‪子供の頃
低学年、小2のタカ少年


まだ幼稚園気取りで友達もみーんな子供で自分がどんな子供なのかそしてこれからどんなやつになるのか、
まだ想像なんてつくわけもない、記憶を響きで例えると
ピンドンチャーンキラリン!なあの頃

将来の夢とか聞かれてもそんなんよくわからんし、
とりあえず適当に野球選手と言ってたあの頃


SMAPに入りたいな〜くらいの感情はあった記憶

入れるとすら思ってた罪なき7歳

とにもかくにも煌びやかな世界に頭の片隅に憧れのようなものはきっとあって

でも今考えると性格は
照れ屋で少し控えめで、
人とのコミュニケーションもそんなに得意な方ではなかった、ごく普通の少年だったと思います。


ただ、
男の子だったから体を動かす事は好きだったのかな?
でも、喘息も持ってたしどっちかって言うと体育会系ではなく、
芸術肌で
母の影響もあってか、
ピンポンパンポーンとか、
キンコンカンコーンとか、

あんな音が鳴る度ハモってた

そんな少年だった記憶。



■小3で人生が変わる!!!


ある日、
学校の壁紙に貼ってあった


篠路FC団員募集!!!
の張り紙


心が躍った
とにかく躍った


サッカーって、、、???
ボールを蹴る事以外の知識はなかった本当ただの男の子でしたが躍った躍った

関係ないけどあの頃はまだ髪の毛もサラサラでしたね〜
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写真はもっと小さい時だけど




謎のトキメキに心躍って
そんな衝動止められなくて初めて

自分の気持ちでやってみたい!!!と思えた事の一つ目で


まずは母に相談したんだったけかな


『サッカーしたいんだけど、少しお金とかもかかるかもなんだけど、やりたい!!』みたいに言ったと思う

そこで母は微笑みながら
『お父さんに聞いてみな!』
と言ってきた記憶がなんかありますね!!!


夫婦でどう連携を取ってたのか知りませんが、
あそこで母が父に〜って言ってくれなかったら僕の人生にとって大きな言葉には出会わなかったんだなぁと



■父に告げる!!!

『サッカーやりたい!』

‪しかし父から返ってきた内容

『本当にやりたいのか?やると決めたなら途中で辞めるのはお父さん許さないぞ?練習とかもきっと大変だし、辞めたくなる時もあると思うけど、小学6年の卒業で、サッカー少年団も卒団なら、その卒団まで続ける、それがお父さんと約束できるなら応援するよ!やりなさい!でもその覚悟がないなら辞めなさい』

‪と言われました。‬

めちゃ覚えてる


今考えると、

まだ何も自分の気持ち主導で始めた経験なんてないのに、
この後どんな過酷な経験が待ってるなんて想像もつかないのに、
なかなかな事言うな〜

って
今となってはそう思うけど


勿論その時はネガなんて、想像できるわけがないし、僕のワクワクは止まらないので、

『うん!最後までやる!!約束する!』
そう言って入団をしました!


そう、今日ブログに残しておきたかったのは
これでした!


振り返ると、何においても父のこのスタンスをベースに僕は不器用でもバカでも芯を持ってやってきました!

僕の人生の中で
‪やると決めた事は、1度たりとも、
ここと決めたゴールまで走る!
そのスタンスをやめたことはなかったように思います!


音楽活動だってそう、自分はプロジェクトを終わらそうと思ったことは一度もない、いつも永遠だと思ってた。
永遠だと思って人と人も繋ぐし、仕事だってクライアントだってミュージシャンだって箱だってメディアの人だってなんだって全財産共有した(それでも終わりは来てしまったね。グループは1人じゃないから、他の人の意見もあって方向を決めるなら、このプロジェクトの継続をしたい人もいればそうじゃなくなる人がいたって自然な事。
しかも学生時代とは違って人生の大きな選択。どんな感情があったって、仕方がないの一言に尽きる事もある)

恋だってそう、いつだって自分が決めた彼女、自分から終わりにしようと思った事はない。

通った塾だって、
停学はあったけど高校だって、専門学校だってちゃんと行かせてもらったのは最後の最後まで!

