今日は3月8日。

ちょうど20年前のこの日に、僕は、初めてライヴハウスのステージに立った。



1997年。突然バンドがやりたくなり、住んでいた大学の合宿寮をとびだして、仙川という町に住んでいた友達のアパートに、半年くらい転がり込んでいた。

そして、その後、一人暮らしをすることになって、友達と不動産屋を、ちょろちょろとまわっていた。その頃の僕は、とにかくライヴをやってみたい一心で、ライヴハウスの上にあるという、普通ならば低条件であろう部屋に狙いを定めた。下にライヴハウスがあれば、いつでもライヴができるだろう。そんな単純な理由からだった。

その少し前に、バンド活動のことなど、何も知らなかった僕は、「東京のライヴハウス集」的な本を買っていて、その中からなんの理由もなく選んだ、渋谷のON AIR WEST(現TSUTAYA O-WEST)に「すいません、ライヴやりたいんすけど、どうすればいいすかね?」などと電話していて、「はい、箱の貸出料は60万円~70万円くらいです」なんて返事に、みんなどうやってライヴやってんだろうかという疑問でいっぱいだった。それで、ライヴハウスの近くに住んで、店員と仲良くなれば、うまいことイベントにもぐりこめるんじゃないかと企んでいたのだ。

まだ、バンドメンバーすら揃ってもいないのに。



そうこうしているうちに、とりあえずメンバーを4人集めなきゃと気づき、欣ちゃんとは、既に、雑誌のメン募で知り合っていたから、友達の友達でベースが弾ける奴と、そいつと同居していたドラムの叩ける奴の二人を強引に誘って、そのままSTANCE PUNKSを結成した。1998年の1月。

悶々としながら部屋で書きためた曲はたくさんあったから、あとは少し練習して、ライヴを決めるだけ。僕は家のドアを開けて、地下への階段をトントンと降りて行った。

そこは吉祥寺にある「CRESCENDO」という、キャパが150人くらいの小さなライヴハウス。地下の扉を開けようとしてみると、まだ営業時間前だったようで、鍵がかかっている。仕方なく、出直そうと思い、部屋に帰ろうとすると、どうやら1階に事務所があるということに気がつき、そこの扉を開いてみた。

すると、女の人が一人で椅子に座っていて、何か用ですか?という顔をして僕のことを見ていたので、「あの、ライヴやりたいんすけど」と思い切って言ってみた。

ライヴはすぐに決まった。もしかしたら、大金を払わなければいけないかもしれないというドキドキと共に。それが1998年の3月8日。

僕は、初ライヴの前夜に、気合いを入れるために、髪を真っ赤に染め上げた。



当日はすぐにやってきた。初めてのリハーサルだ。対バンになめられないように、ガチガチにガンとばしながら、適当に歌った。音のチェックだとか、そんなものはまだ何も分かっていなかったから。モニターすら、初めて見るという始末だった。

リハーサルを終えると、みんなで僕の部屋で待機した。煙草を吸ったり、ゲームをしたり、ダラダラしていたけれど、胸がずっと高鳴っていたのは覚えている。

そして夜になり、僕はステージに上がって、スポットライトの中で、自分で作った曲を歌った。



あの日から、今夜でちょうど20年。
僕は、今も歌ってる。

ボエ~!!!



1998年、CRESCENDO横の更地にて
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【LIVE】
3.11(日)仙台MASTER PEACE2018
3.21(水)渋谷O-Crest~スタパン20周年スペシャルマッチ第4R~
4.07(土)新宿ACB
4.14(土)十三FANDANGO~スタパン20周年スペシャルマッチ第5R~
4.15(日)名古屋CLUB UPSET~スタパン20周年スペシャル第6R~

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いよいよオリンピックだね。

夏季でも、冬季でも、オリンピックは本当に楽しみだ。胸が踊ってならない。なんせ、僕の18歳までの夢は、オリンピアンになって、金メダルを取ることだったのだから。

19歳からの夢は、バンドマンさ。

しかし、スポーツ選手ってカッコいいよ。羨ましくて、憧れてたまらない。ストイックなオリンピアン達に比べて、なんと自分は怠惰で糞なことよ。

17歳の時に、アメリカのアリゾナ州フェニックスってとこで、レースに出場したんだけどね。その大会に、後に金メダリストになるようなアメリカ人の選手達も出場しててさ、一緒に泳いだ時に、「ん?おれ金メダル取れんかもしれんな」って、初めて夢を疑ってしまったの。

