4/12、4/13とリリースツアーの名古屋編、大阪編が続いた。

GOOD ON THE REELとシナリオアートとアンテナの固定での2日間。
終わってみた結果だけ言うと心の底から最高だった。

2013年の4月(だったと思う)ロックの夜明けという都内のイベントにアンテナが呼ばれて、そこにGOOD ON THE REELさんがいて、その時初めて対バンした。イベント自体もソールドアウトで、イベント後、当時出したばかりの「さよならの代わり」が売り切れるぐらい沢山の方の手に取ってもらえたのを覚えている。
打ち上げで、伊丸さんと話したのを今でも覚えている。連絡先を交換して、バンドシーン、というもの自体全く分かっていなかった俺は後日、Twitterなどで「ひょっとしてグッドってすごく人気なバンドなのかも…」と恐れ多くなった。

その数ヶ月後、シナリオアートとも東京で対バンした。当時、シナリオとアンテナはおんなじマネージャーでよくマネージャーからもシナリオの話を聞いていた。

シナリオは翌年ぐらいにメジャーデビューをして渋谷wwwだったかな、代官山UNITだったかな、ワンマンライブをソールドアウトさせていた頃、アンテナは所属していた事務所から離れた。

全然会わないのに、グッドの伊丸さんとはバンドの節目節目にふと連絡を取り合ったりしていて、去年の活動休止のタイミングで連絡していなかったバンドマンでは最初にシナリオのくみさんから連絡をもらった。

2013年にこの2つのバンドに出会ってから、アンテナは加速して前に進めていたわけじゃないことの方が多かったけど、6年振りにこの2バンドを、自分たちのツアーで共演できることがすごく嬉しかった。

名古屋では、リハーサル中、伊丸さんと千野さんが子供みたいにドラムの側まで来てどういう音作りになってるのか2人で興味津々だったし、リハ後すぐにグッドの岡崎さんが「めっちゃいいです(敬語)」と話しかけてくれて、シナリオのコウスケさんも「やばいなー」と話してくれた。深い 深い 青のシングル配信がスタートしたとき、やまぴーはTwitterで「良い」と呟いてくれていたり、俺にとっての届かない憧れになっていた人たちがそうやって自分たちの音楽やバンドを褒めてくれるのが嬉しかった。

シナリオアートはみんな、赤の靴下を履いていて
アンテナは青の靴下
グッドは名古屋のセトリの最後にシャワーをやって「赤と青をうまく回して〜」と歌っていた。
意図したものじゃないのは分かってるけど両バンドの間に挟まれたグッドがそれを歌うのが楽しくて、そもそも会場自体もあったかいし、ライブ自体もすごく楽しかった。名古屋はソールドできなかったけど、アンテナとしても、イベント全体としても今までで一番多くのお客さんに足を運んでもらえた。

大阪はツアーの中で一番最初に出たソールドアウト場所で、前日の名古屋のこともあって3バンドとも誰も欠けることなく「やっほー」みたいなノリで会場に入れるのも嬉しかった。

仙台、札幌、名古屋でツアーを回って感じたことを今までで一番活かせて、リラックス出来たライブだった。

初めて、パンゲアのソールドアウトのフロア風景を見た。

グッドの宇佐美さんがMCで「最初から3バンドで回ろうと言ってたぐらいの雰囲気なんだけどみんなもそう思う?」と聞いたらお客さんは誰も反応しなかった。のを見て俺は「はいこの人たちみんなともう仲良くなれるー」と嬉しくなった。そのMC前まではグッドのお客さんもみんなノリノリだったから、そんなMCに反応しないほど冷たいわけないから、「思ってるけど口には出せない熱い気持ちのシャイな人たち」だったし、それをカバーした千野さんと伊丸さんも「そう思います!!」と発言するんじゃなくて小声で「そう思いまーす」とマイクにボソッと言ってたのも大好きだった。

シナリオアートとはシナリオ10周年のツアー、5月仙台で、今度はアンテナがゲストとして出させてもらう。大阪のダブルアンコールでサニーデイをやって、打ち上げの乾杯前にくみさんが「一番サニーデイが聞きたかった」とニッコリして言ってくれたときに、2013年に対バンしたときに「サニーデイと3.2.1.で、を掛けてるの?あれめっちゃいいな」と話してくれてたことを思い出した。

打ち上げで千野さんは「とんとんとんの曲、あれが一番最高だよ」って言ってくれたので「寂しい人認定」をした。

伊丸さんはずっとふざけてた。

6年間、違う活動をしてアンテナが見てきてない景色をたくさん見てきた2バンドに少しでもアンテナが追いつけていれば嬉しいし、それをちゃんと伝えられた2日間だったと思う。

