月別アーカイブ / 2017年08月

2日間友達の家にお世話になって思った事。

そこで友達の子供と過ごさせてもらったのだけど、
その時間がとてつもなく楽しかった。

まるで"話の上手な講師から講義を聞いているかのような感覚"だった。

また『こいつ何言ってんだ?』って感じかもしれないけど、本当にそう思ったから仕方がない。

たまーに、どっかのアホ星人が
『子供は大人より優れていない。』
『何考えているか分からない』
そんな言葉で片付けたりする人がおるんだけど、むっちゃ発見が沢山ある。

ありゃぁ、ヤバイくらい人生楽しんでると思う。

いつも冒険、発見、再発見みたいな事を繰り返しながら生きている。

ペットボトルのキャップをコップみたいにして水をこぼす1場面を取り上げてみても面白い。
・ただ遊んでいるのか?
・大人の真似をしているのか?(ビールとか)
・どれくらい入るか確かめているのか?
・大人の気を引きたいのか?
・そこに入る風景が魅力的なのか?
・何も考えていないのか?
などなど、色々考えられるが、正解は分からない。

聞いたところで、本当の正解は得られないかもしれないし、正解を求める必要がない。

でも、それをやっている事は事実であって、何かしら意味があるのだと思う。

僕は、それが人生を楽しむために必要なものだと感じた。

大人になるにつれて、周りの目を気にする事が増えていく。
良いことのように言われるが、本当にそうなのか?
それを繰り返すことで、窮屈な人生になってはいないだろうか?

大人ももう少し気ままに過ごしていく必要があるんじゃないかな。

あと子供がやってしまう行動は単純にビジネスに直結できるとも思いましたとさ。

もう長いこと会えていなかった。

あの日、僕たちは離れ離れになって、めっきり会う日が少なくなった。

大人の事情だから
仕方がないといえば仕方がない話だ。

彼女は覚えてくれていたのか?はたまた成長して人見知りをしなくなったのかは分からないが、僕を笑顔で迎えてくれた。

久しぶりに会う僕の手を引きながら、お祭りに行った話をしてくれた。
お祭りでもらったヨーヨーを自慢げにやってみせる姿は、とても可愛らしく愛おしく思えた。

ずっと一緒にいれないと思うと胸が苦しかった。

夕方まで一緒に居たが、無邪気に走り回ったり、ご飯を食べたり、眠くなって不機嫌になりそうになる姿がとても愛おしく思えた。

やっぱり僕の子だなぁ。
なんて思ったが、「おじさん」と笑顔で僕を呼んでくる姿で目が覚めた。

危うく福岡に連れて帰るところだった。

それにしても子供は可愛いし、やる事なす事明確で新しい発見ばかりだ。
子供と一緒にいると大人の頭の狭さが露わになる。
子供は最強だ。

これからの時代は子供と老人が作るだろう。
Qc2dbAaSb0.jpg

ここでピンと来る人もいるかもしれない。
最近、すごく感銘を受けた曲に出会った。

いや、前から聴いたことあったんだけど、歌詞を聴いて大好きになった。

こう言うのはもう何年も経験していない。

"やりたい事"や"人と違う事"を気にせず生きていけ。という若者に向けた応援ソングだ。

この間書いた記事のように、やっぱり思っていることは言って、そして行動しないといけない。

これに尽きるなぁ。って思いながら聴くと本当に良い曲だ。

「やりたい」って言うだけ言って行動出来ない自分に何やってたんだろう…と反省しながら何度も何度も聴いている。

この間、わざわざ"医療が時代遅れになる"と言ったのもこうした背景があった。

パッと見た人は『何言ってんだこいつ』や『大人になれ』という人もいただろう。

それはそれでいいと思う。

絶対作れないって言われた映画だって作れる時代になったし、今はあたり前になったリハビリテーションだって昔は『何言ってんの?』っていう時代もあった。

どんな時代でも否定される事は多い
リハビリテーションが生まれる前の話だろうけど、
「怪我した人は仕事を手伝って貰ってた方が良くなるんじゃね?」って
戦争時代に気付いた人がいたのがきっかけだったりする。

こうやって気付いたことを実際にやって、それがゆくゆくは結果として出されている。
そして今でも研究として続いているわけだ。

時に違和感として感じさせるかもしれないけど、その時に感じたことを実際にやっていく事が大事なんだと思う。

概念は常に変わっていくもので、それに対して柔軟な頭を持つ事や疑問に思える余裕が必要かもしれない。

そして、これを繰り返していく作業が必要だと思う。

この間僕が言ったダサいデザインの話はこう言うところが根本にある。

見た目のデザインがダサい本が沢山あって、読みにくい本が沢山あって、ヤダなぁ。って思うんだけど、職業柄もあって、ダサくなりやすい。

ただそれはダサいんじゃなくて、"正式"という枠組みに入るからだ。そう見えるだけ。
だからお堅くなっている以上は仕方がないのだ。
で、これをそろそろ変えていいんじゃないかな?って思ってる。

"医療なんだから、かっちりしないと"
そんな声が聞こえてきそうであるが、そのフィルターが時代遅れの第一歩だと思う。

根本的には頑張って研究した事を皆んなに知ってもらいたいはずなのに、"正式"という枠組みに入れたままだから医療人ですら興味を持てずにいる。

もっと知ってもらえるようにする作業をしていった方がいいと思う。
これが僕が1番訴えたいダサいデザインの話。

もちろん医療であるから、慎重なケアが必要とされるけど、興味を持つ事ができなければ医療を提供する人がいなくなる。

"仕方ない"で医療をする人を増やしたくない。
これが僕の気持ち。

あと医療は大丈夫。って言う人がいるとすればもっと未来を見据えた方がいいと思う。

折角、こんな面白い時代に生まれたのだから何かしら自分たちにしか出来ない事をしようじゃないか。

しかし、前回の投稿で気になった人がコメントや個別にメールをしてくれたのは嬉しかった。
いわゆる僕のために時間を使って行動をしてくれる人だ。
こういった行動してくれる人を信じていかないとなって感じたのでした。

感謝。

僕がやってることや言ってることは全てが"正解"とは言えない。けど、楽しくみんなで医療を考えたいと思う。
だからオンラインサロンを始めようと思うので、気になった人は有料だけど入って欲しい。
何をやるかはみんなで決める。それが僕のデザイン。
flGQAndxRh.jpg

最後に僕が心奪われた曲の歌詞を一部添付しておこう。

誰かの後ろをついていけば
傷付かないけど
その群れが総意だと
ひとまとめにされる

君は君らしく 生きていく自由があるんだ
大人たちに支配されるな
はじめからそう諦めてしまったら
僕らはなんのために生まれたのか

夢を見ることは時には孤独になるよ
誰もいない道を進むんだ
この世界は群れていても始まらない
YESでいいのか?
サイレントマジョリティー

↑このページのトップへ