突然ですが。
私はパロディが大好きです。

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特に言葉遊び的なパロディは好きで
(「白い恋人」→「面白い恋人」的なもの)
前著「身体を売ったらサヨウナラ」のタイトルは
勿論、「地雷を踏んだらサヨウナラ」をパロってるわけですが、
出版当初
「かなりショッキングなタイトルですがどういう気持ちでつけたんですか?」と
聞いてきたライターさんが
そもそも一ノ瀬泰造を全く知らなくてショックでした。

説明するのは野暮ですし、
私の読者の方ってほぼ教養人なので聞くに耐えないかもしれないですが
もう2年前の著作なのであえて言えば
身体を売ったら〜のタイトルは
一ノ瀬泰造が歩いた地雷だらけのカンボジアに夜の福富町や歌舞伎町をなぞらえ
幸福をアンコールワットに例えたわけで、
語呂とリズムの良い、
一度聞いたら忘れないそのタイトルを文字って、
本の中身を示唆したわけです。
勿論、本家を知っている人は
以上のことを説明しないでもわかります。
というか、そういうある程度多量な情報を
コンパクトに詰め込む際に
言葉遊び的なパロディはとても便利です。

ちなみに身体を売ったら〜は
コラム集ですが、中のコラムの見出しも
ほとんどが有名なタイトルや一節をパロったものです。元ネタをわざわざ書きます。
これからの性器の話をしよう→これからの正義の話を話をしよう(サンデル)
嫁さんになれよだなんてドンペリニョン二本で言ってしまっていいの→「嫁さんになれよ」だなんてカンチューハイ二本で言ってしまっていいの(俵万智)
歌舞伎丼の女王→歌舞伎町の女王(椎名林檎)
モテない男は麦を食え→貧乏人は麦を食え(池田勇人)
愛情はふる 槍がごとく→愛情はふる星のごとく(尾崎秀美)
なんとなくで、クリスタル?→なんとなく、クリスタル(田中康夫)
24のヒトミちゃん→二十四の瞳(壺井栄)
などなど。

私の最も敬愛する作家に
井上ひさしさんがいます。
戯曲も小説も好きですが、
彼の作品には随所に絶妙なパロディがでてきたり
有名な作品のパロディ作品であったりしてとても楽しいです。
吉里吉里人には「失われた記憶を求めて」という小説が登場します。

また、私の最も好きな海外小説は
「うたかたの日々」(日々の泡)
なんですが、
そこにもJ.S.パルトルという学者がでてきます。

パロディといっても色々あって、
赤ずきんなど世界的に有名な物語には
たくさんのパロディがありますし、
文字遊びではなく物語や世界観そのもののパロディもあります。
オースティンパワーズなんて大好きです。
シュレックもものすごくよくできています。
ちなみに私のデビュー作
「AV女優の社会学」は
社会学やフィールドワーク自体をちょっとパロったようなところがあります。

パロディがパロディとして有効であるためには
著者も読者も元ネタを知っていて
もちろん元ネタが元ネタであるということも了承していて
さらに元ネタについてのマスイメージを共有していることが重要です。
当たり前のことですが、
それなりに高度な遊びであるわけです。
読者に求められる前提としての教養が必要なわけだから。
「家政婦は見た!」をみんなが知っているから
「家政婦のミタ」が面白いわけです。

そもそも本家を知らないとワケがわかりません。
前提として元ネタを知っていてそれを元ネタとして採用していることに読者の合意があることがパロディの条件で、パクリとは全く違うところです。
パロディは読者にも作者にも高度な読み技術書き技術を求めます。
ただのワナビーにそんな高度なことはできません。
で、パロディをパクリって言っていたり
パクっただけのものをよく言えばパロディなんて言っていたりするのは貧しいことです。
よく言えば、とかじゃなく
全く違うものです。

パクリをするひとは
「みんなが元ネタを知らない」と思っている、もしくは知らないといいなと思っていて、
パロディをするひとは
「みんなが元ネタを知ってる」と思っている、もしくは知ってると面白いなと思っている。
対極です。

また、借用というのも引用というのもあります。
引用は言わずもがな
出典を明記し、
自分の論を保管したり強化するために
或いは引用元に反論したり疑問を唱えたりするために
人の文章を載せることです。

借用というのも私はよくやります。
概念や造語を借用しますし、
タイトルごと借用したりします。
前出身体を売ったら〜のコラムタイトルは
パロディもありますが名作そのままのものもあります
大人はわかってくれないは、漢字をひらがなにしただけでトリュフォーの映画の日本版タイトルを借用しました。
ハートのエースが出てこないもしかり。
キャンディーズの名曲のタイトルのエースをホストのエースになぞらえたわけです。
また、
パラサイトシングル・婚活(山田昌弘さん)
草食男子(深澤真紀さん)
プロ彼女(能町みね子さん)
などの言葉も多用します。
あと、もともとはアラウンド40.というドラマから一般的に使われるようになったアラフォーアラサーもものすごく使います。
峰なゆかちゃんのアラサーちゃんが大好きなので
あれを読んでからさらに使うようになりました。

こちら借用の方も
作り手にかなり技術がないとパクリと言われる可能性はあります。
新しい造語については勿論みんな考案者に敬意を評して使うわけですが
いちいち引用元を書かないことも多いし
さらに素晴らしく言い得て妙な言葉は一般名詞化したものも多いですよね。中二病とかイタイとか。
いろんな情報が錯綜し、また色んな人が発信者になりうる時代に
これは私が最初に言ったという主張、
パクられたパクったという争いは止みませんし
もともと誰かが考案した概念についてもこういう意味で言ったわけじゃない
という思いにかられることも多いと思います。
そういう争いは大いにやるべきだし
うまいこと乗っかろうとする安易な借用やパクリ上手には食いつくべきです。

先日も私の親友の婚活アドバイザーが以前営利目的ではない教材に書いた文章を
大手の団体がまるでその団体の代表のカリスマが考えたことのように勝手に使用しているということがあり、
私はバキバキに怒っています。
パクリの最も悪質であるものは
そういう、それほど名前を売っていない作者のものを
名前が売れたものが勝手に使うことですよね。
逆ならただのワナビー、ファン、信者で片付けられるけど。
そんなことがあって熱くなってこんな長いブログ書いちまったよ。

そして私の何よりの願いは、
そういう風潮に
上質なパロディやオマージュなどが巻き込まれないようにしたいですよね。ということ。
パロディがパクリって言われたらものすごくつまらなく思います。

パクリだとか悪用と言われがちな書き手は、パロディなんていう高度なことはできない人たちがほとんどかと。
借用を認めてもらえるほどの人間力がなかった、とか。
まぁ、ちょっとしたことでパロディやアイデア借用してわざとかぶせたのをパクリと言われることもあるか…炎上社会ですものね。

なんか長くなってしまいました。
とにかく私は
ただのライターやツイッタラーに何かパクられても軽蔑こそすれ文句を言ったことはないが
経験はないけど有名な人にパクられたら怒るよ(*˙꒳˙*)‧⁺✧*

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そう言えば
以前必ずブログの最後につけていた
〇〇と✖︎✖︎を大切にね❤︎
も勿論東電のパロディですね。

大事なのは愛と敬意と教養があることですよ。
リスペクトでんこちゃん!