💗令和になろうとしているのに、昭和のしかも戦後昭和の物のない時代、人々が生きるのが精一杯で犬猫が置き去りにされていた時代、その時と
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今と何が変わったのでしょう?
表面上は、家族の一員のように、大事にされる動物達
一方では、やはり人間の、ストレスの犠牲になるのは今も昔も同じな気がします。

そういえば保護犬チワワのチャッピーチョコが来るまで、忘れてたのか、悲惨な状況から助け出した瞬間、ずっとずっと遠い小ちゃい時の衝撃的な飼い猫の記憶が蘇って来た事がありました。

何故か金属製の縛り首見たいな輪のさきに、猫の死骸や、運良く逃げられた子の毛根に血が付いた被毛や、たまたま、足がひっかっかて逃げだそうとモガいたのか、引きちぎれた足がぶら下がってた光景だけが、フラッシュバックのようにくっきり浮かび上がって来たのです!

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え?なにこれ!って思った記憶が、退院してから、またぶり返していて、どうしたものかと…

そこで、同好の士である皆様に聞いて頂こうと思いました。

余りに昔でいつだったか覚えて無いのですが、タマという名前をつけた子猫が居ました。

道端で車にひかれてぐったりしていたから、連れて帰って飼いました。

大きくて、威厳のある猫でした。ヤンチャで、お茶目。
飼い始めたのは本当に小さな頃だったとしか覚えていませんが、確か最初に飼った動物が猫のタマで。

家の裏に、家と家の間隔が大体、1メートル位の狭い路地裏がありました。

小さい頃、
まさに昭和の下町の、長屋がひしめきあってる町に住んでいました。

当時はイタチやドブネズミの罠がそこかしこにあり、罠はそんなに珍しくはなかったのですが
慣れてるはずの母が嫁に来てすぐ、最初見た時は、ひっくり返りそうなったそうです。
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その路地に針金で、縛り首の形の針金で出来た
猫取りのかネズミようかの罠が仕掛けてありました。
雨どいから吊り下げてあったのです。  何本も。
色んな長さで…。

雨どいのところにくくりつけてあった罠に大きな猫がつるされてたのを、当時住んでた家の二階のベランダから見えたそうです。

ちょうど隣の家と路地裏挟んだ向かい側の裏口の付近だったか覚えて無いのですが、
人は通れない路地なのですが野良猫や大きなネズミの通り道になっていました。

昭和の中盤は、今とは、別の次元の地球だったんちゃう?って思うぐらい、自分らが生きるのが、必死すぎて、動物にかもてるヒマある人は少なかんじゃないかな。
特に母が子供の頃は。

いや、ウチの近所だけやったか?
下町だからか?

母が、
「裏の猫やイタチの死骸は、いっつも、アンタが嫌がりもせんと、手伝ってくれたな〜」
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私は、全く記憶には、無いけど、母がそう言うなら、そうなんでしょうね…?って、思いながら
これも昭和の思い出ですかね?

私が小さい頃、子育てと、姑姑と、父の妹と同居していました。
だからか、日が明ける前の早朝に洗濯物を干す母が、
たまに、見つけたそうです。

「当時は、保健所に電話しても、なかなか来てくれず、その都度、竿上げかハシゴでネズミ取りとか猫取り(?)を、外して裏口で、片ずけてたんよ。」
待ってられなかったのかな?(せっかちの母は、

「初めはショックやったけど、アンタが寄ってきて引きちぎれた足や首吊りのワイヤーを、小さな手でぶきっちょに、外してんのんを、見てなあ…、
お母さん、思ったんよぉ。。私も、気持ち悪い言うてられへんわって…」

「お母さんがな、ちょっと、向かいのおばちゃんとこ行って、空き箱あったらもろといで!あっ、匂い消しの石灰粉あったら、ちょっと、ちょうだいってもらって来て」

そう言うたとたんに、飛び出して行って、全然入りそうにもないお菓子の空き箱をもらってきてくれてたで!
しかも自慢げに!」

て。
まだ幼児やったんやぞ!と、思いつつ、聞いてました。

「既に手遅れの子も、おったし、気絶してるだけだったりする子もおったよ!
もう亡くなったこは、石灰と空き箱持って近所の空き地に埋めに行ったやん!覚えてないか?」

ある日、
母が、
「もう!またや!!人間て何でこんな事すんやろ!」
て、怒りながら、いつものように、ワイヤ-外そうとハシゴに登って手を伸ばしているのを見上げて、
母の伸ばした両手の先にいたのが、
タマでした。
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その中にタマもぶら下がってました。


今でも、突然その日に引き戻されます。


タマは、大きくて、自分のテリトリーをパトロールするのが大好きな子でした。

子猫の時は、喧嘩ばっかりして帰ってきてたけど、成猫に近ずくにつれ、近所のの野良猫に一目置かれる堂々とした、大きな子に成長していきました!

