今日は【地下鉄サリン事件】1995.3.20 から
28年目。だから、あの日を忘れぬ為哥います。
【風祝想哥②】宇宙元年晦日新月詠
ときかわる
しんげつのひつぎかなうもの
くるしみをしりそをむねにさきのよに
すすめるたみのわかれみち
なきことにできぬこしかたを
せおいしいきるこのさきも
ひとのごうなるこのよなら
あきらめずいのちつぎこそみゆる
さきのよ
過渡期変わる
新月の樋繋敵う獣
苦しみを知りこそ旨に未來の世に
勧める多美の分かれ未知
啼き言霊出来ぬ甑方を
瀬尾いし居帰塁此の紗輝も
人間の宿業為る此の余なら
諦めず意宣知嗣ぎこそ実優る
未來の世
彌生初霞新月
忌部棟梁 宮澤春逸(風月)詠
(故人泰氏安倍姓惣領 谷澤晴一遺筆)
3.11陸前高田【命と祈りの優先順位】
今年も、3.11が来た。津波が全てを浚って行ったあの日から12年。今年も、陸前高諏訪神社から、景色を眺めている。
1995.1.17。兵庫県芦屋市の崩落した瓦礫の下に、誕生して2ヶ月の娘【茜】を喪い。
2011.3.11 岩手県陸前高田市を襲った地震津波でパートナー【翠】を喪った。
二度の喪失と、それを乗り越えようと努力してもなお乗り越えられない自分の、乗り越えられない原因になっている【たった一つ】に、ようやく辿り着いて。
今年は、ここにいる。
それは。
【災厄に際した時。命と祈りどちらを優先するか?】。
3.11のあの日あの時。
僕と翠は、逃げ遅れた人を鼓舞し、寄り添いつつ、津波の直前、高台の諏訪神社を目指していた。
僕が先導。翠が殿(しんがり)で。
諏訪神社に辿り着いた時には、既に足下を濁った潮水が洗い始めていた。
僕が先に階段を昇り、一人、一人、手をとり階段の上に引き上げ。翠が、足下を波に洗われながら避難者を励ましながら、背中を押し階段の上へと送った。
その時は、唐突に来た。
少しずつ増して来ていた潮位が加速して。
そして、強い押し波に皆が足を浚われ、直後、引き波が下に残されていた皆を浚いはじめた。
【その瞬間。翠は菩薩のような表情で祈っていた。】
【そして、その周りで、翠の祈りに呼応するように、老若男女皆祈りながら】
【引き波に浚われ、海の彼方へ引き込まれて行った】
【上で一人でもたくさんの人を救おうと激を飛ばしながら修羅の様相で、一人一人引き上げていた僕】
【無益を悟り、浚われゆく皆と祈りに入った翠】
どちらが、あの瞬間正しい選択をしていたか、12年。ずっと答え探しをしていた。
人それぞれ解釈はあろう。でも、現時点で僕が辿り着いた回答は、やはり。
【祈りより、命を優先する】なのだ。
あの時、僕の他にも何人もの人が、
【頑張れ!まだ、大丈夫!助かる!】と声をかけ続け、津波に浚われ始めている人々にも、【助かりたい!】という【意思】があった。
ところが、翠が祈りに入ったその瞬間から、そこを中心に波紋のように【命への
執着】が消え、【死への覚悟】が【伝染】した。
あの景色に【正解】はないにしても、あの時【命への執着】を優先していた僕は、こう言いたい。
【あの時。翠が祈りより命を、最後迄完遂していたら、まだ救えた命があった】
のだと。
災厄。災害に際して、祈りとは、
【終わったあとの鎮魂】のため必用であり、
【災厄災害が終わる迄は命が優先】だと。
2023.3.11 陸前高田諏訪神社にて
泰氏安倍姓四十四世中臣晴逸(俗名谷澤晴一)
2011年3月11日。
この場所で救うことの出来なかった28柱の御霊への鎮魂を込めて。