近所の個人商店は自宅からスーパーに行くよりも近いのでよくむぎの散歩がてら立ち寄る。

野菜が安くて値札は手書きで、居住スペースも少し奥を覗けば簡単に見えてしまうような誰でも一回ぐらい見たことあるよね、そんな感じの商店。
夜からリハーサルスタジオなので、その前にむぎと散歩をしながら今日も立ち寄った。

店には「ハンゾウくん」というブラックのミニチュアダックスがいる。店の真ん中のレジ椅子に座るおじぃさんの足元にいつもくっついていて、会計の時にレジに行ったときにだけ売り場までゆっくり出てきて、それから店から出るまで後をついてきてお見送りしてくれる出来た犬だ。

ハンゾウくんは13歳。ダックスは胴長だからどうしても腰を痛めやすくて年齢を重ねると歩行しづらくなる子が多い。ハンゾウくんもその感じではあるけど、毎回、身体を左右にゆっくり揺らしながらお店入り口まで歩く。たまに外を散歩してるハンゾウくんとも会う。

初めて入店したときに店主のおじいさんはハンゾウくんのことを「老犬なの」と紹介してくれた。ちなみにハンゾウくんとおじぃさんは顔がそっくり。
飼い始めたときからお店に出て、気付いたらお客さんのお見送りをするようになっていたそうで、いい人の家に来たなぁと思う。

うちのむぎといえば、むぎはむぎでもう7歳で1月には8歳になる。
ハンゾウが13歳で「老犬」なのであればむぎはあと5年ぐらいで「老犬」になる。

食欲は変わらずモリモリご飯を食べるし、「散歩」と言うと玄関まで走ってドアを開けろと二本立ちしながら前足でドアをカリカリするし、留守番させて帰ってくれば腰の近くまでジャンプしながら跳んで喜ぶ。でも、昔よりも口が臭くなってきた。

5年後を考えるとき、例えばバンドがどうなってたい、とかそういう話を事務所スタッフともよく話す。でもその5年後は同じようにむぎにも来る。
というか、当たり前だけど誰にでも来る。

絶対って言葉が絶対ないように、簡単に話してる5年後を迎えられないことだってもちろんある。なのにその中で5年後のことを考えられるのは自分にとっても相手にとっても案外、「今、現時点」で言えば幸せなことだとも思う。

嫌なことがあったとき、たまにむぎに話しかける、

だいたいは特に理解もしてないだろうし、話せば「話しかけられた=嬉しいことがあるかも」と思ってるのか尻尾を振りながら絡みついて来る。
5年後も、別に理解なんかしてなくていいから今以上に楽しいことを話せればいいと思う。

何事もなければ、人間よりも早く尽きてしまう命だから飼い主のエゴだとしても色んな報告をたくさんしてあげたい。

20時からリハーサルスタジオ。
Instagramのアンテナアカウントのフォロワーさんが2000人を超えた記念に、みんなで写真を撮った。
無くさないようにしたい。
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覚えておきたいことは増えるのに、覚えられる容量は増えない。取りこぼしてることがたくさんある、と思うけどそれすらなんなのかさっぱり分からない。

でもきっかけがあれば意外と思い出せることも多い。

あと5年で老犬か〜元気でいてほしい、むぎも俺もみんなも。


っていうとなんかYouTuberみたいなタイトルだけどYouTuber観るの大好きだし詐欺じゃないから大目に見てね。

つい最近、終電の時間も過ぎてしまって自宅まで歩いて帰ってた時(歩いてばっかりだなぁ)、最寄駅を過ぎた一本道を一人で歩いていると道路の反対側の歩道から割と大きな声の歌声が聴こえた。「まぁ、色んな人いるよなぁ」と思って目線だけ飛ばすと、190センチくらいある外人さんが多分楽曲に合わせて身体を揺らしながら歩いてた。