自分から引いた事は一度もない



でもどうでしょうか、

昨今の教育や思考は


無理をしない事や
逃げる事の大切さ等

その大切さをピックアップしすぎ
偏りすぎかなとすら思っ


もちろん、無理のしすぎで無残な事件になった事もあっての、我慢をやめよう!!
わかるよ!!!でもね!ちょっとだけ考えてみて欲しいです。

逆はどうだろ?


例えば僕ら、働く側の立場ならそう

本当に嫌ならやめればいい

人がどんな思いを持って作った企業かなんて考えても見ないで、
僕らは簡単に
ブラックーとか言う
本当のブラックもあれば、そうじゃないのもあると思うし

企業がブラックなんじゃなく、一上司が個人がブラックなだけかもしれない。

てかそもそも、
ブラックって言い方やめようよ。

わかりやすく共通用語で言ってけど、なんか
差別用語に聞こえる!

なんでホワイトは正義でブラックは悪なの?

ごめん、話逸れた。



とはいえ、吐くほど辛い仕事ならやめたらいい。
仕事なんていくらだってあるし
そんなに嫌なら離れればいいと思うよ!


でも角度を変えてみて
僕らが経営者の立場なら
バイトリーダーなら

突然そいつのヘンテコな正義で、
ちょっと辛いんです辞めます!とか言われても、ちょいちょいちょい〜って



まず話聞かせてくれよってなるでしょ!

まだ報告があればともかく、



なんで理由話す必要あるんだ?みたいな展開もあったりしてさ


いやいや、当然のことでしょって思っても

しまいにはお前の当然は俺の当然と違うからって

一方的に辞められたり、
飛ばれたり


とかさ。。。


飛ばれた会社も悪い?わかるよ?

でもそんなこと言えるかねぇ。
世間の簡単なその一言で、どれだけの経営者が死んだんだろうとすら思ってしまう。


仕事は人と人で成り立つ、
人は人と人で支え合う

仮に

辞めたいと言った、その人がいて成り立ってた会社だったとしたらさ、

辞められたら終わりでしょ?


人をコントロールできなかった会社責任はあるにしろ、
絶望は変わらないよ。。。


飛んだ人間は悪くないんですかね?


そんな人に振り回されたくないぜ。



経験談だけど

〇〇ト運輸で働いてた時
ある日突然人が飛んで

その日はめちゃくちゃ荷物が多い日だったんだけど
そいつ、隣のエリアだったから

結果、
僕がそのエリアもやらなきゃいけないことになって
朝の8時から夜の23時まで5分に1件配達のペースで配達し続けた。勿論休憩なんて出来ないよ。
会社には意地でも休憩とってくれって言われるけど、
当時まだ時代的に今ほどうるさくなかったのもあって、
朝の8時から夜の23時まで、5分に1件よ?

飯も食えず、だって終わらないんだもん!!
ノンストップで、、、

良くやってたなぁ。。。

そんな日もあった

時間指定も間に合わないし、クレームの嵐だ、、、
お客様に謝りまくって、辛かったなぁ。
お客様は悪くないから勿論謝るのだけどね


そんな時、常連のお客様の優しさで、ポカリスエットとかくれたりして、それに救われたりするんです。


皆さん配達員に優しくね



じゃなくて!!!



逃げてもいいよ

辛いなら辞めてもいいよ。
でも、

それをする時は誰かが辛い思いをするかもしれないって事もわかってね。


だから、勇気を持って、なるべく丁寧にやめてあげてね。


きっとお給料もらったり、良かった事もあったんだからさ。

そのお金で好きな人に好きなもの買えた事とかあったんだろうから。

君1人でそのお金は生めたのだろうか、、、


頑張ったし、お給料貰うとか当たり前だけど



心は当たり前だなんて思ってたくないな
当たり前なんて何一つないと思っていたいや


辞めてもいいから丁寧にしてあげてほしいのさ


逃げたいなら誰かに相談して、しっかり片付けて、逃げた方が絶対その後もスッキリするからさ!!!



