朝方、雨だった。それからずっと降ったり止んだりな感じで、ごんたの家の方まで用があったので傘を片手に持って歩いて向かった。

途中にあるセブンイレブンに立ち寄って、120円に値下げされていたお茶だけ買ってお店から出ると雨が降ってきた。タイミングが悪いのか、むしろいいのかわからない。

そのまま真っ直ぐ行くと、ドラッグストアがあって広めの駐車場と、入口の前にはガーデニング用の鉢植えとかも売ってあるような大きな店舗。そのドラッグストアの入口前にお留守番で繋がれていた青い服を着たミニチュアダックスがずっと、店内に向かって寂しそうに鳴いてた。いずれ出てくる飼い主さんのことが待てないだけじゃなくて不安を感じてしまっていたのが愛おしくて、昨日ちょうど、わがままがなんたらなんて日記に書いたこともあったからか、目の前で鳴いている犬を見てもなんだか切なくなった。


用事を済ませて夕方になってからは曇り空に少しだけ晴れ間も見えてた。まっすぐ帰るのがなんとなくもったいない気がして、ドラッグストアの並びにあるスーパーでアイスクリームを買った。ドラッグストアにいたダックスはもういなかった。飼い主さんと一緒にいられてよかったよ。

夕方という時間も相まって小学生や主婦がスーパーには多くて、インスタント証明写真?の撮影機の前にあったベンチに座ってアイスを食べた。音楽も聴かないで、あったかくなってきたし風も吹いていて心地よかった。日も随分伸びた。

「冬だったらこの時間もう暗かったのに」っていう比較するものがあると冬が懐かしくなる。

コーンのアイスを買ったので開けるときに、年甲斐もなく開け方を失敗してしまって少しクリームが指についていたようで、それに気付いたのはちょっぴり遅かったから見つけたときにはクリームが乾き始めていた。

小さいときもっと盛大に手を汚したときにベタベタな手がものすごく嫌だった。一回でもグーに手をすると、また手を開くときのベタベタでなかなか開かない感覚が気持ち悪くて。

大人になってからもあの時の嫌な感じは継続されているから手についたアイスを見つけた時は少量でもげんなりした。

知らないうちについてたアイスみたいに、知らないうちに忘れたり、傷になってたり、そんなこともあるんだと思う。
アイスの汚れみたいに簡単に洗い流せるもんじゃないこともあったなぁ、と思った。

洗い流しちゃえば簡単なんだけど、洗い流すまでが大変で。

乾いたティッシュでもベタベタは落ちないし、ベロベロに自分で舐めたって変わらないし、水場のあるところまでいくまでが大変。

忘れてしまうまでが大変、忘れてしまえば早いもの。
でも、アイスをつけてしまったことはなんだか悪い気はしなかった。
あんまり急いで洗い流さなくてもいいやと思ってそのまま、乾かせたまま家路に。

家に着いてから手を洗ったらやっぱり簡単に手はすべすべになった。

昔、お客さんに「手にサイン書いてください」と言われたことがあるから手にサインを書いたことがある。その人にとっては思い出だから手を洗いたくない、っていう話はテレビとかでも見たことあるけど、そんなサインも当たり前だけどもう残ってないだろうし、けど、良い思い出は消す必要がないからだんだん、だんだん、薄れて消えていく。嫌な思い出は、消えてしまえば一瞬で、消えるまでが大変。


そしてどっちも思い出には変わりない。


そんな日。





2週間ぐらいバンドでの稼働もないのでのんびり出来る!俺のGW始まった!と2週間を満喫しようと思ってたけど、だいたいは曲を作ったりしてしまっていた。歌詞を書いて、曲を作って、すごく楽しい。

楽しいと思えるのは、普段の生活が楽しいから。と言い聞かせている。
普段の生活がよくないと、仕事も良くなく感じてくることが多い気がする。

好きなバンドが新しいアルバムを出すと発表してて嬉しくなったし、ドラクエ2も進んだし。
悲しいこともあった。

休み中、スタッフと2人で飲みに連れてってもらってあれこれ話したときに「2人で飲むの久しぶりだよね」と言われて確かになぁと思った。チームとして動くことが多いからその分、個人としてどこかに行くことはあまりないし、ゆっくり特定の人と話したりすること自体分散されるし、話したようで話してないってことをその時改めて思った。
よく同じ屋根の下にはいるのに話はしない、っていうのはクラスメートとかにもいたし。

