人の不幸で飯がうまい(漢字合ってるかわかんない)って言葉があるぐらいだから多分いつの時代もその通りの感性で人出来ているのだと思う。

タレントさんが結婚発表しても素直に「おめでとう」だけを言えないのってなんなんだろう。
別に、自分の人生に何の得も害もないはずなのになんでなんだろう。

活動休止をしている間、ほとんどSNSも開かずでいたらたった半年で知らないバンドが話題になっていたし、知り合いのバンドがどんどん人気になっていた。世の中が流れていく速さが改めて怖く感じて、情報に追いつこうとした。

自分自身について自分の心が不安だと周りを確かめたくなるのは、受験の日でもそうだった、学校のテストもそうだった。いつも満点近く点を取っていた村上くんや高柳くんはテストが終わった後の休み時間に「あそこって答えどうなった?」みたいな確認のし合いは自分からせず毅然としていた。

確認をしたがるのはいつも、出した答えに不安を持つ組だった。(俺もそこにいたけど)

自分の出した結論が合っているか、「大丈夫だよ」と言ってもらいたいだけなのか、人を見て、人に聞いて安心するのは、不安心の方が多いからだった。


周りのバンドがノリに乗ってきているのを見るのは嬉しいし、怖い。「嬉しい」というのは綺麗事で、本当は「落ちてしまえばいい」と思うことが出てくるかもしれない。
自分の恋愛に満足いっていないときに恋人が出来て幸せな友達を見ると嬉しいけどどこかでは「どうせそのうち別れる」なんて思ってしまうかもしれない。

でも本当はそうじゃないのも分かってる。
自分の現位置を守るために人の不幸を望むのではなくて、自分の現位置から進むために人の幸せを喜べること、それだけでいいしなんなら、自分のやっていることに自信(というと大袈裟かもしれないけど)があれば他人なんて気にする必要もない。

自分に関係のない、一つの物事に興味が極端に湧くのはそれぐらい極端に自分の心が見えない不安に飲まれそうだからかもしれない。


俺も、怖い。
たった半年ちょっとの時間の流れと速さが怖い、未知数な未来が怖い。
でも間違ってない、と思えることが沢山ある。

活動再開を喜んでくれた人、活動再開をして出会ってくれた人、同じような志の音楽家、ライター、映像監督、ものづくりの人、みんなそう。

だから怖いけど怖くない。先を歩くバンドさんに早く追いつきたい、追いついてみんなでもっといい音楽を伝えていければいい。

今こうしてこんなことを言ってるのを見て、イライラする感覚を覚える人もいる。絶対なんて絶対ないから、みんながみんな「その通りだ!」なんてならない。でもそれでよくてイライラしても、同じように「まぁ無理だろお前らじゃ」と思ってもそれでよくて、そういう感覚を「間違ってる」なんても思わない。俺も何かに対してそんな風に思うことも沢山あったし、これからもあるかもしれないし。


バレンタインが大切な人に感謝を伝える日で、そういう対象の人がいるなら思う存分満喫したらいい。だってそういう日だから。


今日さ、エゴサしててさ、お正月のFMヨコハマの番組に出て「深い深い青」を聴いてくれた男性がCDを買ってくれてて、その人のプロフィールに飛んだら打首さんが好きな人だったんだけど、うちらを聴いてCDを買ってくれるほど好きを感じてくれたんだよ、すごいよねジャンルとか本当関係ないし、本当にありがとうございます。

そういう、そういう感想や反応が沢山ある。

今まで応援してくれた方もみんな、アンテナの感想を「ライフソング」という言葉で表現してくれる人が沢山増えた。届いてる。

自分たちと、自分たちに出会ってくれた全ての人の感覚は答え合わせをするまでもなくやっぱり100点。


「チャンネル一つ変えるだけできっと幸せ」


不安でもいい、不安は悪じゃない。
幸せでもいい、幸せは恥ずかしいことじゃない。

全部いい。


ね。