逃げない事で死ぬ命がある事もわかる。

でも
逃げられる事で死ぬ命もあるかもしれない

それを同時に深く理解してほしい



企業なら、それが理由で、
信用問題、部下の無責任な行動一つで、
契約解除!


大きな案件であればあるほど、その先1ヶ月の給料、いや、1年、2年のお給料や未来!

そしてその企業の商品に成り立っていたお客様のそれからの人生

重いかもしれないけど
現実はそう言うものですやん。

人を雇う立場の人だって
バイト1人の判断に
生きることを一時的に見失ってしまう事はゼロに近くともゼロではないと思うかな、


是非考えてみてほしくて、
極端な話しましたが、


何にしろ偏りすぎた今の風潮に乗れ〜みたいな考えは危険かな


いろんな角度からモノを見よう




サッカー少年団の話


試合でミスをすれば勿論、子供同士、
傷つけあったり喧嘩したり、
時に大変な練習が辛かった事も
仲間との人間関係に悩む事もあったけど、


今考えると
みーんなそういう感情を通って大人になるし
そこで辞める子もいたけど、
僕は父との約束ひとつが続ける理由だったんだけど

お陰様で、

乗り越えてみたら大した事なかった問題ばかり

辛かったな記憶、過酷だった思い出は乗り越えた時笑える記憶になるし
高校の時40分かけて通ったチャリ通も、幼稚園でスカートめくりして怒られた記憶も

楽しかった記憶以上に鮮明に大変な思い出は脳に焼き付くんだよね(一部フィクションあり、スカートめくりはしてない)


それどころか、サッカーのおかげで、仲良しな奴はみんなイケてる奴らばかりで、お陰様で自分で言うのもあれですがそこそこモテたしw
お陰様で運動神経も上がって体育は成績悪くなる事無かったし
喘息だって免疫力が上がって、大きな発作とかは無くなったんだよね。


小学校のサッカーの卒団式
学校の卒業式とはまた違う感動があって

一緒に笑っていたずらして、試合に勝って喜んで、
試合に負けて心から悔しいという感情を味わって泣いて、肩を組んで円陣した仲間達との卒団は

無言でも分かり合える、そんなラブ&ピースな友情がそこには芽生えていて

今でもやっぱ仲間だもんなぁ。



■乗り越えることの大切さ

学ばせてくれたのはサッカーであり父の言葉だったなぁと

今更ながら、有難うございます




結果、中学でもクラブチームでサッカーをして怪我ばかりで苦しい生活だったけど最後まで粘って卒団して、
高校でも3年間停学になったり、練習サボって彼女と遊んで先輩にバレて痛い目にあったり色々あったけどw

全部途中で辞めることなく、最後までやりきったよ

サッカーは結果的に小3から高3まで

音楽に目覚めてからは
幽霊部員みたいな時期もあったけどやったね〜
やりましたね〜



人生
決めた事、

中途半端になる時があってもいい、
いつだって、完璧ではないから人間。いい時もあれば悪い時もある。それでもさ、また晴空を想像してやり抜く力

大切にしたい。


大人になると
若い頃の習い事のように何年で卒団!みたいな
ゴールの期限は見えにくくなるけど

人生のゴールはみんなあるわけで

いつ死ぬかなんて計算はできないから、とても苦しい事も多いよね


でも
この人生の旅の中で
決めた事
向き合って生きる事がきっと


幸せへと繋がると信じてます。


p.s恋ですが1度だけ自ら別れを決めてしまった事があったなぁ。
伝えるほうの痛みもその時知ったりね



そんなことを思った水曜日の朝

とにかく我がままに過ごす日々の中

なんとか皆さんのお陰で生き延びれたりして

貯蓄も含め音楽制作にはどんどんトライできていつつも

閃かない日もあれば

自分に嫌気が差す日もあるけど

そんなもんなんだよって友達は言ってくれる🤝


毎日頑張れる人もいるけど

俺は毎日楽しむ人であったほうがいいのかもなって思った。


頑張る事が頑張ってる意識もなく楽しめてる人ならいいけど


楽しい事を頑張るうちに楽しめなくなってるパターンならそれは果たして心地良いものが生まれるのかと考えると

まぁどっちとも決めつけることはできないけど

俺は今までやってこなかった生き方を繰り返してトライして生きてきた派だから


楽しめない時は一旦休憩して、違う楽しい事をしてみる!

