昨日はNYTT LANDSKAPのツアーファイナル、東京ワンマン。
3月19日の仙台ワンマンから本当にあっという間だった。


名古屋と大阪が終わった後の日記にも書いたけど、素晴らし〜いツアーだった。

昨日、MCの時に「初めて見にくる方はどれぐらいいますか?」と聞くと半分から後ろぐらいの方のお客さんからたくさん手が上がった。ライブ稼働も出来てなく、メディア露出だって多いわけでもYouTubeの再生回数が伸びてるわけでもないのに、みんなどこでアンテナに出会ったんだろうと思ったけど、多分、ものすごく音楽好きな方々が集まってくれた。男性もすごく増えた。

リズムの取り方や身体の揺らし方も、曲が終わるごとの「ふぅ!」の言い方もパーフェクトで心の底から嬉しかった。そして拍手が、すごく長かった。すごくすごく、長かった。「自由にしてね」と言ってきた楽しみ方が東京ファイナルでも見れて本当に幸せだった。

3年前、「底なしの愛」というアルバムを出したときに、新宿ロフトで1000円のチケットにして、ワンマンライブに挑戦してみよう、と挑戦したワンマンはお客さんが90人で、その前、下北沢シェルターでワンマンライブをしたときよりもえげつないぐらい動員が減ってしまって、お世辞にも成功とは言えない日だったけど、その時来てくれた東京でいう90人が今のアンテナを作ってくれた一員でもあるし、今回のツアーに参戦、各公演に来てくれた方も、これからのアンテナの存在を形成する大事な人になった。

当時、前任ベースのむーが脱退してかつ丸が急遽サポートで入って回ったグッププボイテナ、という4バンドのスプリットツアーも俺の中でバンドとはなんだ!?みたいなものの考え方を変えてくれた大事なきっかけだけど、4バンド全部、解散、休止になってしまった。(アンテナだけしぶとく復活してこうして活動再開してるけど)

続ける事自体がうまくいかないこともあるし、違う人間が集まってるんだから誰かがバンドに未来を託すことに目処をつけても当たり前だと思うし、アンテナもそんなタイミングがいくらでもあって、その中で変わらず1つのバンドを続けてくれているメンバーには頭が上がらない。
だからこそ、名古屋と大阪にゲストで出てくれたシナリオアートとGOOD ON THE REELにも頭が上がらない。出会った頃からずっとおんなじメンバーでバンドを走らせてきたし、それは形態が変わっても音楽を選んでくれた岩ヰフミトくんもそうだし。

そしてそれはお客さんも同様で、「わぁ、人気落ちてるじゃん…」と思ってしまうとライブに少しずつ来なくなる人もいる中で(これは別に誰も責めてない)、それでもアンテナに未来を見てくれる方が今回、どの公演でも沢山いて、むしろ活動休止前よりも圧倒的に増えて待っていてくれたことがすごく嬉しい。「活動休止バブル」とももちろん冗談でバンドマン知り合いに言われた。でも全然、そんなことにさせないし、自分たちがまた音楽を選んだ意味を伝えられた素敵なツアーだった。

ニットランドスカップの意味する「新しい風景」にふさわしくて、本当によかった。

今作からアンテナを知ってくれた方にとっては「なんのこっちゃ」な話かもしれないけど、要するに今作から出会ってくれた方も何年後かに「深い 深い 青の時に来てくれたあの人たちが最高だった」って話していられるように、音楽をこれからも作っていきたい。好きになった歴が長い、短い、なんてのは全く気にすることじゃないし、出会ってくれたその瞬間からいつだって全力で100だからそれでいいのさ。


来年、2020年の2月22日に渋谷WWWでのワンマンライブを発表した。まだ先のことで予定も分からない、というのは当たり前のことなんだけど、「来年のいついつに○○がある」と約束できるのは今のアンテナにとって、すごく大切なことだからこの夏も秋も飛び越えて、また来る冬のことを解禁させてもらった。

先のことを約束出来ずに止まってしまったのに待ってくれてた方や出会ってくれた方がいるし、今度は自分たちから先のことを約束できるものを発言できるのもすごく嬉しい。

そしてこの渋谷WWWもソールドアウトさせたい。心地よくて、ライフソングで、アンテナを好きな人たちが誇れるような、そんな日にするために冬までの夏と秋を過ごせるように。

グッドの千野さんが「洒落てるんだよー」とMCで言ってくれたことに「そうなんだよー洒落てるんだよー」と返したけど本当に素敵な音楽だよアンテナの音楽は。悩むこともあったし、これからもあると思うけど、いつだって素敵な音楽だから、素敵な音楽を好きになってくれたみんなは最高に素敵なんだよピース