なんせ、2mくらいありそうな巨人達がさ、どえらいスピードで、隣を泳いでいくわけよ。僕とはもう、まるでスケールが違ってたわけさ。そう思わされてしまった。

ずっと、思い描いていた夢が、ふわーんって薄くなった瞬間だったな。

そして、来たる2004年、アテネ五輪。僕の夢だった、「100m平泳ぎで金メダルを奪取」という夢を、北島康介という男が叶えてくれたわけだ。

部屋で、一人で絶叫しながら大泣きしたのを、とてもよく覚えてる。感動しすぎて、自分が取ったのかと思った。笑

2004年と言えば、僕は2ndアルバムの「LET IT ROLL」をリリースして、tourしてた頃だね。

オリンピアンからバンドマン、ずいぶん夢は変わったけれど、夢なんて何個あったって最高だし、何個あったって足りないよね。

なんだっていいんだよ、夢中になれればさ。

さぁ、オリンピックが始まる。僕が歩みたかった、もう一つの夢の人生を歩む選手達を応援しながら、空想して妄想しまくって、中二のような想像爆発で見させてもらうぜ。

がんばれにっぽん!!
そして、もはや、出てる人みんながんばれ!!

瞳の色も、肌の色も、主義主張の違いも関係ない。みんながひとつの物を目指して戦うんだもの。それって、最高じゃない。

中学生の僕は、深夜のNHKの放送が終わる時に、テレビから国歌が流れるでしょ?そを聞きながらさ、ピシーッと気をつけしたまま目をつぶってね、毎日のように表彰台の真ん中をイマジンしていたのさ。

はじまゆわのよっ!
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【LIVE】
2.14(水)名古屋R.A.D
3.03(土)見放題東京2018
3.11(日)仙台MASTER PEACE2018
3.21(水)渋谷O-Crest~スタパン20周年スペシャルマッチ第4R~
4.07(土)新宿ACB
4.14(土)十三FANDANGO~スタパン20周年スペシャルマッチ第5R~
4.15(日)名古屋CLUB UPSET~スタパン20周年スペシャル第6R~

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やぁみんな、調子はどうだ?

最近の僕はと言えば、とっても音楽が好きです。もちろん元々好きなんだけどさ、創作したいという意欲が、今までのバンド人生の中で一番かもしれない。

若い頃は、ただ夢中でライヴと遊びに明け暮れては、ぐうたらダラダラと過ごしていたから、時間の事を考えたことなんて、一度も無かったよ。

でも、僕も少しばかり長生きし始めたからさ。解散していくバンドや、死んでいった仲間たちなんかも、ちょいちょい見てきたわけだ。

残された時間がどうとかまでは、思ったことはないけれと、昔よりは、時間の事を考える時間が増えたからかもしれない。

だから、どうだってわけでもないんだけどね。やれることは、早くやっとかないとなと思うわけだ。

しかし、こういう時に限って、なかなか曲が書けなくて、うききーとなっている。が!今年は絶対にアルバムを出すのだよわたしは!



今年はバンド20周年。今、スペシャルマッチという企画をずっとやっているんだけど、それとは別の企画でね。。

9月後半辺りに、どん!と、でかいイベントをやってみようかと思ってるの。地元の名古屋でね。

詳細はまだ決まってないから、発表はまだなんだけど、決まったらすぐに報告するから、その時は日本中から集結してくれよな兄弟たちよ。



みんな、寒いから風邪引かんように気をつけてな。今年はインフルエンザで、危うく40度に届きそうな高熱が出て、死ぬかと思ったぜ。

僕もそろそろ、一日でも長く音楽ができるように、自分の身体を愛してやらないとな。

さて、煙草いっぱい吸って、カップラーメンいっぱい食おーっと。



ところでさ、
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こういう感じの、樹のシルエット見つける度にね、小学校の時に映画館で見た、「のび太の魔界大冒険」を思い出して、胸がザワザワする。メデューサが追ってきて、石に変えられそうじゃない?

アデュー

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