たまーに、
何処から連れて来たか分からない、血まみれの子猫や、足の無い小さい成猫をくわえて、母が帰って来るまで、コンクリートの玄関先で生きてるか死んでるか分からない子を舐め続けてて…

「いつも、お母さんな、外で、タマ何してねんやろ。と不思議やったけど、生活に必死で言うてる場合ちゃうかってんな」

「でも一番初めて見た時は、ドヤ顔で、ご飯おすそ分けのつもり?
って、思ったけど、次持ってきた時は、野良犬の子供で、
ぐったりしてる子犬の横で、固まったように、動かんから、お母さん、自分くらいの大きさの子犬が、獲物な訳ないかおもてん」

タマは、
玄関の戸が
    ガラガラ
建てつけ悪すぎて変な音する戸が
開いたときも、、
母をチラっとみて
動かなかったそうで、
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「お母さんを、横目で確認したら、またペロペロ舐めたり、じっと寄り添ってるだけの時もあったわあ。」

何で?って聞くと「お母さんが、知る訳ないやん!」
って言うだけで
最初母は
「獲物自慢か?」
と思ってたらしいけど(笑)

「既に手遅れの子も、おったし、気絶してるだけだったりする子もおったよ!もう亡くなったこは、石灰と空き箱持って近所の空き地に埋めに行ったやん!覚えてないか?」

令和になるかって言う、平成最後の時代では考えられられない程、
公共マナーもヘッタクレもない葬り方…。
今思えば、お詫びの言葉もありませんが。

「タマは、近所の人が、よく喧嘩してるとこばっかり見らてて、最初は、近所から嫌われていたけど、ある、放送局見たいな、喋りの奥さんが飼いはった、シャム猫かなんか、高そうな猫が、
いなくなってなあ。その時、半狂乱でブルドックみたいな顔してんのに、ちいこいちいこいブランドの猫を半狂乱乱なって探し回ってた事件が起きたんよ!
覚えてないか?」
と問い掛けられたけど…、?と言う感じで、

「でも、脱走してから、ニー三日くらいして、
ふと、玄関の門柱の上で、仲良く
日向ぼっこしてたんやて!」

「その高そうな猫は、まだヨタヨタの子猫だったけど、被毛もどす黒くなってるけどまだきれいやったって!痩せてもなかったし、お母さん、嬉しいてなぁ。タマも見てなかったから探してたからなあ。」
ごっついその奥さんが、ぎゃーぎゃー言いながらら、礼を言いに来はったわ!
あの時もらった出汁ジャコは、子供らのおかずにしてしもたけどな…、てへっ!」
何がてへじゃ〜!と思いながら、聞いてると@すかさず母は、
「近所で評判の噂好きの放送局の町内のドン見たいなおばちゃんの猫が、家出してくれたおかげやったなあ。^_^」

私→  …。

で、一夜にして、人気者になったかどうかわかりません。
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でも、人間に嫌がられる事がなくなったからか、お気に入りのパトロールコースに、オヤツをくれる御贔屓さんが出来て、家計が大分助かったらしい。パトロールの時間も回数も伸びたそうで。

それからは、
近所のパン屋や魚屋が、
「「これ、余りもん!!腐らすのも、かなんし、タマにあげて〜!」言うて沢山もろたわ〜」」

ふーんって言われ携帯いじりながら、聞いてて、

「あっ、これも思い出したわ!パン屋のパンの耳はアンタらのスナックになったし、魚のアラは、お父さんの味噌汁の出汁にした!」

お母さんの、笑いっぷりに、ビックリした私は、思わず、触ってる携帯落として、

「お母さん!なに勝手に、タマのご飯、横取りしてくれてんねん!タマにあげてーって言うて持ってきてくれたもんやろがい!!

もしそん時、タマが口がきけてたら、走ってきて飛び蹴り食らわされとったで!!
もー!」

って、何十年も前のことをなのに、怒ってしまったり。
不覚にも母に
「飛び蹴りなん! 猫やし、飛び蹴りと違うしー!肉球キックやし〜!(ハハ)」
と、言い返される隙を作ってしまい、ヘコ凹な私。