ダブダブのチケットも、手売りチケットも合わせて、もう6割申し込みをいただけて、もう時間をかけることに慣れてるから飛び級じゃなくて一歩一歩どんとこいだし、いただいた機会に毎回最高で返していけるようにしたい。

時間、掛かった方なんだと思う。でも、だからこそ今のアンテナはとってもいい感じ。いい感じってちゃんと言えるのは初めてだから。いい感じ。

素敵なツアーをありがとう。ツアーは終わったけど、アンテナとしてのこれからはまだまだ途中だから、みんなが迷わないように良いものをぶつけていきたいと思う。



ライブ後、ライターの沖さやこさんに「サポート鍵盤を紹介しなさい」と怒られた。その通りです。素で忘れちゃって本当にごめんねなりぽ。(仙台の時は紹介したよね?したよね?)

なりぽも、バンドをやめた人間のうちの一人。それでもまたこうしてアンテナのサポートとして音を鳴らしてくれて、本当に心強いし、良い時間。
なりぽなしでは復活ワンマンはできなかったし、仙台ワンマン、東京ワンマンもあの雰囲気じゃなかったかもしれない。誰かが欠けてたら違った未来だったかもしれないけど、俺は昨日までの現実を体験できて余裕で正解だと思う。


どの選択肢の未来があったとしても、今回の選択が一番よかったよ。



これからアラバキ、ビバラ前夜祭、虹ロック、とか対バンイベントとかサーキットとか、どれもこれも、今回のツアーを経験したからきっと良くなるし、そうやって経験したことをまた活かせる2月はもっと最高。

オシャレで優しくて情熱的なみんなどこどこ行こうね。

NYTT LANDSKAPに関わってくれた全ての方、来れなかったけど応援してくれていた方、本当にありがとう。これからもよろしくお願いします。

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4月17日は父ちゃんの誕生日。メールは送ってない(忘れてた)
父ちゃんが22歳の時に俺が産まれて、父ちゃんとの一番古い記憶が、まだ寝室で寝ている父ちゃんを「起こしておいで」と母ちゃんに言われて寝室までハイハイで向かって、寝ている父ちゃんをバシバシ手で叩いて起こしたら寝起きの悪い父ちゃんに「うるさい!!」と怒鳴られて号泣しながらハイハイ全速力で母ちゃんのいるリビングまで戻って行ったこと。よく覚えてるなぁと思う。

小学4年生のあたりから、父ちゃんが仕事から帰って来ると母ちゃんが寝室に向かうようになって、父ちゃんと母ちゃんが一緒にリビングにいることが少なくなっていった。知っていたけど、知らないフリをすることが「正解」だと思って、母ちゃんのいないリビングで父ちゃんと妹とテレビを観たり、オモチャのエアホッケーをして遊んだりした。
ある日珍しく寝室から出てきた母ちゃんが「パパとお話しあるから寝ててね」と言ってきたので当時「離婚」という言葉を知らなくても、なんとなく深刻な話だ、というのは感じた。

後日、珍しく父ちゃんが「一緒に風呂に入ろうか」と言うので湯船に浸かっているときに、「明日から父ちゃん、お家からいなくなるから」と言った。その時もヘタにワガママを言わないことが「正解」だと思ったので「なんで?」ではなく「そうなの?」と確認をした。「そうなの?」の中には「なんで?」も含まれていたけど、理由なんて知らなくても普段の生活感から薄々気づいていたことだし、「そうなの?」がギリギリのワガママだったのだと思う。


次の日、学校から帰ると家具が少し減っていて、それでまた「(昨日言ってたこと)本当だったんだ」と思った。

意外と、子供は大人を見てるし、思考だって働いている。子供は意外と大人だし、大人だって意外と子供だ。そうして別居を始めたのが父ちゃんと母ちゃんが32歳の頃だから、大して今の俺と年齢も変わらないし、そういうもんだと思う。


定期的に父ちゃんの引越し先には遊びに行った。
父ちゃんが一人暮らしをしていたアパートはワンルームのロフト付きの部屋で、別段広くもないし、どちらかと言えば狭かったのだろうけど、当時の俺には狭い広いなんて別に関係なかった。
小さな浴槽の、追い焚き機能もないお風呂で、浴槽がお湯でたぷたぷになった頃に入ると、お湯が青くて、父ちゃんが「海から持ってきてるお湯だから青いんだよ」と言うことに対して「すごい!」と喜んでいた。父ちゃん的にはこのことがよっぽど記憶に残っているのか、今でもその話をされる。俺も、本当にそうだと思っていたけど。