みたいなやり方にシフトチェンジできたのもとっても
革命的だった!!

といつの日か情熱大陸とかで語りたい


しかしながらブログは仕事でもなんてもないか、マイペースに

自然にスイッチが入った時しか描かない奴だから書く時はいつも心地がいい



思うことはあるけど、今がこれまで史上一番いい作品を産めそうな気がしています


2013.14頃切ったハンドルは確かあの頃もまだ
気持ちに整理つけられぬまま、
止まることが怖くて進んだ道だったかもしれない


だけど動き出した道で止めることは出来ず走り続けた日々に新型コロナウィルスというのが訪れたから


いつだって俺は

その時の状況を悲観的に思いたくないし

意味のあるものだと思いたいから考えるんだけど


やっぱり歌が好きだし

それを求めてくれる人が好きだし

それを共有できる仲間が好きだし

そしてどんな音楽がその中でも幸せだとか楽しいとか前向きな感情もたらせてくれるのかとか

より細かく考えて

それを表現するためにはどうしたらいいのかとか、
とっても向き合う時間になった。


だから今は未来がワクワクして仕方がない

明日を作るのは今日の自分だってわかってるから、

頑張らないことより
頑張る事の方がラクって気が付いたから

果てしなく楽しみ


そして僕から生まれるものが

みんなのプレイリストに入ることを想像して

札幌の景色を思い出しながら
今日も生きる。
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冷たい生き方をしたら、寂しい日々が訪れると思う

アッタカイ生き方をしたら、楽しい日々になると信じてる


そら、どっちも良いところも悪いところもあるけどね、

どっちつかずな事言ってないでさ


気持ちに正直に

個性を大切に

自分の変なところも受け入れて



人生を歩きたい

今日はTwitterにも呟いたけど
アーティストの政治的発言について

僕は昔から政治的発言をするほうでして

ま、1つの地球の中でとか
平和の種とか
こんなタイトルの曲を書くくらいなヤツですから

僕は人1番平和を尊く感じてるほうだとおもいます。
誰かとの比較じゃないけどね


だから別に偉いわけでも凄いわけでもないよ

音楽の人である前に
1国民としての思いです



そんな中著名人やアーティストが政治的発言をする時代がやってきた。

嬉しいよめっちゃ嬉しいよ。俺はその人がどういう思想か気になるほうだから
むしろそういうの知ってからの方が好きになるタイプ

って俺みたいな人も少なくないはず

そんな中
あるアーティスト仲間のコメントに

『この発言により、あなたの音楽をこれからは、1枚フィルターごしに聴かなくてはいけないのが残念です』というコメントを見た。

あぁ、これも純粋な感情だよなぁって

この人はこの人なりにこのアーティストの音楽が気持ち良くて、
なんの先入観もなく、ノンストレスで日常の苦痛を忘れさせてくれる
そんなのが気持ちよかったんだもんなぁって