ツアー箇所全部、本当にいい内容で、ツアーファイナルのワンマンもソールドアウトで迎えられるのが嬉しい。

長くやってきた中で今ようやく、今までの自分たちを支えてくれてたファンの方含めてみんなと意識的にも音楽的にも、もっと遠くまで行けるような気がしてる。ぐらいあったかい。

ファイナルがすごく楽しみで、すごく寂しい。

けどまだまだ続いていく目標が沢山あるので、アンテナのライフソングに触れてくれたみんなが自分自身を誇れるような、そういう音楽を多分これから出来ると信じてる。


アンテナと共鳴出来るバンドさんと一緒にライブが出来て、そういうお客さんに受け取ってもらえて最高だ。アンテナはアンテナでしかなくて、自分たちの届け方を貫けることを嬉しく思う。


ツアーファイナル良い日にしようね。
本当に楽しいツアーだよ今。




高校1年生の時、同じクラスの1年5組で出席番号が1番だった石垣一真くんの誕生日が4月11日だった。

自己紹介の時に「好きなタイプは柴咲コウさんです。あと、なで肩です。」と言っていたのを今でも覚えている。入学式の日の放課後、一真はクラス中の女子に囲まれて連絡先を聞かれていた。すごい。


あれから15年経った。
学生の時の友人は、高校生からしかない俺にとって高校時代の友人は本当に大事で、感謝しかない。一真に毎年、「誕生日おめでとう」と連絡するし、一真からも誕生日の時にはお祝い連絡が来る。今年もおめでとうを送って、夢の30だねと言ったら「人生の半分友達でいれるってすごい」と返事が来た。

「そっか、半分か」と少し考えて「すごい」と思った。
同じように15年経ったら45歳になるけど同じように「おめでとう」と言えるような友達でありたい。


日中、外に出て歩いていたら道の先に明らかに道に迷っているインド人?の男性がいた。
なにかの紙を見つめたあたりをキョロキョロしていたので、お手本のような迷い方だった。目が合うとすぐに、「あのー」と声を掛けられた。

「でしょうね…」と思ったけどひとに道を尋ねるぐらいだからよっぽど切迫詰まってるのかもしれないし話を聞くと、インドカレー屋の配達でこの辺りまで来たけど場所が分からない、とのことで配達先の住所を見せてもらってスマホのナビで検索をすると歩いて20分ぐらいのところだった。まぁまぁ距離がある。

配達を頼んだお客さんの電話番号も書いてあったので、電話を掛けると女性が出た。事情を話すと「やっぱりそうですよね、頼んで1時間以上経つのでー」と笑っていて1時間も経ってたらカレー冷えてるじゃんと思ったので早く配達できるに越したことないと思いつつ、タクシーが通るようなところでもないし、二人で歩いてお客さんのところまで向かった。

向かっている間インド人?の店員さんは多分お店に電話をして何かを話していたりなんだかバタバタしてた。俺は「今日は少しあったかくてよかった。」と思いながら歩いてた。


配達先のすぐ近くまで来たときに改めてお客さんに電話をかけて、家の前の通りで待ってもらうように伝えて少し歩くとお子さんを抱えた女性がいたのであの人だ!と思った。

お客さんもこちらに気付いたようでようやく合流。店員さんは「よかったー」と何度も安堵していて「冷めちゃってごめんなさい」とお客さんに謝りながらしっかり代金の3500円を受け取っていたのでちょっと可笑しかった。でもまぁ、そりゃそうか。

お客さんは俺にまで丁寧にお礼を言ってくれて、店員さんはここからタクシーを捕まえる、とのことなのでそこで別れた。
お店の名前も、本人の名前も、何にも知らない不思議な散歩だった。


来た道を歩いて家に帰ってから、明日からまた始まるツアーの名古屋編のことを考えていた。
名古屋、大阪。
リハーサルスタジオでの感触はすごく良くて、通えてない名古屋で今の自分たちをぶつけられるのが楽しみだし、シナリオアートとグッドオンザリールともひさしぶりに会えるのも楽しみだし、でもその反面、あっという間なんだろうなぁ、と思うとなんだかもの寂しい。早くもっと長くツアーが出来るようになりたい。アンテナのスタイルに共鳴してくれる人がワイワイしてる今の感じをもっと触れれるようにしたい。

お風呂から上がって、ケータイの通話アプリをふと開いたとき、カレーの配達をしたお客さんの電話番号が履歴で残っていた。
残しておいてもなんだか申し訳ないので削除した。名前も知らない店員さんと歩いた時間を証拠として残してくれてたのがその電話番号だけど、削除した瞬間、目に見える今日の出来事があった証拠はなくなってしまった。