父ちゃんとたまに、釣りに行ったり、映画に行ったりそんなことをしている反面、母ちゃんとの外出は減った。今まで共働きだった分、一人でやることが増えたりして大変なんだったんだろうと今になって思う。

小学校の卒業式が終わった日、母ちゃんが久しぶりに「みんなでご飯食べに行こうか」と言って向かった先がびっくりドンキーだった。どうしてか、今でも全然記憶から離れなくて、そのびっくりドンキーがなんだかすごく寂しかった。無理させたのか、と変な気を遣ったのかもしれない。


随分時間が飛ぶけど、おととし、アラバキに出たときに父ちゃん家族もアラバキに来ていて、そこで初めて、父ちゃんが俺の前で泣いてた。
「へぇ父ちゃんも泣くんだ」と思ったとの、「年取ったなぁ」と思った。


犬や猫とかの動物も別に好きじゃないし、一人行動が好きだし、不器用な人なんだと思う。
俺の中では、「海から持ってきたお湯だから青いんだよ」と言った父ちゃんの姿でまだ止まっているけど、久しぶりに会うときは昔に比べてやっぱり老けたなぁと思うし、出来るだけ健康で、長生きしてほしいと思う。



という、俺は今日、例の如く、上咽頭炎の治療に向かった。鼻の奥をズケズケと突かれオメオメと涙を流しながら治療をして「膿の量減ってきたね、まだあと数回かな」というプラマイゼロの言葉を受けて帰路についた。

その帰り、「○○ってバンド知ってる?」と音楽の話をしている多分大学生と同じホームで電車を待っていた。大学生曰く「○○からは洋楽のエッセンスがあるけど○○にはないから響かない」などなど話してて、「こういうの、バンドマンでも話すやついるよなぁ」も思いながら、盗み聞きするのも気持ち悪いのでドラクエ3を開いてイヤホンをした。いやぁ良いBGMだよすぎやま先生!!クラシックを聴いてきてないバンドは全部響かないよ!と言ったら随分勘違いを生むし、洋楽のエッセンスってなんだろう。

そもそも音楽を幅広く知ってるか、知らないか、を自分のステータスや人に対してのマウント取りに使おうとする精神が気持ち悪いし、そういう人に限って「ミーハー層は嫌い」とか言い出すんだろうなぁとかドラクエのラストダンジョンを進みながら思ってしまった。

(ここから追記)
世の中の音楽好きの人たちが「マウント取りに行ってんじゃねぇよ」ということではなく、好きだから聴く、好きだから探究する、っていうだけでいいのに、得たものを人に対して「武器」として振り回し出すものには近づきたくないな、って話。
好きに優劣なんてありません。それぞれの形の好きを誰も否定はできないから。

(ここまで追記。言葉足らずで誤解を与えていたらごめんなさい!)



離婚してない家庭が素晴らしいわけでも、片親の家庭が素晴らしくないわけでもない。
環境をステータスにする気持ち良さももちろん分かるけど、俺は正方形なちっさな浴槽に貯まった青いお湯でいちいち笑っていたり出来るような記憶があってよかったと思う。

ワンルームの、その辺の一人暮らし始めたての大学生が住むような部屋でも楽しかった。

色んな知識や経験を経て、一番根本的なものを見失わないようにしていけるように。


あさってツアーファイルだね。楽しいよ絶対。良い夜にしようね。


4/12、4/13とリリースツアーの名古屋編、大阪編が続いた。

GOOD ON THE REELとシナリオアートとアンテナの固定での2日間。
終わってみた結果だけ言うと心の底から最高だった。

2013年の4月(だったと思う)ロックの夜明けという都内のイベントにアンテナが呼ばれて、そこにGOOD ON THE REELさんがいて、その時初めて対バンした。イベント自体もソールドアウトで、イベント後、当時出したばかりの「さよならの代わり」が売り切れるぐらい沢山の方の手に取ってもらえたのを覚えている。
打ち上げで、伊丸さんと話したのを今でも覚えている。連絡先を交換して、バンドシーン、というもの自体全く分かっていなかった俺は後日、Twitterなどで「ひょっとしてグッドってすごく人気なバンドなのかも…」と恐れ多くなった。

その数ヶ月後、シナリオアートとも東京で対バンした。当時、シナリオとアンテナはおんなじマネージャーでよくマネージャーからもシナリオの話を聞いていた。

シナリオは翌年ぐらいにメジャーデビューをして渋谷wwwだったかな、代官山UNITだったかな、ワンマンライブをソールドアウトさせていた頃、アンテナは所属していた事務所から離れた。

