令和〜になって1週間が過ぎた。のと、2019年も3分の1が過ぎた。
元号が変わるタイミングでこんな風なんだから昭和から平成になったときも「平成初の○○」とか言ってたのかな。平成になったときは自粛ムードだったからそんなことなかったのかな。

もしかしたら生きているうちに、もう一回ぐらい元号が変わるタイミングに会えるかもしれない。でも多分、そこまでで、その先の元号が変わることに多分俺は立ち会えないと思う。平成って良い時代だったね、っていうのは平成を象徴できるようなアイテムに色んなことを吸収しやすい時期にお世話になっていたからで、ポケモン赤緑が出た時に母ちゃんにわがまま言って買ってもらったこと、通信ケーブルで緑でしか出ないポケモンを交換してもらったこと、64のゴールデンアイやスマブラ元祖を遊びつくしたこと、自分のケータイ電話というのを初めて持ったこと、動画は15秒しか撮れなかったし、画質は粗くて100万画素のケータイを持つ同級生はスターのようだったし、3人にこのメールを転送しないと死ぬ、みたいな怖いチェーンメールに怯えていたし、ケータイで音楽が聴けるようになって通学中の楽しみが増えたし、身の回りのアイテムは思い出深いものがたくさんあったけど、本当はそのアイテムを通して誰かといられること、一人でいられることが楽しかったんだと思う。

ポケモンと通信ケーブルを通して友達と会話すること、それが公園だったり家の中だったり、ガラケーで音楽を聴きながら帰った自転車での通学路も、アイテムはその時自分が生きてた背景を彩ってくれたものばかりで、あの時自分がいた公園も、学校も通学路も、全部ある。道は綺麗になったりしてても、そこは今も誰かの通学路であって、俺が過ごしてたあの通学路でのひとときを今は誰かがスマホで、LINEで友達に返事をしながら、友達とYouTubeを観ながら、そんな風にして思い出になっているんだと思う。

そういう思い出は別に大したことでもないのに、ふとしたときに急に現れてものすごく美しいもののような雰囲気で心を突っついてくるし、そこにはだいたい匂いもある。夏の匂い、雨の匂い、砂埃の匂い、金木犀の匂い、とか。

たくさんのアイテムと、匂いと、その時の出来事が混ざって思い出になってくからエモい、という気持ちになるのなんて当然だと思うし。


ツアーファイナルが終わってから、アラバキがあった。今年はすごく寒かった。2年前はむしろ暑かった。平成納めのライブがアラバキで冬みたいに寒くて、小雨で、そういうのもまた思い出。
高校の同級生がアラバキで彼女とアンテナを見に来てて終わった後に少し会ったら彼女が「○○泣いてましたよ」って言うから笑ってたら、当の本人は「お客さんがみんな喜んでるのを見てたら泣けてきてさ」と言ってて、俺はこの友達が泣いてるところは見たことない。「ワンピースの新刊を見て泣いた」みたいな話は高校の時からしてたけど、友達のライブを見て涙出来るなんてとても優しい。友達にとってもまた一つ思い出になってくれたら嬉しい。


前にも日記に書いたけど、23〜26ぐらいまでの記憶がすぽ抜けていて、出来事は覚えてるんだけど、思い出になってないことが多い。だから多分、匂いとか出来事とかそのどれかを感じれてなかったのか、そういうものに慣れ過ぎてきてしまっていたのかもしれないし、そうやって人は匂いや風景を感じれていた若かりし頃から思い出が止まってしまうのかもしれない。

でも2019年は、そういう匂いと出来事が結びつくことが多い。思い出。


思い出になるような日々を、毎日じゃなくていいから少しでも多く過ごしていたい。
俺にとっても誰かにとっても。雨の日に聴いてた音楽を聴くとあの頃が〜と思い出せるのと同じように、俺たちは誰かの思い出を彩れる側にいる。すごいことだと思う。


来年2月のワンマンライブの1次先行の申し込みがたくさんだった。2次先行と一般発売もあるからこの時点でのソールドはないけど、確実にソールドが近づいてきているのが嬉しい。アンテナの夢を一緒に楽しんでくれる方が大勢いて、増えてくれていて心の底から嬉しい。これはお互いの思い出。でも俺は演説がしたいわけじゃないから、思い出になるのにふさわしい素敵な曲をもっともっと作りたい。


平成の時代にたくさん、人として育ててもらった。失敗もたくさんした。これからもすることもある。
でも令和で、育ててもらったこと、蒔いた種を、一つでも多く返していけるようにがんばります。


まだ知らない日々 どうかよろしくね。