見えないけど繋がっているっていうさりげなさが良くて、アンテナブルー靴下をグッズで出してるけど、いつかフロア中が、見えてなくてもきっとアンテナ靴下を履いてくれてる信頼感があったらいいな、と思った時のことをなんとなく思い出した。


誕生日だった一真とも、最近会えてないのに友達として認識し合えているのもそういうことかもしれない。今日から1年ぐらい経ったある日、インドカレー屋の店員さんは今日のことを思い出すかと言ったら別に思い出さないと思う。俺もそうだと思う。

でも、名前とか聞いておけばひょんなことからこれから仲良くなったりなんかして、遊びに行ったりなんかして、そしたら一真と友達になったまみたいに友達なんかになっちゃったりしたのかもしれない。

色んな未来のきっかけや分岐点はそこら中に転がってる。

明日の名古屋も、大阪も、きっとそうだと思う。



ツアー頑張るぞー。

人生の半分、アンテナの音楽を聴いてる、ってなってるような将来を夢見て寝る。
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ツアーが終わるまで、日々感じたことは文字面にしないようにしよう、と思って日記という形で書くのを休憩していたけど、今日冷静にツアーのことを考えたら「残り3本じゃん」「来週の今頃はもうファイナル間近じゃん」と思ったので、新年度も始まったことだし再開。(意思よ)

2月の仙台インストアの時もそうだったんだけど、蓄のう症が酷くて声を出しづらいという感じが続いていて、3月もそれが抜けなくてとうとう、無理が祟ったのかツアー初日仙台の5日前に「声が出ない」状態になってしまった。さすがに焦った。

「声ってこんなに出ないんだ」と思った。その日は別の撮影現場があったけどなんとかしなきゃ、ということで声専門の病院を紹介してもらってスタッフとタクシーに飛び乗って病院に向かった。受付時間がギリギリだったので事前に電話で確認してみると「1分でも遅れたら無理です」と言われたらしく、飛ばしてもらったタクシー。

1分過ぎて着いた受付、カッスカスの声で「電話していた渡辺です」と受付で伝えると「あ、はい」と先生に受付の男性が電話を繋いでくれたけど、「今日はもう受付はできないとのことです」と断られた。

マジかよ…と思っているとスタッフがその場で別の病院を見つけて連絡、「受付時間は過ぎているが診れますよ」とのことですぐに向かう。神。

声のクリニック、という看板なだけあって声を使う人専門の病院で声帯の状態を見てもらったりして声帯自体は「声帯炎」ようは使い過ぎ、とのことだったけどそんなに無茶な歌い方でもないし今まで通りの感じだったけど、ということと、最近の蓄のう症の具合を話したら一旦鼻も見てみよう、とのことでカメラを鼻からぐーーーっと挿れられた。ぐんぐん奥まで入っていって先生が「あー」とカメラの映像が映されている画面を観ながら言った。

「これ、蓄のう症じゃなくてもっと奥、上咽頭ってところが慢性化してるね酷いわ」と。
ここの膿が結局、風邪のひきやすさや痰、鼻水など全部引き起こしていて、痰を出そうとする咳などで喉に負担がかかる、などだった。

治療がとにかく痛くてずっと泣いてた。慢性化してるとのことで通院しなければいけないけど、「ここをちゃんと治せば全部よくなるよ」とのことでなんかすごく嬉しかった。


「土曜日までになんとか声が出るようにしたい」と言うと「一番強い薬を出して、今日は点滴をするけどギリかもね。万全じゃないかもしれないけど声は出るよ」と言ってもらえた。


仙台ワンマン当日の朝、声を久しぶりにちゃんと出してみたら話し声は出るものの、ちょっと声が上の方に行くと微妙に掠れるのでハラハラだった。

ツアー初日で、仙台で、ソールドアウトだー!とあれほど意気込んでいたのになんて失態だ、とげんなりしたままリハーサル。マネージャーが喉にいいという強いハチミツと飲み物をたんまり買って来てくれて楽屋でも置いててくれた。

リハーサルでは「最悪」という印象ではなくて「なんとかいけそう」っていう手応えですぐに開場で、ネタバレになるから伏せておくけど会場レイアウトやセトリ含めて本当はもっと色々見て回りたかったけど楽屋で吸入!吸入!