全然会わないのに、グッドの伊丸さんとはバンドの節目節目にふと連絡を取り合ったりしていて、去年の活動休止のタイミングで連絡していなかったバンドマンでは最初にシナリオのくみさんから連絡をもらった。

2013年にこの2つのバンドに出会ってから、アンテナは加速して前に進めていたわけじゃないことの方が多かったけど、6年振りにこの2バンドを、自分たちのツアーで共演できることがすごく嬉しかった。

名古屋では、リハーサル中、伊丸さんと千野さんが子供みたいにドラムの側まで来てどういう音作りになってるのか2人で興味津々だったし、リハ後すぐにグッドの岡崎さんが「めっちゃいいです(敬語)」と話しかけてくれて、シナリオのコウスケさんも「やばいなー」と話してくれた。深い 深い 青のシングル配信がスタートしたとき、やまぴーはTwitterで「良い」と呟いてくれていたり、俺にとっての届かない憧れになっていた人たちがそうやって自分たちの音楽やバンドを褒めてくれるのが嬉しかった。

シナリオアートはみんな、赤の靴下を履いていて
アンテナは青の靴下
グッドは名古屋のセトリの最後にシャワーをやって「赤と青をうまく回して〜」と歌っていた。
意図したものじゃないのは分かってるけど両バンドの間に挟まれたグッドがそれを歌うのが楽しくて、そもそも会場自体もあったかいし、ライブ自体もすごく楽しかった。名古屋はソールドできなかったけど、アンテナとしても、イベント全体としても今までで一番多くのお客さんに足を運んでもらえた。

大阪はツアーの中で一番最初に出たソールドアウト場所で、前日の名古屋のこともあって3バンドとも誰も欠けることなく「やっほー」みたいなノリで会場に入れるのも嬉しかった。

仙台、札幌、名古屋でツアーを回って感じたことを今までで一番活かせて、リラックス出来たライブだった。

初めて、パンゲアのソールドアウトのフロア風景を見た。

グッドの宇佐美さんがMCで「最初から3バンドで回ろうと言ってたぐらいの雰囲気なんだけどみんなもそう思う?」と聞いたらお客さんは誰も反応しなかった。のを見て俺は「はいこの人たちみんなともう仲良くなれるー」と嬉しくなった。そのMC前まではグッドのお客さんもみんなノリノリだったから、そんなMCに反応しないほど冷たいわけないから、「思ってるけど口には出せない熱い気持ちのシャイな人たち」だったし、それをカバーした千野さんと伊丸さんも「そう思います!!」と発言するんじゃなくて小声で「そう思いまーす」とマイクにボソッと言ってたのも大好きだった。

シナリオアートとはシナリオ10周年のツアー、5月仙台で、今度はアンテナがゲストとして出させてもらう。大阪のダブルアンコールでサニーデイをやって、打ち上げの乾杯前にくみさんが「一番サニーデイが聞きたかった」とニッコリして言ってくれたときに、2013年に対バンしたときに「サニーデイと3.2.1.で、を掛けてるの?あれめっちゃいいな」と話してくれてたことを思い出した。

打ち上げで千野さんは「とんとんとんの曲、あれが一番最高だよ」って言ってくれたので「寂しい人認定」をした。

伊丸さんはずっとふざけてた。

6年間、違う活動をしてアンテナが見てきてない景色をたくさん見てきた2バンドに少しでもアンテナが追いつけていれば嬉しいし、それをちゃんと伝えられた2日間だったと思う。

ツアー箇所全部、本当にいい内容で、ツアーファイナルのワンマンもソールドアウトで迎えられるのが嬉しい。

長くやってきた中で今ようやく、今までの自分たちを支えてくれてたファンの方含めてみんなと意識的にも音楽的にも、もっと遠くまで行けるような気がしてる。ぐらいあったかい。

ファイナルがすごく楽しみで、すごく寂しい。

けどまだまだ続いていく目標が沢山あるので、アンテナのライフソングに触れてくれたみんなが自分自身を誇れるような、そういう音楽を多分これから出来ると信じてる。


アンテナと共鳴出来るバンドさんと一緒にライブが出来て、そういうお客さんに受け取ってもらえて最高だ。アンテナはアンテナでしかなくて、自分たちの届け方を貫けることを嬉しく思う。


ツアーファイナル良い日にしようね。
本当に楽しいツアーだよ今。


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