某番組のドキュメンタリー撮影のため、仙台の街中を久々に歩いたりした。

いつもお世話になっているリハーサルスタジオ、人生のターニングポイントになった母校、モーンガータの撮影場所となった図書館。

あの時こうだった、あぁだった、という話をたくさんした。アンテナという名前になったのに深い理由はなく、バンド自体ゆるりと始まったこと、アンテナという名前以外の候補では「純情アイロニー」という名前を提示されたこと(速攻拒否った)、話しながら色々思い出した。

高校に入学して同じクラスの出席番号1番の石垣くんとすぐに仲良くなった。石垣くんは自己紹介のときにまったりした喋り方で「柴咲コウが好きです。あと、なで肩です」と言った。背も高くイケメンだったので入学式の日の放課後、教室前の廊下でクラス中の女子に囲まれてアドレスを聞かれていた。俺はその時、身長160センチもなかった。

入学してから石垣くんと仲良くなって、石垣くんとお昼のお弁当を一緒に食べるようになった。
ある日、石垣くんは「これ、書いてみたんだけど」とノートを破った紙切れを見せてきた。

「影」というタイトルの詩だった。
「私はあなたが好きだから いつでもあなたについていく。私はあなたが好きなのに ここからあなたといられない」と書かれていたのを今でも覚えている。

それから1年ほど経って、石垣くんがまた別の詩を書いた、と見せてきたのでせっかくだからとメロディをつけて、土曜日か日曜日か、学校がない日に自転車で石垣くんの家のマンション下の公園まで行き、石垣くんに聴かせた。石垣くんは「俺、お前の声好きだわ」と笑って言った。
身長も低く、声変わりもなかなかせず、周りの同級生に比べて成長も遅かった俺は合唱コンクールではいつもソプラノだったし、身長が急に伸びたり、身体つきが骨ばってゆく同級生にコンプレックスを持っていたから、石垣くんのその言葉はすごく嬉しかった。

高校3年生の卒業記念で、1年分のクラス写真がオルゴールと共にスライドショーとして流れていくDVDをクラスの女子が作ってくれた。事前に、これからの夢や高校生活の総括などを、一人一言、寄せ書きのように集める企画をしていて、それがDVDケースの表紙だった。
「メジャーデビューしてミリオンセラー」と適当に書いた夢は前半叶って、後半はまだ叶えられていない。もう少し待っててくれたらいいなと思う当時の自分。


そんな、色々なことを母校に着いてインタビューを受け答えしながら思い出していた。テレビ局として学校に撮影許可の連絡を入れていたのだが、高校3年間、ずっと同じ担任だった及川先生がまだ母校にいるということで及川先生から「会いたい」とテレビ局の方に電話で話していたと聞いた。

高校3年間同じクラスだった同級生は俺には一人もいなくて、唯一3年間同じだったのが担任の及川先生だった。
及川先生が10年も前に卒業した担任クラスの生徒を覚えていることに驚いたし嬉しかった。結局、先生とは時間の都合で会うことはできなかったけどまた会えるタイミングがきっと来ると思う。


夕方になると風がどんどん冷たくなった。


撮影が全て終わり、取材チームのみんなと俺の同伴スタッフと居酒屋に食事に連れて行ってもらった。
10年前の自分は、県外のメディアや媒体の人が仙台まで来てくれてこうしてご飯を食べてお酒を飲んだりするなんて考えてもいないだろうし、半分ノリで書いた夢が一応、止まることはあったけど、まずは叶ったことも知らない。

色んな人に会ってきた、色んなことがあった。
そして今年も冬を感じることが出来た。結構楽しくやってるよー、色んなきっかけが自分の中で繋がっていて今があること、そんなことを考えた一日だった。


放送日とかはまた後日アナウンスできます、楽しみにしててね。


メンバーはみんなでごんたの誕生日会をしていた。おめでとう。アンテナの中では一番古い付き合いのごんた、目を合わせて話すのに1年かかったごんた、これからもよろしく。