体育祭とか文化祭とかではクラスごとに目標やテーマを設けられていて同じ方向に向かうのに、個人としては別に顔は知ってるけど普段から話したりしないような、そんな人たちと同じ目標に向かうのって不思議なことだし、自分がいるクラスが大縄跳び大会で優勝できたときは嬉しかった。知らないわけじゃないけど、何でも知ってるような関係でもない人も含めて感じられる喜び。

バンドのチームはそれよりももっと密になってるから知らないわけじゃないけど、みたいな関係性のチームではもちろんないけど、よく一緒にいるのにゆっくり話したのは久しぶり、なんだから身近な人に対しても意外と、話せてないことが沢山あるんだと思う。


昨日はゴホウビのボーカルのこだぴとご飯を食べに行った。その時、お互いのバンドの近況報告みたいなことをした時にも身近な人たちとも最近話せてないのかもしれない、と思った。

Goodbye holidayを解散してちょうど1年ぐらいのタイミングで飲みに行ったので「あっという間だった」とこだぴは言っていた。1年前俺はなにもしてなかったし。
たかが1年でされど1年、たかが1ヶ月でされど1ヶ月、何かが変わるタイミングなんて結局1日ごとにしか起きない。思い返してみれば「1年」という括りなだけで、自分の気持ちは1日ごとに変わる、変わらないこともある。

自分でも知らないうちに、変わっていくのが心なんだから「あの人は前にこう言ってたからこうだろう」の思い込みほど当てになんないものはない。

スタッフが「2人で飲むの久しぶりだね」と言っていたのに対して「そうですね」と返す一言の会話の中身に意外と沢山の隙間が出来てしまってることもあるかもしれない。

2月のダブダブの一次先行が終わって、たくさん申し込みをいただけて、当選しましたーって方がインスタのストーリーで呟いてくれてて嬉しかったし、当選が漏れてしまった方も少しいたから、二次先行でも申し込んでほしい。
初めて見る方も気になってた方も。

2019年のアンテナの目標はダブダブをソールドアウトさせることで、そこに向けて今からみんなと楽しみを共有できることを、楽しみにしている。っていうのも久しぶりに感じたとしたら、バンドとお客さんの間には「久しぶりの隙間」が生まれてしまうのかな。


6月になればホシオトがあって、サカスプがあって、7月になれば見放題があって、サーキットイベントも多くなる。サーキットイベントでは入場規制をかけたい。一歩ずつでいい。だって楽しいからアンテナのライブ。同じライブハウスに集まった人が「クラスメイト」なのだとするとサーキットや対バンイベントで初めて自分たちを観てくれる方にとってはアンテナはそこで初めて「顔見知りのクラスメイト」になる。だから、どうせ自己紹介が出来るなら自分たちの良さをちゃんと伝えられるようにしたいし、どうせ自己紹介をするなら10人よりも100人に聞いてもらいたい。


「久しぶり」と言った間には色んなことがある。俺もあなたも、色んなことがある。

だから色んなことがあった隙間を早くまた埋めたい。毎日は疲れるけど、空きすぎても嫌だから、わがまま。

わがままでいいんだよ。


自分の夢とか望みにわがままであれることがいつだって原動力。
その原動力がやり過ごしてしまいがちな誰かとの当たり前をまた変えてくれるんだと思う。

「飲みに行こう」
「遊びに行こう」
「帰りたい」
「帰りたくない」

言えたらもうそれで相手の未来を変える一言。





令和〜になって1週間が過ぎた。のと、2019年も3分の1が過ぎた。
元号が変わるタイミングでこんな風なんだから昭和から平成になったときも「平成初の○○」とか言ってたのかな。平成になったときは自粛ムードだったからそんなことなかったのかな。

