【原田まりるさん『ニー哲』のススメ】
元男装アイドルで哲学ナビゲーターとして
活躍されている
原田まりるさんの本の紹介です。
 
今回紹介するのは、
『ニーチェが京都にやってきて
17歳の私に哲学のこと教えてくれた。』
という本です。
長いので通称『ニー哲』で
呼ばせてもらいます。
 
『ニー哲』は
哲学エンターテインメント小説という
新しいジャンルの哲学小説です。
 
本書をひとことでいうと、
"哲学を知らない人が
実存哲学を調べるときの
コンパス"です。
 
 
概要の紹介ではなく、
ぼくがもっとも『ニー哲』で
おもしろいなと思った部分の
お話しをしましょう。
 
主人公アリサが
ニーチェと出会い、
哲学のことをいろいろ考えるように
なりはじめたとき、
死の哲学者として有名な
ハイデガーと話す場面があります。
 
ここで出てくるのが
"通俗的時間"と"根源的時間"の概念。
『ニー哲』から引用しましょう。
(ハイデガー)
「私たちは普段"通俗的時間"に目を奪われています。
いまは何月何日、いまは何時といった
万人に共通する時間の概念ですね。
その中で、今日はどうしよう、明日は何をしようと
好奇心で毎日を消費してしまっていることがほとんどでしょう。
将来のことを考えているつもりでも、
どこか他人事であったりします。
こういう風になったらいいな、
こういう風になれたらいいなという希望は
"いつか自分も死んでしまうんだな"
という話でも言ったように、
どこか自分自身ではなく他人事なのです」
 
「ここで大切なのが"根源的時間"を意識することです。
自分の人生に残された時間に限りがあるということを
自覚して生きる時間が、根源的時間です。
例えばテスト期間前に、勉強に必死になって過ごす一日と、
特になんのイベントもなくただごろごろして過ごす一日と、
同じ時間が流れていても、
一日の密度が違うことを体感したことはありませんか?
 
時間というのは、確かですが不確かなものでもあります。
ただ流れるような時の中に自分を置くのか、
時間には限りがあるということを自覚して、
一日を送るのか、
どのようにとらえ、どのように使うかは自分次第です。
 
そして、私たちの時間が限りあるものであるならば、
死を肯定的にとらえ、
自分自身を未来に投げ込んでみることです」
(引用終わり) 
 
という風に、とてもわかりやすく
哲学者の考え方が説明されています。
 
他人事ではなく、自分事として生きるには、
死を意識してそれを肯定的にとらえよう。
そして未来、すなわち自分の目指すべきビジョンに
自分を位置づけて、そこから逆算して
過去の在り方を決定し、
現在という今を生きよう。
 
ハイデガーの難解な哲学書を読むだけでは
哲学に興味のない人にはわからなかったことが、
とてもわかりやすくなります。
 
陳腐なことばに置き換えてしまうと、
たしかに平凡な意見に見えるところはありますが、
メッセージとしてはとてもポジティブなものだと
わかります。
 
こういう風な
何が言いたいのかというところを
先取りしておさえて、
哲学書やその哲学書の解説書を読むと、
まったく何もわからず手探りで読むよりも
とてもわかりやすく読めます。
 
アカデミックな哲学者は
こういう読み方をあまり推奨しませんが、
生きた哲学を実践するには、
そのようなコンパスが必要なのです。
コンパスなしに自分で手探りで探し出すには、
哲学書はあまりにも難解ですから。
 
冒頭でも言った通り、
本書はまさにそのコンパス。
ぜひあなたも手にとって
哲学という世界の
地図を自分の手で作りましょう!

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こんばんは。
哲学エヴァンジェリスト
高橋 聡です。

自我と世界(あるいは社会)。
あまり両者は
関係ないと思う人も
いると思いますが、
実際はとても密接に関係しています。

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世界の中から
自我がうまれます。
自我は
こどものころから徐々に
芽生えていきます。
でもそれは社会生活によって
生まれるものです。

これを社会的自我と呼びましょう。
社会的自我は
社会の矛盾や不合理を
見て、
社会の一部を
改造して
より良いものに変える
ことを目指すことがあります。

デカルトの場合、
自我は世界を疑うことから
でてきました。
これが発展していったのが
カントからドイツ観念論です。
とくに重要なのがカントです。

自我は自分で決定する自律
と深くかかわります。
カントのいう自由は
自我概念と特に関わっています。

英知界の存在者たる人間は
自分でものごとを
決定する自由をもちます。
これは因果法則の
はじめであり、
現象世界のものごとの起点です。

つまり、自我が
世界とつながっています。

一方、マルクスは
社会的自我が社会の現状を
把握したとき、
よりよい社会を作る
ために活動するのが理性
です。

その世界を良くするために
革命を起こす必要があることを
説きました。

革命の部分は
正しいと思いませんが、
マルクスの自我と理性の
イメージはおもしろいと
ぼくは思っています。

ある社会像や世界像を
もつのが大事なのは、
社会や世界の中で
そだった自分という自我が
社会や世界をどう捉えるか、
それが滲み出るからです。

そのためには、
社会やその社会に属する人々の
特性や
世界や社会の歴史を
観察し、学ぶ必要があります。

だからこそ、歴史は大事なのです。
あなたも歴史、
学んでみてくださいね。

どうも、哲学エヴァンジェリスト
高橋 聡です。

本日はヴィトゲンシュタインの
ことばをあなたに
お届けします。

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ヴィトゲンシュタインは
ドイツ生まれの
イギリスで活躍した哲学者
です。

論理哲学論考、青色本、哲学探求など
が著作として有名。

現代の分析哲学の祖として
知られています。

さて、彼の名言、
見ていきましょう。

//
何か考えが浮かぶというのは、
天からの贈り物だ。
しかし重要なのは、
その考えを使って
自分が現実に何をするか
ということだ。
//ウィトゲンシュタイン
宗教哲学日記より

考えは天からの贈り物。
だけど、その考えから
生まれた行動が最も大事なのだ。

アイデアを閃いただけではなく、
その素晴らしいアイデアを
行動に移す。
簡単なようで、
これが難しいんです。

わたしも
このことばを
肚の中において
常に考えるとともに
行動を大事にしたいと
思いました。

あなたはどうですか?

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