日本語の練習にもなるのかな、と思って知らないフリして歩いた。

でも時間も時間だし周りに人はいないし、俺のスマホは電源が切れてしまっていて音楽は流せないから歌声がどうしても耳に入ってきてしまう。
酔っ払ってたりして万が一、万が一絡まれたりしたら嫌だけど、変に歩く速度を変えたりしても…やっぱり堂々となんてことない気持ちでいようか、とか俺会議をしていると外人さんが「ノストラダムスより愛を込めて〜♩」と歌った気がして、んっ!?と反射的に向こうを顔ごと向けると目が合った。

「やっば」と言うのが最初の印象だったけど、歌ってるものがなんなのか、答え合わせをしたくて耳を大きくして、知らん顔して歩き直す。
外人さんもまた歌い出す。ほぼ答え合わせは済んでいたようなもんだけど、最後に安心感が欲しくてなるべく知らん顔して聞き耳を立てて「さよならだ〜もう嫌だ〜終わりにして〜」というメロディを確認した時点で「はいPELICAN FANCLUB〜」と俺の心は有頂天。最高ー!深夜テンション!

PELICAN FANCLUB「Telepath Telepath」


頭の中では「声をかけるべきか」の俺会議が開始されてて、でも相手は2メートル近くある外人で日本語が分からなかったらそれこそ本当に喧嘩売ってるように感じられるかもしれないし、万が一逆上されたら完全に殺される。とビビったところで目の前に自宅最寄りのコンビニ。自宅まではコンビニの角を曲がらなきゃいけないけど、ちょっとコンビニに入って会議をまとめよう、と思ってコンビニに入って雑誌コーナーで立ち止まるとその外人さんもコンビニに入店。入り口ドアのてっぺんに頭が付きそうだった。

そこで2回目の目が合ったけど、実物前にして完全に戦意喪失。遠くで見るのと近くで見るのとではまるでヤバさが違くて、「もういいや、なんかいいネタ出来た。あんりボーイに聞かせてあげよ」とレジで肉まんを購入。外人さんは隣のレジで会計を済ませてスマートに出て行ってしまった。
「それにしてもこんなローカルな所でペリカンを歌って散歩してる、しかも外人さんがいるんだなぁ〜」と店を出ると当然外人さんの姿はどこにもない。

肉まんの包み紙を開けながら自宅へ向かう、本来曲がるべき曲がり角を曲がるとちょっと先に

「いた。」

そこから肉まん剥き出しで片手に持ちながら全速力。

足音に気づいた外人さん完全に振り返ってがっつり目が合ってる。

どんなに小さく喋っても届くでしょ、って距離になってから「ペリカンファンクラブ!!!!!!」と話しかけた。バンド名だけ言った方が日本語どうこうよりも分かりやすいと脳みそが思ったのかほんとそれだけ。

外人さん「え!お好きなんですか!?」

渡辺の心「(えぇ〜日本語めちゃめちゃ上手じゃん…)」

そこから二人でPELICAN FANCLUBの話をしながら
「いやぁ、ペリカン最近気に入って、もう向こう1週間はペリカンで行こうかなって思ってたんです。ていうか目めっちゃ合いましたよね?コンビニにもいたし。僕なにかしたのかと思ってびびってましたよー笑」

俺「それこっちのセリフだし、しかも謙虚なの…」


外人さんの名前はひじり君。ひじりくんも音楽が好きで自身もプレイヤーで、帰り道5分くらいしかないのにすごく面白くてうちらのことも教えて、「飲みに行こうね」でその日は解散。

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「あんりくんに伝えておくね!」と言ったけどあんりボーイにはなにも伝えていない。許して。