アートしたものが愛されるって
ある意味『自分の内側』を出した瞬間
その『現実』に切なくなる感情もあるよなぁとか

気持ちはわかるよ。


でもそれって違うと思うな。
さっきも言ったけど、
どんな発言も含めて、その人の曲でありアート作品なんだから


その心あっての君が好きになった曲なんだから

その人を傷つける発言はよくないなぁと思う


そして僕の悪い所
僕は反対意見と向き合いすぎるところがあります。
反対意見って悲しいけど、その人を悲しませてしまった自分に悲しくなって←繊細すぎる悪い所

数日考える派なので、
考えてきたから気持ちも十二分に理解した。

過去、政治的発言で
その当時のファンに同じように言われた事があったからね
ファンのみならず、仲間や、関係者にも注意されては口論する事も何度となくあったw

でもやっぱ最後は自分が間違っている
とも思えないけどね

君も間違ってないけど

それぞれの事も理解できるけど、みんなも僕の事を否定しないで理解して欲しい

俺は君じゃないんだ、俺は俺なんだ

とは思うかな




例えると分かりやすいけど、国の首相だとか
芸能人だとか、学校の校長先生だとか、スポーツ選手だとかミュージシャンだとか

規模は違えど
人が何かを沢山の人に表現したら

その宛先の人数があればあるほど、
賛成も反対も意が出るのは当たり前な事で

人は誰かに否定されたくて生きていないはずだけど

それを覚悟しなくてはいけない世界もあるわけで


簡単な話それに振り回されてるようじゃ向いてないのかもしれない


なぜ
世界のためを、思えば思うほど、
否定される事を覚悟しなくてはいけないのか


それは考え方がそれぞれだからだ


ただ、発する側は
少なくとも沢山の人に伝えるものであればあるほど、
言うべきか、言わないべきか
どう表現すべきか、
何度も行き来して迷って最後コトバを選んでるはずですから

その結論を尊重する所はまず1に受け側としても持っていたい




君が作った中華春雨

いつ誰に作り方を教えてもらったのか
誰かの作ったものを食べて
感覚的に覚えたのか

愛情を込めて作った料理なのかテキトーに作った料理なのか
この人においしいと言ってもらいたく願って作った料理なのか

その味のルーツは婆ちゃんの味なのかお母さんの味なのかお父さんの味なのか近所の閉まってしまった、好きだった店の味なのか



1つの完成品は料理にも曲にも必ず
それぞれの過去があるんです。


僕はどんなものでも基本的に愛おしい笑


口に合わない時も愛おしくて笑ってしまう事がある


政治的発言するアーティストの
音源だけでは気付かぬ過去

その音源が生まれるまでに
経験した挫折や満たされた愛
色んなのが
出会った作品の背景にはあるんですよね


そういうマインドも含めて、あなたは完成されたものに運命的に出会ったというなんともロマンチックな話です。

そしてそれはあなたにも、そっち側のあなたにも
AさんにもBさんにもCさんにもそれぞれの過去があって作品と出逢うんですから

運命に意味があるなら
ロマンを感じますよね




もう一つ僕の良いところであり弱点
人の言葉に左右されやすい

完成に向かってまずは一心不乱に描きたいですよね!

人から見て中途半端なものでも、完成と言い張ればその人中で完成だし、

その中途半端が芸術だと感じる人もいるわけですから
これは面白いですよ



人の意見について、

僕は聞く方ですが、皆さん何かを作る時いくつの意見を聞きますか?

僕はいっぱい意見を見ますけど
取り入れるのはその時決めた、数人の意見のみにします。

数で言うなら
3個の意見は聞けても
100個の意見は聞けなくないですか?みたいな話です


クリエイティブな会議の時に僕は若かりし頃
分からなくてマイナス的なツッコミ、
でもこれしたらこうなりますよね!みたいな
自分の意思を発したことがあり


ごめん、そんな意見すらプラスに話をしたいのだけど、どうしても気になったからこれだけは言わせて

クリエイティブな会議にマイナスは控えてくれ!と跳ね返された事があります

何故ならここはクリエイティブな場だから、
全てを尊重する会議の場で、今の君の意に反してる僕もちょっと矛盾するのだけど、
いろいろ考えた結果、ここだけはルールベースとして抑えてて欲しい、
沢山のアイディアを自由にスケッチに明るく描こう
と言われた事がありました。

『自由』というものが
いかに大切なのかを痛感した時でした


そして好きなアーティストの過去のツイートでも

悲観的からは何も産まない

というツイートも同じように感じました。



言いたくなるのも人間ですけどね

物作りの時は気をつけてます。



さて今夜はパーティーだとして
あなたはシェフです。
料理を今日20人分作ってください

そして明日は30人分です。

そんなシェフは世界中に沢山いるでしょう。

もしもあなたなら

毎日毎日
賛否両論、意見言われ続けて
それでも毎日心込めて、自分が作りたい味を目指せるのでしょうか


もはや自分の食べたい味すらわからなくなりそうなw


さて本題です!←遅い


アゲチンアゲマンになりましょうって話ですw


不味くても美味しいって食べてくれる人がそばにいたほうが、頑張れません?

