月別アーカイブ / 2016年06月



先日、友人が「会いたいってなんだろう」と言い出した。


会って話がしたいんじゃない?と返すと

「それは"話がしたい"が付いてるでしょ」とのこと。



たしかに。



「会いたいってなんなの」とまた言い出す。
会うだけ、会うけど何もしないってことか。

家族だったり、私たちみたいな関係じゃないの?
と言うと彼女は軽く納得してくれた様子だった。



だけど会話が頭に残ってしまって、その後一人歩きしていた。

《遊ぼう》と似ていて、具体的に何をするかわからないような。
気持ちだけ突っ走っていてノープランだな。という考えにたどり着く。

だけど、会いたいも遊びたいも本音だし伝えた後に考えればいいことなのかもしれないし、そもそも…

え、会いたいって何?


ふりだしに戻る。



友だちの視点は面白い。
会いたいってなんだろうね。

顔を見て話したくて、時々黙ったりしても同じ空間にいたいとか、そこで同じ景色を見たり、ご飯を一緒に食べたり、調子はどうだい?的なことを会ってしたいのかね。
これらを全部ひっくるめて「会いたい」とすれば非常に簡潔でとても曖昧。
 
含ませるから膨らむのだ。
想像を掻き立てる。


彼女は誰かに会いたいと言われたのだろうか。
《会いたい》ってなんかいいね。


いざ自分が言われたら「いつにする?何食べる?」とか聞いてしまいそうだけど、それでいいのよね。


なぜかご飯食べに行く前提だけど。

会うだけって、あまり無いのかもね。
道でバッタリも会ってるものね。。
それでいいかと言われたらそうじゃないだろうし。


ここまで考える必要もないのかれないし。

わからない。こればっかりは。


わからんなぁ。





先日、私用で札幌へ帰った。

新しいイヤホンと購入したアルバム(iPhoneに入れた)を持って。
読みたかった本と手帳とノートとお気に入りのペンも。

移動時間に音楽を聴くことが特に心を躍らせる。
リズムに乗りたくなるのを抑えながら街を歩いていた。
 
飛行機の中や電車の中では本を読んだ。
居眠りもした。 

自分をコントロールする練習もしていた。
帰省は自分を見直す良い機会だ。




理性って大事。
ここ最近は強く感じていることだ。
人間らしさってものは主に感情だと思っていたけど、その感情を抑えられる理性があるからこそ、人間らしいと言えるのだと思い直した。

("らしさ"って、というツッコミはご免被る。)

感情は大抵ネガティブである。
そして無意識だ。

理性はポジティブで意識がある。


この二つ、記憶と関係していると思う。
私があらゆる名前や物事を覚えられない、そして忘れてしまうのは無意識が原因なのである。


無意識が呼ぶ負の連鎖に今更気づいた。

無意識→無自覚→無頓着→無神経


おい、何も起きないではないか。
なんて能天気なんだ。
何も起きないということが起きているが。


考えることを止めたくない。
そうしたくてたまらない今だ。
だから全然眠たくないのだけど、それゆえに全然頭が回らない。

 
バカかおまえは!という空耳すら聞こえる。 





現実逃避は楽しい?
夢の実現は何百倍も何億倍も楽しい。
なんのための現実だ。
君はどうする?

そんなこと言うまでもないと言ってやる。


なんにせよ筋を通してやっていく。
僕らの世界はそうあるべきだ。

と、回らない頭でなんか言ってる。



やるべきことはやりたいこと。 


タイトルはなんか良さげってだけで付けた。
 

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