そんな出来事があってから今日、
ひじりくんから「深い 深い 青 めっちゃ聴いてますよー!」とLINE。
見た目だけじゃなくて中身もイケメンかよ…


12月に焼き鳥屋に行くスケジュールを二人で立てた。あんりボーイステキな出会いをありがとう。


それから午後になって、サブスク配信Spotifyで「深い 深い 青」が注目チャート入りしたことも連絡を受ける。
もう1週間経ったんだ、と思う。

知らないだけで「好き」をきっかけに広がるものっていうのはたくさんあって、しかも自分たちのツアーに呼んで出てくれたバンドのことを好きな人と自分のローカルな最寄り駅で出会う、みたいなことってなかなかないことだと思う。

あっても普段、その可能性をなかったことにしてしまっているのもきっと当たり前で好きがつながるきっかけは見えないところで糸のようにそこら中に結び付きの先を探しているのかもしれない。

受け身であることももちろん大切で、それこそその時々の状況に左右されることもあるけど、ひじりくんは夜中、道路向こう側に人が歩いてても好きなものを歌った(結果論だけど)、それがきっかけで俺の好きとひじりくんの好きが繋がったように、自分たちもみんなにとってこれからの「好き」を結びつけられるきっかけになるよう、声を上げていっていいんだと思う。

もう1週間、だけど、「まだ」1週間。

「深い 深い 青」最高な曲だと思う、心の底から。
爽やかな風のブルー、憂鬱な時のブルー
嬉しい気持ちと泣けちゃう気持ちを4分間の中で感じてくれるみんなでよかった。

ライナーノーツとか必要ないもん。

曲にどんどん一人歩きしてほしい、ライブ、まだ出来ないから。

そしたら赤い公園津野米咲さんがパーソナリティーのNHK-FM「ゆうがたパラダイス」で最初のO.A曲で「深い 深い 青」を流してくれたのを聴き遂げられた。
今年4月に知ってもらって、活動再開も喜んでくれて、ありがとうございますの一言に尽きる。

pollyのりょーまからも「新曲いいね」と突然LINEで褒めてくれた。「こっわ」と反射的に送った。
りょーまから良いね、って言ってくれるなんて地球深刻な氷河期迎えるんじゃないか、と思うほど意外で、それぐらい嬉しかった。

りょーまはその後「無理すんなよ」とツンデレのデレだけ出して返事はくれなくなった。
ありがとう。

ワンマンのセトリの練習をずっとしてる。
しなきゃいけないから、じゃなくて、したいからしてる。

今頃、深い 深い 青の特典ムービーを池田さんがみんなにメッセージを送っている頃。
メンバー手作りのムービー、さりげないメッセージも込めたつもりだから、見てね。

胸張って「最高の曲」とアンテナ全員思ってるから、みんなも胸を張って勧めてね。最高な曲に出会えた自分が、今だけは最高なんだって、今思いついた。


昨晩某所でコメント録りがあり、コメント録りが終わったあとメンバー4人とマネージャーで車を走らせながら中華料理店バーミヤンに行き、しゃぶしゃぶ食べ放題100分を堪能して、メンバー宅で「深い 深い 青」のプレゼント動画の編集をしていたら終わった時間が午前1:30。

自宅までの距離を調べると4.5キロとスマホ画面に表示されたので渋々歩いて帰ることにした。1時間かかった。

今朝目覚めときに足が重かった。たった1時間の昨日の徒歩だけで?と思ったけどよく考えたら昨日の昼間、コメント録り前に1月の復帰ライブに向けてのリハーサルスタジオに向かうのも歩いていて、これは50分歩いてたから、1日累計したらなかなか歩いたしそういうことか。と納得。

活動再開に伴ってSNSも再開したらいいのに、なんだか開く頻度が減った。SNSがなくても生活に特に困ることはない(外タレの来日ライブ情報とかを知れなくなる以外は)と思っていたのと、なんだかどんなテンションでTwitterを書けばいいのかと思うとTwitterは結果的に現時点であまり開いてない。

