街角でふとぼくに問う 何者であるか応えることのできないハズさ
たなかのたんか ◆ SECTIONo.24 ◆

月に一度の診察に大学病院に行く。診察を終え、母校の図書館を散策する。みどりとひかりに満たされた空間に身も心も溶けていく。

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🌟飲みもの🌟
evian(エビアン) ミネラルウォーター
フレンチアルプスの奥深く、守り抜かれた水源地で生まれたエビアン。15年の歳月をかけて地層の中をゆっくりと流れ、自然のままのミネラルを含むただ一つの水へ。

🌟本🌟
仕事をつくる―私の履歴書
安藤 忠雄

学歴も社会的基盤も実績もない。仕事は自分でつくらなければならない。独学の建築家が大阪から、世界に闘いを挑んだ。気力、集中力、目的意識、強い思いが、自らに課したハードルを越えさせる。

縮む日本人を叱咤する、異色の半生記。

P16
建築家の仕事 独学でつかんだ天職

中学二年生のとき、自宅の長屋を改造し、二階建てに増築した。若い大工が一心不乱に働く姿を見て、建築という仕事に興味を持った。大阪の典型的な下町に育ち、ものづくりには小さいうちから関心があった。しかし、家庭の経済的理由と何より学力の問題から大学進学をあきらめざるを得なかった私は、独学で建築を学んだ。

しかし、独学といっても勉強の仕方が分からない。京大や阪大の建築科に進んだ友人がいたので相談し、教科書を買ってもらった。それをひたすら読んだ。彼らが4年かけて学ぶ量を1年で読もうと無我夢中で取り組んだ。朝起きてから寝るまで、ひたすら本に向かった。1年間は一歩も外に出ないくらいに本を読むと決めて、やり遂げた。当時の私は意地と気力に満ち溢れていた。

つらかったのは、ともに学び、意見を交わす友人がいなかったことだ。自分がどこに立っているのか、正しい方向に進んでいるのかたえ分からない。不安や孤独と闘う日々が続いた。そうした暗中模索が、責任ある個人として社会を生き抜くためのトレーニングとなったのだろう。

そんな私が今日まで生きてこられたのは、学歴もなく社会的な実績もない若者に、ただ「人間として面白いから」という理由で仕事を任せてくれた古き良き「勇気ある大阪人」がいたからだ。あの人たちのおかげで、私は仕事をしながら建築を学ぶことができた。
私の歩んできた道は、模範とはいうには程遠い。が、この一風変わった歩みが、若い人を少しでも勇気づける材料となれば幸いである。