松本駅。午前8時。電光掲示板の温度0℃

20年振りの寒波の来る日の朝。

僕の住む信州松本の朝の気温は0℃ それでも寒いと感じてしまうのは、温暖化した気候に慣れてしまった自分のホメオスタシス故か?

20年前1993年1月24日。今日の松本の朝の気温を調べてみた。最低気温-12℃ 最高気温-4℃。わずか20年で、ここまで温暖化が進んでしまったことの驚愕と、それに慣れて寒いと思っている自分への驚愕と、ダブルでショックを味わっている。

もともと実家が継承してきた陰陽師安倍家の、晴の名と共に伝承を相伝している惣領(相続者)として、たくさんの経験値や絆を吸収しながら、現在は、神職と個人対象の歴史ガイドをしている。 阪神淡路震災で罹災し産まれた直後の娘を喪い、東日本震災で罹災し、パートナーも喪った。その後、歴史のかたりべとして顧客に揺るぎないエビデンスと情報を届けるため、社会人学生として五つ関連する論文を執筆し、修士号を取得した。

その中の『地球物理学』修士として、今日はエビデンスに基づくメッセージを提供したいと思う。

分かりやすく私たち人間に置き換えよう。

20年前1993年1月24日の最低気温-12℃が、私たち人間の平熱36.5℃とした場合。今日の朝の松本の朝8時の気温0℃は、人間の体温に置き換えると『42.8℃』なのだ、これは重症を通り越して『細胞内の遺伝子が破壊されはじめている』危険領域だ。

だからこそ、地球生命体自身、自己免疫発揮して、20年に一度の寒波を呼ぶのだろう。

でも、その寒波が通り過ぎて、地球生命体の発熱を下げても、私たち人間換算で『42.8℃→41.2℃』に、わずかに熱を下げるしか効果が無い。それほど地球生命体自身の復元力(自己免疫)は弱っているし、母なる地球は、瀕死な程病んでいるのだ。

自分の母が、瀕死の熱にうなされているのに、心に響かない、『だって僕、寒いの嫌い!』って言っている私たち人類は、多分、私たちがコロナウィルスに対して向きあっているのと同じ気持ちを母なる地球生命体に抱かせている。

残酷な言い方をすれば、人類はもう、母なる地球生命体には『ウィルス』と認識されているのだと思う。

それでも、歴史のかたりべとしてなにか対処したいと行動しているのは、母なる地球生命体への懺悔なんかじゃなく。 

母を救いたい自分の子供としての想いと。

自分も、母を病気で苦しめている人類の一員だから。

出来ることはちっぽけでも、その想いを一人でもたくさんの絆に繋ぎたくて。

だから、今日も歴史のかたりべとして行動している。

これから、ふるさと諏訪で、二人の顧客に、絆と想いを届けに行きます。