猫のご飯奪っといて、時代のせいにしてみたり、貧乏が悪いんや〜って泣き落としてくる始末。
あかん、おばあちゃんに遊ばれてる…、
よくそう思ったものです。

そんな時も母は余裕で言い返してきます

「アホ!全部ちゃうわ!タマにも分けたったわ〜!」
とか、ボケをかましながら、
私の
「分けたったちゃうねん!こっち側が、分けてもらったの!!」

ていうツッコミ待つ母との、淡い昭和の思い出の日々。

こんな母がいたから、私も、トラウマにならずに済んだのか?と思います!
感謝。

で、、当時の昔話をしてくれる時は、必ず、タマのことが出てきてたなーと思い出しました


小さな町工場がひしめく一角に私の家族と戦争経験者のおじいさんと、一緒に住んでいました。
近所の人も、そんなに裕福ではなく、どちらかと言うと自分達が生きるのがやっとの昭和の時代で。
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↑これおじいちゃんの若い時…
特に、私が小さい時に、既におじいちゃんにしか見えなかった人達は、今にして思えば、第二次世界大戦中も戦後も、自分が餓死するか、雑草やカエルが🐸有ればまだマシな食卓だった時代を生き抜いた人達だったはず。

今では歴史書や、博物館でしか目にもされない、想像すら全く出来ないんでしょうが…
母が戦後、5~6才だったので、私の世代には、
実感がなさすぎて
、なーんとなく聞かされたことを、おぼえている気がしますが。

その私ですら、我が子五人に食べさせて、餓死を防ぎ自分が餓死するのを選ぶか、
残り四人を餓死させないため、自分は死なない程度に食べて…。
身体の弱い子供が、競争に勝てず、病気になるのは分かってても、おでこに井戸水で絞った手拭いを当て、お湯を飲ませて看病するしか無かったと祖母と共に泣きながら、
自分の兄妹が栄養失調で死んで行った事を鮮明に覚えてるって聞いた事があります。


威厳があって、近所の野良猫に一目置かれる程、喧嘩ばっかりしてたけど…
いつも、帰宅時間は決まってなかったけど帰っては来てくれるタマ…
一か月に一回くらい、どこにお泊りか知らないけど、絶対階段の下もお気に入りの座布団の上で、気持ち良さそうに寝てる姿しか記憶になかったのに、楽しい思い出しかなかったのに、
脳みそに激震が走りました。

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時差ボケみたいに老犬デュースの、ペットロスが
今になって一気に襲いかかってきてました。

何処から連れて来たか分からない、血まみれの子猫や、足の無い小さい成猫をくわえて、母が帰って来るまで、コンクリートの玄関先で生きてるか死んでるか分からない子を舐め続けてた事を今更思い出してしまっています。

、当時の昔話をしてくれる時は、必ず、タマのことが出てきてたなーと思い出しました
何でタマは覚えてるのにどうしてたかが分からなかったのか、何となく腑に落ちた瞬間でした。


何度思い出そうとしてもそれ以外は思い出せなくて、ニュースにも、新聞にも、話題にすら無かったような気がします。

時が経って、犬の保護活動をしている友人と出会いました。
友人の手伝いをしているうちに、犬の引き取り屋の話やパピーミル工場など悲惨な状況を目にしました。
その友人がチャッピーチョコを助け出しました。
そして、家に来たのです。
つまり、チャッピーチョコも、同じ運命になっていたかもしれませんでした。
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その時…、思い出したんです。これは私の運命か…?
でもね、キャットさん💗世の中捨てたもんじゃない!って、このLINEブログのブロガーさんに教えてもらいましたよハート♥️
。動物たちのために!希望もあるからね!

Merryhiroさんのブログに載ってたリンクを見に行ってきました。
そこで、悲し過ぎる一匹の捨て犬の話しを目にして、余りに切なくって、記事を、貼り付けてさせて頂きました。

[夜一睡もしない犬の悲しい過去]😿

ある家族が1匹の犬をもらうことにしました。 けれどその犬の過去を知りません。
犬はすぐに家族になつき、家族に喜んでもらおうと一生懸命です。ところが数週間が過ぎた頃から 奇妙な行動を取り始めます。

毎晩、家族が眠りにつくと、犬は寝室のドアの前で置物のように座り、
家族が寝ているところを茶色の大きな目でじっと見ているのでした。
まったく寝ていないようです。
不可解な犬の行動に家族は困惑し、心配になり始めました。
獣医にも診てもらいましたが、原因がわかりません。なす術なく、犬をもらったシェルターに向かいました。
そこで聞いた説明に家族は心が張り裂けそうになります・・・
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シェルターの人によると、その犬が🐕連れて来られたのは夜遅くで、ぐっすり眠っていたそうです。
何か薬でも盛られたように、職員の手に毛布ごと手渡された時ですら…

次の日その犬が目を覚ました場所は…、

冷たい無機質な施設のケージの中。

悲しそうに一度か二度とクーンと吠えたきり、ずっと飼い主の匂いのついた毛布に包まれ動かなかったそうです。



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社会的マイノリティーも同じ人間です。
本当の自分を隠しながら生きるという事が、どれほどのストレスか分かりますか?
早く、日本も性的、社会的、身体的
マイノリティが堂々と生きられる社会になればいいな

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