もしかしたら生きているうちに、もう一回ぐらい元号が変わるタイミングに会えるかもしれない。でも多分、そこまでで、その先の元号が変わることに多分俺は立ち会えないと思う。平成って良い時代だったね、っていうのは平成を象徴できるようなアイテムに色んなことを吸収しやすい時期にお世話になっていたからで、ポケモン赤緑が出た時に母ちゃんにわがまま言って買ってもらったこと、通信ケーブルで緑でしか出ないポケモンを交換してもらったこと、64のゴールデンアイやスマブラ元祖を遊びつくしたこと、自分のケータイ電話というのを初めて持ったこと、動画は15秒しか撮れなかったし、画質は粗くて100万画素のケータイを持つ同級生はスターのようだったし、3人にこのメールを転送しないと死ぬ、みたいな怖いチェーンメールに怯えていたし、ケータイで音楽が聴けるようになって通学中の楽しみが増えたし、身の回りのアイテムは思い出深いものがたくさんあったけど、本当はそのアイテムを通して誰かといられること、一人でいられることが楽しかったんだと思う。

ポケモンと通信ケーブルを通して友達と会話すること、それが公園だったり家の中だったり、ガラケーで音楽を聴きながら帰った自転車での通学路も、アイテムはその時自分が生きてた背景を彩ってくれたものばかりで、あの時自分がいた公園も、学校も通学路も、全部ある。道は綺麗になったりしてても、そこは今も誰かの通学路であって、俺が過ごしてたあの通学路でのひとときを今は誰かがスマホで、LINEで友達に返事をしながら、友達とYouTubeを観ながら、そんな風にして思い出になっているんだと思う。

そういう思い出は別に大したことでもないのに、ふとしたときに急に現れてものすごく美しいもののような雰囲気で心を突っついてくるし、そこにはだいたい匂いもある。夏の匂い、雨の匂い、砂埃の匂い、金木犀の匂い、とか。

たくさんのアイテムと、匂いと、その時の出来事が混ざって思い出になってくからエモい、という気持ちになるのなんて当然だと思うし。


ツアーファイナルが終わってから、アラバキがあった。今年はすごく寒かった。2年前はむしろ暑かった。平成納めのライブがアラバキで冬みたいに寒くて、小雨で、そういうのもまた思い出。
高校の同級生がアラバキで彼女とアンテナを見に来てて終わった後に少し会ったら彼女が「○○泣いてましたよ」って言うから笑ってたら、当の本人は「お客さんがみんな喜んでるのを見てたら泣けてきてさ」と言ってて、俺はこの友達が泣いてるところは見たことない。「ワンピースの新刊を見て泣いた」みたいな話は高校の時からしてたけど、友達のライブを見て涙出来るなんてとても優しい。友達にとってもまた一つ思い出になってくれたら嬉しい。


前にも日記に書いたけど、23〜26ぐらいまでの記憶がすぽ抜けていて、出来事は覚えてるんだけど、思い出になってないことが多い。だから多分、匂いとか出来事とかそのどれかを感じれてなかったのか、そういうものに慣れ過ぎてきてしまっていたのかもしれないし、そうやって人は匂いや風景を感じれていた若かりし頃から思い出が止まってしまうのかもしれない。

でも2019年は、そういう匂いと出来事が結びつくことが多い。思い出。


思い出になるような日々を、毎日じゃなくていいから少しでも多く過ごしていたい。
俺にとっても誰かにとっても。雨の日に聴いてた音楽を聴くとあの頃が〜と思い出せるのと同じように、俺たちは誰かの思い出を彩れる側にいる。すごいことだと思う。


来年2月のワンマンライブの1次先行の申し込みがたくさんだった。2次先行と一般発売もあるからこの時点でのソールドはないけど、確実にソールドが近づいてきているのが嬉しい。アンテナの夢を一緒に楽しんでくれる方が大勢いて、増えてくれていて心の底から嬉しい。これはお互いの思い出。でも俺は演説がしたいわけじゃないから、思い出になるのにふさわしい素敵な曲をもっともっと作りたい。


平成の時代にたくさん、人として育ててもらった。失敗もたくさんした。これからもすることもある。
でも令和で、育ててもらったこと、蒔いた種を、一つでも多く返していけるようにがんばります。


まだ知らない日々 どうかよろしくね。


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