19:30からミュージックビデオについての打ち合わせがあったので代官山まで移動した。東京を歩くたびに渋谷、新宿、下北沢、表参道、代官山、それぞれの人種生息タイプが異なっていると感じる。
自分はどこに属するのがふさわしいのか、そして巻き込みたい人はどこに生息しているタイプの人たちなんだろうと考えて電車を乗り継ぎ、歩いてたら打ち合わせ場所に着いた。

新しいミュージックビデオの監督は芯があって面白い人だった。もともと別のアーティストの作品をたまたま見て、それから作風が好きになりあまり開いていないTwitterを通じて「好きです」とDMを送ったところから、実際に正式に仕事を依頼するのは初めてのことだったので嬉しかった。
打ち合わせもスムーズで出来上がりが楽しみな気分だった。
俺は「寂しさ」というのに惹かれる人でフォトでもムービーでも、その作品のどこかに「もの寂しさ」を感じることが出来るものは、その作品を作った人の感性を表していて、その人自身もどこかに「寂しい」気持ちを持ち合わせてる才能がある人だと思う。そういう人が好き。

逆に「私が私が!」という写真だから喋ってもないのにその雰囲気が伝わるモデルであるとか、「どうだ!この俺の気持ちがわかるだろ!!」と意図が全面に出て来てしまう作品は「いやちょっと押し付けがましいですごめんなさい」と苦手意識がある。伝わるかなこれ。まぁ包まないで言うと「嫌い」って感情で解決するけど…別に俺が好こうが嫌おうがその人たちはその人たちの主張を一生し続けると思うし、それが正しい。俺が嫌いでもそこに「好き」と思う人がいて、その「好き」という人たちに感謝をしているのはどのタイプでも変わらないし。だから俺も嫌いだけど、嫌いだと言うことをやたら吹き回る必要も全くない。どのタイプの人もいつでも一生懸命な姿勢は共通してかっこいい。

この監督もそういう人だった。控え目な方でもの静かに、そしてしっかりと頭の中のイメージを話してくれる人で、笑ったりもしていたけれどやっぱり寂しい人だった。寂しさを知れる分、嬉しいことを大事に出来る、と勝手に思っている。感情は一方に振り切れるレベルが大きいほどもう一方に振り切れる力があると、勝手に思っている。

いい作品になるよね。

0時間際に自宅に着いてから「そういえば」と「深い 深い 青」のミュージックビデオが公開されたのを思い出してYouTubeアプリを開いてみると再生回数が1000回を超えたところだった。

「運がいい」と思ってスクショを撮って、TwitterとInstagramにあげた。
1000回という数字を多い、少ない、という感覚で見ることより1000回の中身にキッチンのイスに座りながらグッと感じていた。

1人が1000回再生していても嬉しい、1000人が1回ずつ再生していても嬉しい、再生回数を眺めて、再生を押した「誰か」のことを考えて自分たちの人種タイプの生息地はここにあるじゃん簡単じゃんー、とシンプルな気持ちが居心地よかった。

新宿で見た人も、代官山で見た人も、下北沢で見た人も、渋谷で見た人も、宮城で見た人、大阪で、北海道で、福岡で…色んな人がいて、普段の趣味も方言も違くても紛れもなく「アンテナ」を経由している事実はあって、自分たちが人種タイプの先駆けであることの楽しみを感じてウズウズした。
うちらの感じが合わない人もいて当然。表現することはそういうことだ。渋谷が合わない、下北が合う、そういうのと一緒。僕らは僕らの色をみんなに受け取ってもらうだけ。

だから、MV監督と同じように、自分たちを取り巻く全ての人含めてきっといいものになる。と今は思う。

寂しさを持っていて、喜びを、寂しさの分だけ大きな喜びと昇華出来るみんなはやっぱり多分、俺のひねくれた気持ちと共鳴するほど似ている。
いいじゃん最高じゃん〜


という、一言で言うと良い日だった、でそれ以上なんもいらない日だった。

楽しみだねなんか色々。なんか、でいいんだよね今は。

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