月別アーカイブ / 2013年04月

映画「かぐや姫の物語」制作時に、auスマートパス会員向け
スタジオジブリ公式読み物サイト「ジブリの森」において連載された
「かぐや制作日誌 “悲惨な日々” 西村義明(2013年4月15日~9月1日)を再録


 高畑さんが監督を受諾した日がある。いったい、いつのことだったか全く覚えていないが、どのような状況だったかは克明に覚えている。

 K氏と僕は、もう疲れていた。費やした時間は膨大だった。一日10時間×何百日を費やしたろう。高畑さんと話した時間は積み重なるが、映画はどこへも向かおうとしない。不毛に思える日々。高畑さんが少しでも前向きな話をすると、ぼくらは帰りの車中で話した。「今日、進んだよね?」「うん、進んだよ。」「ほんと、進んでるよね?」「うん、進んでる。進んでるさ。」でも、企画はいっこうに進んでいなかった。ぼくらは自分たちの毎日を有意義だと思いたいだけだった。

 あの日、ぼくらは決めていた。今日は、話そう。真剣に、話そう。駄目だったら、もうやめよう。ぼくらは高畑家へ向かう車の中で、そう話していた。僕が運転をして、K氏は助手席で。

 その日の高畑家。こたつに入って、奥さんが出してくれた夕食を食べた後だった。ぼくの左にK氏、正面に高畑さんが座っていた。K氏は正座をし、ぼくは胡坐をかいていた。高畑さんは食後の一服を終え、テレビのリモコンに手を伸ばそうとしていた。K氏はそれを制するように切り出した。

  K氏「高畑さん、話があります。」

 高畑さんは、何かを察して、こちらに正対しなかった。どこか違うほうを向いていた。しかし、ゆっくりとこちらに向き変えた。

 勝負だった。

 ぼくらは、真剣だった。

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映画「かぐや姫の物語」制作時に、auスマートパス会員向け
スタジオジブリ公式読み物サイト「ジブリの森」において連載された
「かぐや制作日誌 “悲惨な日々” 西村義明(2013年4月15日~9月1日)を再録


 企画がいっこうに進まない状況が続くときでも、会社(ジブリ)に対しては説明する必要がある。ぼくらは鈴木さんには毎月、定期的に報告していた。もちろん、企画が進まない状況に、その都度、色々と怒られてきたわけだが。

 そのときは、まだK氏と一緒にやっていたある日のこと。

  鈴木さん「あのさ、お前ら、どんな顔で高畑さんと話してんの?」

  K氏「えっ、こんな顔ですが。」

  西村「うん、こんな顔です。」

  鈴木さん「だから駄目なんだ!そんな顔じゃ説得なんて出来るわけがないだろ。ちょっと真剣な顔してみろ!」

  K氏「えっ?ここで?」

  西村「いまですか?」

  鈴木さん「あたりまえだろ!やってみろ!」

  K氏「ムムッ」

  鈴木さん「ダメダメ、ぜんっぜんダメ!」

  西村「ムムムッ!」

  鈴木さん「お前さ、それ、ただ睨みつけてるだけだろ。」

  鈴木さん「あのな、真剣な顔を訓練しろ。本気の顔で来られたら、人間、やすやすとは断われないんだよ。お前らが真剣な顔で迫ったときに、高畑さんは引き受けるよ。結局、お前らがその顔が出来るかどうかなんだよ!」

 ぼくらは訓練した。しかし、いくらやっても、チンピラが睨みつけているような顔にしかならなかった。とくに、K氏の顔は、故・横山やすし師匠にしか見えなかった。

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映画「かぐや姫の物語」制作時に、auスマートパス会員向け
スタジオジブリ公式読み物サイト「ジブリの森」において連載された
「かぐや制作日誌 “悲惨な日々” 西村義明(2013年4月15日~9月1日)を再録


 ぼくは、高畑さんの家に行く前に、毎日、4スタに行く。田辺さんに絵を描いてくれと催促に。田辺さんは、やりますよ、と言ってくれる。しかし、まったく描いてくれない時期が続いた。

 4スタに行くと、玄関には田辺さんの靴がある。いる。田辺さんの部屋は、キッチンの横にあり、じゃばらカーテンで仕切られている。そのじゃばらカーテンを開けると、机に座っている田辺さん。僕のほうを見て「こんにちは」。机の上を見ると、絵を描いている形跡がまったくない。紙は広げられておらず、鉛筆は整然と置かれたまま。まずは鉛筆を握ってください。

 これが毎日同じだった。田辺さんは机に座っているだけ。気付かれないように、しのび足で近づき、こっそり覗いてみる。その姿は、まさに禅僧のようだった。何をするでもなく、座っている。ただ、座っている。修行なのか。悟りを啓くのか。微動だにしなかった。しかも、その姿が凛々しいのだ。いや、描いてください。

 絵を見られたくなくて、隠しているのかと思い、田辺さんの机をあさっても、描いた痕跡がゼロ。彼は描かない。聞くと、「実感がわかなくて」と言う。色々と話す。こうしてみたら、と提案する。こういうの見てみたら、と提案する。でも、だめ。無駄だった。描いてはくれない。「実感がわかなくて」と言う。そう言って笑う。その笑顔が、なんというか、さわやかなのだ。包容力がある。だから描いてください。

 彼は4スタの所長として、スタジオの管理をきちんとしている。おかげで4スタは男所帯でも清潔に保たれていた。でも、それで給料が支払われているわけではない。職業はアニメーターです。高畑さんの映画のために、かぐや姫の絵を描いてください。

 なんだかんだ、こういうやり取りを、毎日繰り返した。3年ぐらい。

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