そこは嘘でもいいんです。

嘘に救われることもあるじゃないですか


そういう事です


ただ、関係性を考えてください


あなたがアートした人の彼女なら、嫁なら、旦那なら

尚更アゲマンであるべきです

相手の人生が良い方に転ぶか悪い方向に転ぶか

あなたがアゲてあげられるかにかかってますから


よく野球選手なんか、
あの人が奥さんになって結果出なくなったねなんて言われます

それは勿論奥さんだけの問題ではないですし、本人の問題もあるかもですが、

よくない時も人生ありますから

それでも前向きに頑張ろうって思えるかどうかは相手のマインドって大きいでよね


時として、
あなたしか言えない立場なら
愛のムチが必要な時もあります。

そんな時はいろいろ考えて本音を前向きに伝えてあげたいものですよね。


勿論僕も言い方で傷つけた事も過去にありますが

人の料理や作品って費やしてきた時間や思いがあるのに

受け取る側のたった一言で
相手を悲しませる事ができるって恐ろしいですよ。


敬意を払ったコメントの仕方とは
難しいですが

きっとそういう思いやりは伝わります。






●アートの現場において、僕が感銘を受けたのはプロデューサーの言葉


音源制作において、制作段階で、この曲はマネージャーにも家族にも聴かせないでくれ!
と言われた事があります

この曲は俺(プロデューサー)と、お前と、そしてエンジニア(編集とかしてくれる人)

それ以外は世に出すまで聴かせるな

と言われた事がありました。


この発言はちょっと最初よくわからなくて

聞くと


アートとは正解のない自由であるべきものだし

そして好みがあるものだから


キッチンに誰でも自由に出入りどうぞ!
じゃ、本当に出来上がったものに、俺の料理だと胸張る事も難しくなり

せっかく時間をかけたのに

賛否の意に、得られる感情も減るのだ


だから他の人に聴かせて意見を求めるのは完成後で十分だ

との話でした。

みんなの意見は完成品にこそ貰うべきだ、楽しみに待とう
みたい言われた時は

目から鱗でしたね


なんなら、
完成すると、見えてきますよね

こんなツッコミ意見もあるだろうね
こんな反対意見もあるだろうねって想定範囲内で

物って出すんですよ


僕らは世の中に出すわけだから
誰かに好き勝手言われるのは仕方がない


しかし傷はつきたくはない

snsという顔もわからない世界で、好き勝手言う事に傷つく人も少なくない

snsだからといって誰かを傷つけてはいけない

有名人だから仕方がないといわれ

あるニュース記事ではある報道に
ダサい死ね、ブスだとかバカだとか

思っても良いけど言うなよって本当に思う←なかまのアーティストの言葉

極論本人は覚悟あるかもしれない

でもその本人の近くにいるパートナーとか、家族とか

その人達はみんなと同じ一般の人かもしれない

誰かが泣いているかもしれない
知らない誰かが傷付いたって関係ないって言うのかな

それがあなたのそばの人なら同じ事が言えるのかな



どんな作品にも
本人の重ねてきた過去がある

どんな発言もその人のアートの1部だと

本当のファンならその人を尊重すべきだ

みたいなファン同士の討論みたいのも、またsns時代が故に見れて面白かった。

喧嘩はやめて〜って感じですがね


ボブマーリーが戦争をする両国の大統領を握手させたもいう伝説は有名な話ですが、


それぞれだから、
政治的な発言をしないも正解だし

するも正解

その人が決めた判断を尊重してこそ、
その人のアートを止めない事だと思うのです。


重ね重ねですが

好きな絵描きさんが
白い大きな壁に絵を描くときに
その絵具の色は使わないでなんて言わないでしょう


好きな料理人が
クッキングするときに
その調味料や食材使わないでなんて言うとしたらそれは
仕事としてオーダーしてオーダーのタイミングでこれはNGと伝えればいいと思います!

その制約の中でやれるかやれないかを決めるのもアートする側が決めたらいいと思います。

断るのも自由、それがフェアだと思います


てか意があるならあなた自身がオリジナルのアートをしてみたらいいと思います!

