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【真・日本史「風祝伝記」①】風三郎
陣場形山に登る山道。前を歩く父の背中を追いかけながら、まだ幼い「三郎(さぶろう)」は息をためつきらしつ登っていた。 山の上から爽やかな風がおりてくるのが心地よいので疲れは感じない。 それは、身体にあたる風が、自分を包み護ってくれる母のように感じるからかも知れない。
坂道が少し緩やかになり小さな平地に辿り着くと、そこに小さな祠があった。
「さあ、お前もこっちに来て一緒に手を合わせなさい。」
父に誘われて祠の前に並び、三郎は小さな手を合わせ黙想した。
相変わらず山の上から吹いてくる風が頬を撫でるように優しくあたり、里の方へ流れ下ってゆく。
しばらくして黙想を終え、目をあけて改めて祠を見渡すと、祠の上に朱色の鮮やかな神額(しんがく)が目に飛び込んできた。 だが、まだ幼い三郎にはその文字が読めない。
「父様(ととさま)なんて書いてあるの?」
三郎が問いかけると、父はふっ、と息をついてから神額を指して応えた。
「かぜさぶろうのおおかみ。風の神様の名前だよ」
「かぜさぶろう、さぶろう。おらと同じ名前だ!」
「三郎」はちょっぴりびっくりして父を見て、そしてもう一度朱色の神額を見上げた。
「三郎、疲れたろう。一休みしよう。こっちに来てお座り。」
そう言うと父は傍らの石を指して自ら先に座ると、三郎に手招きをした。
三郎が座ると父は祠の方を指差し、その指先を風の吹いてくる方向の山の戴きの方角へ動かして、ポツリ、ポツリ話し始めた。
「三郎よ、この祠(おやしろ)には、お前をいま包んでいる風(かぜ)がお祀りされているんだよ。」
「へぇ! 。風はどこから吹いてくるの?」
「お山の上からさ。そう。そして、この風はお山の向こうをかけ登って来てるんだ。そこには三郎と同じ三男坊の神様が住んでいるんだよ。」
「へぇ! 」
「我が家(おらほ)のご先祖さまは、山を越えて、山向こうのはるか彼方から旅して来たんだ」
「そうなんだ! なぜご先祖さまは山を越えて風を追いかけてきたの?なぜ、神様はおらほと同じさぶろうなの? 教えて、教えて!」
三郎は息せききって父に尋ねた。
「まあ、まあ、慌てるな。今日はここに御詣りするために来たんだから。 これからゆっくり話すでな。」
父は微笑んで応えると、三郎の頭を優しく撫でて語り始めた。
「おらほのご先祖さまは、山の彼方、すわ、というところから来たんだよ。ご先祖さまは、昔『やじま』と言う苗字(なまえ)でな。」
父の話を聞き逃すまいと身を乗り出した「三郎」に、蜩(せみ)の音とともに山の彼方からくる風が伴奏をしてくれているような、初夏の午後だった。
🍃【真・日本史】三本目のものがたりは、全国唯一、諏訪信仰にのみ存在する【風祝(かぜのほおり)】と言う名の特殊な神職を取り上げる。 此の【風祝】は、現皇室の倭王権が、九州から東へ勢力を押しだし始めた時、最初奈良盆地で【龍田神】を奉祀する一族を押しだし、さらに、伊勢では、【イセツヒコ】の名前だった【風祝】が現皇室に国譲りをし、信濃諏訪明神になった伝説の最後の帰結だ。筆者の四十四代前、安倍晴仁が仕えた【桓武山部王(天皇)】は、古事記 ・日本書紀・先代旧事本記の他に、私的に此の【風祝伝記】を編纂させていたが、志半ばで権力を中臣藤原氏に奪われ挫折した。安倍晴仁は信濃国に勅命で隠棲するにあたり、当時の【国書史料54万点】とともに、未完成の【風祝伝記】を【桓武山部王】から預かり、自分の代で封印した。四十四世の筆者はこれを再び開封し、未完成の【風祝伝記】を完成させたくて諏訪信仰を調べはじめた。
ものがたりは伊那谷の「風三郎神社」からスタートする。伊那谷は悠久の昔、諏訪大社の祭主である大祝の祖先である「神(みわ)」一族の領有地だったことがわかっている。その伊那谷の領有を裏付ける日本最古の神社記録守矢文書によると、
「神使御頭(しんしおとう)」の輪番を神長(じんちょう)守矢氏と交互に担っていたのが、「風祝(かぜのほおり)」。後に「権祝(ごんのほおり)」になる矢島(やじま、やしま)一族だった。矢島一族は神一族の連枝であり、自らを大祝(おおほおり)の祖神
タケミナカタの三男【イケノオ】(系譜では四番目だがすぐ上の神は守矢に養子に入り籍を抜けた)と定めている。つまり、「三郎(さぶろう)」なのだ。有名な属性であるのは「風」「水」。風の属性では信濃はもとより全国に枝族を拡げた一族だ。
筆者は諏訪の歴史を11歳から追いかけてきた中で、つい最近まで「風三郎神社」の存在を知らなかった。2019年春。中川村出身の友人に誘われそこを訪ねたとき、「風祝」に関するすべての疑問と謎が氷解し始めた。その後、文献とフィールドワーク両方を駆使しつつ全国を駆け巡る『風祝』を追いかける旅はまさにこの『風三郎神社』からスタートした。
さらに、筆者の母の実家、諏訪大社宮大工【忌部棟梁宮澤】も風祝(かぜのほおり)に繋がる一族とわかった。その後、風祝の子孫たちと全国で出会い、導かれるように蓄積した歴史の叡知をエビデンスに、これから【風祝伝記】の完成を目指し、ものがたりを執筆する。願わくは、命尽きる前に完成することを目指して。
2023.3.29(水)
正二位左大臣秦氏安倍惣領中臣晴逸(谷澤晴一)筆

【風祝想哥⑥】春風城下
うらはるか
はるかぜひにおうしろうちの
さくらはごぶとさきほこり
はっこういちうのたみびとが 
つどいかわさることのはに
いこくのさかいここになし
ただみなみながさくらめで
えがおがみゆるしあわせに
いくさなきよがきたらんと
かんおういたすまつもとのしろ
浦遥
春風匂嫗城内埜
咲来葉五分到紗季誇理
八紘一宇廼多美人垣
集意交話申言乃葉匂
異国篦境線此処邇無茲
唯皆々莪桜愛出
笑顔我稔夢留幸遇和世貮
戦渚余伽喜多欄到
観桜致進松本盧城

風祝忌部棟梁宮澤春義(風陽)詠
2023.3.27(火)先勝

松本城ボランティアガイドとして久しぶりに観光客を案内。七割がインバウンドの国際感豊かな城内で、戦なき世界の匂いを微かに感じました。

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