本番はやっぱり、思っていたように声は出せなかったけど最初のMCの時に「神さまが今日はこの声でやれ」って言ってるんだ、と思ってから嘘のようにスッキリして、すごく楽しかった。

ジャンクボックスはアンテナを結成してから初めてライブをしたライブハウス。今のメンバーは誰もいなかった。何年もかかったけど、自分たちだけでここをソールドアウト出来たことはすごく嬉しい。話したいことはMCの中で全部話したつもりだけどあんまり覚えてない。(内緒だよ)
でもツアーの初日であの感想を自分の中で持てたのはすごく誇らしくて。そう、自分たちの音楽とお客さんがマッチしていくことが誇らしかった。

俺は自分自身もそうだけど、みんなにも誇ってもらいたい、アンテナの音楽を好きな自分を。と思えたのがすごく良かった。

だから仙台ワンマンに参戦してくれたみんなとまた次、大きな場所で会えるように。約束。良い音楽しようね。すごくいい初日だった。

打ち上げでスタッフが「諒くんは喉の調子も含めて不本意なこともあったと思うけど、見ている側としては素直にすごくよかった」と言っていた。そのスタッフは何かにつけてよく褒める。(言い方)
だから「本当か?」と思うこともあるけど、この日は心の底からそう言ってくれてるのが伝わって嬉しかった。アンテナに深ーい愛情を持つスタッフだから(もちろん年上)曲も「全部好きだ」と言ってくれるし俺のわがままにも怒ったりすることなくまず聞いてくれるけど全部褒められてると俺みたいな人は逆にちゃんと見てくれてるのか謎になる(本当めんどくさいな)。

でも、喉の不調とかは体調の自己管理だから、そこはごめんなさい、俺の管理不足。


二本目は北海道。こっちも1年ぶりだった。
昨年度始めが北海道でのライブ、で、今回のライブが3/31だったから年度納めも北海道。うーんすごい。北海道もAIR-G'でパーソナリティを務めさせてもらったり、活動休止中も北海道の方から一番連絡をいただいたり、本当に恩がたくさんあって、二本目が北海道だったのも嬉しい。

仙台ワンマンから北海道までのちょうど真ん中に、ラジオでの公開生演奏とテレビ収録があったりして声を使うこともあって治りはまだ少しかかりそうだった。

岩ヰフミトくんのバンドセットと、マドモアゼルへ花束をとの3マン、フミトくんと好きな音楽が似ていることもあってリハーサルから最高だった。

本番もまだ少し声は出しづらくて、でも仙台の時よりは不安感はなかった。仙台がすごく良い雰囲気だったから、安心できた。(仙台がコケてたら多分やばかった)
北海道で驚いたのがダブルアンコールまで起きたことだった。本当に、情熱的な気持ちの人たちばっかりだ。披露出来る持ち曲がなくてアンコールをなににするかで悩んだのは初めてだった。(笑いの感情)

ソールドアウトまではいかなかった。もう少しだったんだけど。でも、ここでも驚いたのが、アンテナとしての動員がぐいんと伸びていたことだった。
だから、次はソールドさせよう、北海道も誇らしい。なぜならチーム北日本だから。(来た人にしか分かんない話でごめん)


北海道で新年号の発表を見た。北海道、いいね。

ライブの翌日はThe Floorのはやと氏と男二人で動物園に行った。ゴリゴリに吹雪いてた。「これはただのデートだ」とバイバイしてから写真を送り合ってLINEで話してた。
ごんたはフェリーの出航時間ギリギリ、本当にギリギリに乗り場に着いて嵐のようにフェリーに乗り込んだ。

(その頃スタッフ2人は飛行機が欠便になってその日も泊まることになったらしいハハハ!!!)

北海道から帰ってきてから5日間、あまり声を出さないように生活をして、その間曲をずっと作ってた。たくさん出来た。すごく良い感じだと思う。


週が明けてようやく、声が本調子になった。気持ちよく声が出せるのが嬉しい。全く声が出なくてなってから3週間近くかかった。でも今回のツアーはTwitterにも書いてたけど本当に最高なツアーで、これからある名古屋、大阪、東京が余計に楽しみだ。


ツアーが終わった後のライブ予定とかもどんどん発表されていて、どれも大事だけどまずは自分たちのこのツアーを最後までばっちり成功させること、これに尽きる。だって活動再開して最初のツアーがこんなに楽しくて、早くまた自分たち発信としてのイベントをもう考えていたいし、改めて本当に良いファンのみんなに見つけてもらえたと思ってる。

訃報などが続いて随分落ち込んだのもやっぱりあった。俺があまり、そういうことについての話は書かないのは多分このブログを読んでる物好きなみんなは(言い方)分かると思うけど、辛いと感じてる。嬉しいことや悲しいことを感じれるのは生きてるからこその醍醐味だとももちろん分かるけど、こういう気持ちって処理の仕方は慣れるわけではない。


週末の二日間に向けて、準備をしている。


残り3箇所、ヤバいツアーにしようね。
俺たちいつも最高〜


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