その人達より
凄いものが出来るかもしれないし



もしかしたらそのときに初めて

アートする側の気持ちに気がつくのかもしれません




話はそれましたが

有名人達が政治的発言をする昨今

本当に嬉しいです







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ずっと自分を、貫いて音楽に愛された
後輩のアーティストTOCCHIと
早朝札幌市内の山岡家でラーメン食べたときの写真が出てきました。笑


この後URL載せますが、
『これだけで十分なのに』
というこの曲を
YouTubeにあげた事により、再生回数やコメント数が示すように

彼は、自分の曲により沢山の人に愛され、支持されるアーティストとなりました。

今周りの仲間の中で1番キテる!と感じるアーティストの1人です


僕のイベントに出てくれて集客がゼロだったあの頃からTOCCHIの綴る言葉、リリック、歌詞には想いが乗ってて、
お客さんは気づかぬとも、アーティストからは支持されてはいましたね。



彼はいつだってタカさんはヤバいっす間違いないっす!そのままでいて下さいって愛嬌満点の笑顔で伝えてくれたなぁ

これまでも仲間達が売れてく所は見てきたけど

ハモネプ仲間のHIKAKINだって、Da-iCEのゆーだいだって、村上けいちゃんだって、

本当に一緒に同じイベントでやってきたみんながステージを上げていく所を見て

世代が近いのもあっていつも嬉しい反面タオルを噛みちぎるほど、悔しいというか、焦りというかそういうものがあった

勿論なるべくしてなったなとリスペクトなんだけど、
世代が近いのもあったり、一瞬自分のほうが人気だったみたいな時があった気がしたりしてたぶんね、
仲間でありライバルとして、勿論今は嬉しいですが


時が経ってYouTube時代になり
こういう形でtocchiがキターってなって
歳を重ねたのもあってか、地元の後輩ってのもあってか、
悔しいという気持ちがほぼないんですよね。
それより、彼からは本質に気付かされたというか、

僕らの世代はまだ、YouTube世代はとかじゃないし、
HIKAKINもよく、インタビューで言ってるけど、あの頃はYouTuberなんてって
世間から認められない時を過ごしてきたわけで

俺も当時からHIKAKINとeggmanのライブの時近くのはなまるうどんで、
彼からYouTubeってのやってるんすよ〜しかしなかなか大変で〜普通に仕事もしてて〜

みたいな話聞きながら、
YouTubeって何だよ
みたいにわからなすぎて、軽くそうなんだ〜って流した記憶があるくらい

YouTubeが認識されてない時代を過ごしてきたから


今となっては、え?って感じだけど

人は当たり前になった瞬間

当たり前じゃなかった過去の感覚を忘れるからね



そんな中YouTubeが浸透した今
TOCCHIがそのサイトを通して自分の音楽を載せて、
人気が出て


振り返ると
彼は集客を目指す活動なんてしてしてた所見たことなくて、
路上なんてしたこともないよね?多分

勿論当時だって本人なりにもがいてたけど、
それでも好きな歌を表現してる毎日が楽しそうだったなぁ


とにかく、音楽活動をしてた人でした
一生懸命作ってそれをリリースしてライブして

それだけをしていた

音楽を愛してHIPHOPを愛した彼が

音楽に愛されて世界中に広まる姿はまさに、
気づかされる物しかなかったかな




この間電話でメジャーからも話くるしよ?って聞いても
来ますけど興味ないっすwって相変わらず可愛いく愛想よくそう答えた

ただめちゃくちゃ良い条件だったら考えてもいいですけどねwくらいな


少し僕なんかは盲点にもなってたからハッとした


今となっては有名になりたいんじゃなくて

なりたいけど、じゃ、芸人になってくださいって言われたら無理だし、ドラマ出てくださいって言われても無理よ。

有名ってのは結果論に過ぎなくて

なによりも大切にしたいのは
歌いたいと言う感情や、作りたいという感情

それを沢山の人に聴いてもらいたいのは勿論
そのメッセージが沢山の人に届けば届くだけそれは嬉しいだけの話なんだよね



正解はひとつじゃないけど

僕はそう思う5.11



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