、猪瀬のいるアルバイト先の飲食店に面接に行き採用になってアルバイト先も同じになった。

閉店してから締め作業まで終わると、だいたい0時ごろになっていて、当時猪瀬はビックスクーターでアルバイトに来ていたから駐輪場まで二人で歩いて、近くにあるSEIYUでアイスを買って、ビックスクーターの次郎ちゃん(名前)にまたがってただただ、話した。
その頃、俺が一目惚れをした子がいて、知り合いと同じ経済学部だということまでは突き止めることが出来たけど「あの人、彼氏いるよ(しかも空手の全国大会優勝者とかだった)」とバッサリ斬られた日は別にフラれたわけでもないのにがっくし落ち込んでいたから、猪瀬はバイトの帰りにびっくりドンキーに連れていってくれて深夜のびっくりドンキーでチーズバーグディッシュとパフェを食べながら「どうせフラれるなら声かけちゃえよ!」と言うので「なんで空手チャンピオンに自分から殴られに行くようなことをするんだよ」と答えてなんだかおかしくて、二人でゲラゲラ笑ってた。


就活の合同説明会にも、車を運転して2人で向かった。当たり前だけど車の免許も取っていたし、帰りは幸楽苑でラーメンを食べた。
大学四年生になると卒業単位は取れていたし、学校に通う用事もないからあまり同級生とも会わなくなった。猪瀬とは学部も違かったし尚更会わなかったし、内定ももらっていた俺は「卒業まで遊び尽くしてやる!」とバイトも月2ぐらいに減らしてしまったから猪瀬と会うことも少なくなっていたけど、それでも月2のバイトの帰りは変わらずSEIYUでアイスを買って、次郎ちゃんにまたがって、帰りの方向が一緒だったので後ろに乗せてもらって家まで送ってもらって、そんな風に卒業までの大学生活の残りを過ごした。


社会人になってからはますます会う機会は減ったけど、お盆や年末には毎年会っている。


もう、バイト先の近くに行くこともないし、夜遅くにアイスを買ってダラダラ話して、時間の決まりなく帰宅するようなこともない。
それは猪瀬に限ったことじゃなくて、大学生活だけの特別な自由のようにも感じる。


時間の終わりや、明日のことを考えながら今を過ごすことが増えてくるのが大人になることだとも思う。


高校生の時に猪瀬が片思いしていた人にフラれたことや、今の奥さんに一度フラれた日に慰めに行ったら号泣していたことや、ヨリを戻して結婚したことを喜んでいたこと、そして今日家族がまた1人増えたこと、大人になればなるほど、忘れてしまうことや悲しく、寂しくなることも沢山あるけど、こんな風に増えていくものも沢山ある。


友達との付き合いが長くなればなるほど、共に出来る時間が増えれば増えるほど、その人がパパになったりする「当時は想像も出来なかったこと」に直面した時に嬉しくて嬉しくて、少し寂しいような、そんな気持ちになる。知れば知るほど、大人になっていたことを痛感する。心だけがあの頃のままな気がする。多分そうやって、みんな30歳になっても、40歳になっても大人になり続ける。



ステキな家族になってほしいなぁ、と思う。



大人になり続ける過程を、一緒に共有することの出来る音楽を作れる職業にいられることは幸せなことだと思う。
体育館の埃臭い匂いと一緒に自分たちの音楽が鳴っていたら、夏の終わりと秋の間の、少し肌寒くなった夕暮れに自分たちの音楽が鳴っていたら、バイト後に誰かと帰る真夜中の車通りも少なくなった道路沿いの歩道を歩くその時間に自分たちの音楽が鳴っていたら、仕事を始めて一人暮らしを始めた帰りの電車で自分たちの音楽が鳴っていたら

そういう風に一緒に年を取れたら。


レコーディング絶対良いものにして、良い作品にしよう、とますます強く思った日。