4月17日は父ちゃんの誕生日。メールは送ってない(忘れてた)
父ちゃんが22歳の時に俺が産まれて、父ちゃんとの一番古い記憶が、まだ寝室で寝ている父ちゃんを「起こしておいで」と母ちゃんに言われて寝室までハイハイで向かって、寝ている父ちゃんをバシバシ手で叩いて起こしたら寝起きの悪い父ちゃんに「うるさい!!」と怒鳴られて号泣しながらハイハイ全速力で母ちゃんのいるリビングまで戻って行ったこと。よく覚えてるなぁと思う。

小学4年生のあたりから、父ちゃんが仕事から帰って来ると母ちゃんが寝室に向かうようになって、父ちゃんと母ちゃんが一緒にリビングにいることが少なくなっていった。知っていたけど、知らないフリをすることが「正解」だと思って、母ちゃんのいないリビングで父ちゃんと妹とテレビを観たり、オモチャのエアホッケーをして遊んだりした。
ある日珍しく寝室から出てきた母ちゃんが「パパとお話しあるから寝ててね」と言ってきたので当時「離婚」という言葉を知らなくても、なんとなく深刻な話だ、というのは感じた。

後日、珍しく父ちゃんが「一緒に風呂に入ろうか」と言うので湯船に浸かっているときに、「明日から父ちゃん、お家からいなくなるから」と言った。その時もヘタにワガママを言わないことが「正解」だと思ったので「なんで?」ではなく「そうなの?」と確認をした。「そうなの?」の中には「なんで?」も含まれていたけど、理由なんて知らなくても普段の生活感から薄々気づいていたことだし、「そうなの?」がギリギリのワガママだったのだと思う。


次の日、学校から帰ると家具が少し減っていて、それでまた「(昨日言ってたこと)本当だったんだ」と思った。

意外と、子供は大人を見てるし、思考だって働いている。子供は意外と大人だし、大人だって意外と子供だ。そうして別居を始めたのが父ちゃんと母ちゃんが32歳の頃だから、大して今の俺と年齢も変わらないし、そういうもんだと思う。


定期的に父ちゃんの引越し先には遊びに行った。
父ちゃんが一人暮らしをしていたアパートはワンルームのロフト付きの部屋で、別段広くもないし、どちらかと言えば狭かったのだろうけど、当時の俺には狭い広いなんて別に関係なかった。
小さな浴槽の、追い焚き機能もないお風呂で、浴槽がお湯でたぷたぷになった頃に入ると、お湯が青くて、父ちゃんが「海から持ってきてるお湯だから青いんだよ」と言うことに対して「すごい!」と喜んでいた。父ちゃん的にはこのことがよっぽど記憶に残っているのか、今でもその話をされる。俺も、本当にそうだと思っていたけど。


父ちゃんとたまに、釣りに行ったり、映画に行ったりそんなことをしている反面、母ちゃんとの外出は減った。今まで共働きだった分、一人でやることが増えたりして大変なんだったんだろうと今になって思う。

小学校の卒業式が終わった日、母ちゃんが久しぶりに「みんなでご飯食べに行こうか」と言って向かった先がびっくりドンキーだった。どうしてか、今でも全然記憶から離れなくて、そのびっくりドンキーがなんだかすごく寂しかった。無理させたのか、と変な気を遣ったのかもしれない。


随分時間が飛ぶけど、おととし、アラバキに出たときに父ちゃん家族もアラバキに来ていて、そこで初めて、父ちゃんが俺の前で泣いてた。
「へぇ父ちゃんも泣くんだ」と思ったとの、「年取ったなぁ」と思った。


犬や猫とかの動物も別に好きじゃないし、一人行動が好きだし、不器用な人なんだと思う。
俺の中では、「海から持ってきたお湯だから青いんだよ」と言った父ちゃんの姿でまだ止まっているけど、久しぶりに会うときは昔に比べてやっぱり老けたなぁと思うし、出来るだけ健康で、長生きしてほしいと思う。



という、俺は今日、例の如く、上咽頭炎の治療に向かった。鼻の奥をズケズケと突かれオメオメと涙を流しながら治療をして「膿の量減ってきたね、まだあと数回かな」というプラマイゼロの言葉を受けて帰路についた。

その帰り、「○○ってバンド知ってる?」と音楽の話をしている多分大学生と同じホームで電車を待っていた。大学生曰く「○○からは洋楽のエッセンスがあるけど○○にはないから響かない」などなど話してて、「こういうの、バンドマンでも話すやついるよなぁ」も思いながら、盗み聞きするのも気持ち悪いのでドラクエ3を開いてイヤホンをした。いやぁ良いBGMだよすぎやま先生!!クラシックを聴いてきてないバンドは全部響かないよ!と言ったら随分勘違いを生むし、洋楽のエッセンスってなんだろう。

そもそも音楽を幅広く知ってるか、知らないか、を自分のステータスや人に対してのマウント取りに使おうとする精神が気持ち悪いし、そういう人に限って「ミーハー層は嫌い」とか言い出すんだろうなぁとかドラクエのラストダンジョンを進みながら思ってしまった。

(ここから追記)
世の中の音楽好きの人たちが「マウント取りに行ってんじゃねぇよ」ということではなく、好きだから聴く、好きだから探究する、っていうだけでいいのに、得たものを人に対して「武器」として振り回し出すものには近づきたくないな、って話。
好きに優劣なんてありません。それぞれの形の好きを誰も否定はできないから。

(ここまで追記。言葉足らずで誤解を与えていたらごめんなさい!)



離婚してない家庭が素晴らしいわけでも、片親の家庭が素晴らしくないわけでもない。
環境をステータスにする気持ち良さももちろん分かるけど、俺は正方形なちっさな浴槽に貯まった青いお湯でいちいち笑っていたり出来るような記憶があってよかったと思う。

ワンルームの、その辺の一人暮らし始めたての大学生が住むような部屋でも楽しかった。

色んな知識や経験を経て、一番根本的なものを見失わないようにしていけるように。


あさってツアーファイルだね。楽しいよ絶対。良い夜にしようね。