六月のはじめから英会話スクールに通い始めた。一年もあれば日常会話くらい流暢に話せるだろうという確固たる自信は脆くも崩れ去り、今は三歳児同等の脳みそをぶら下げてニコニコ座っている。猫よりは少し賢いくらい。三歳児の脳みそのせいか体格まで小さくなったみたいで近所のスクールまでの距離が随分遠く感じられる。そういえば昔、「困るとニコニコ笑って誤魔化すよね」と友達に言われたような。脳みそが三歳児だろうが大人だろうがやることは変わらないのだ。
英語を話していると自分が根底的に無能になってしまった感覚に襲われる。ただ英語が話せないという事実が記憶からすっぽり抜け落ちて手も足も口も出せない、何も出来ない、完全降伏状態に陥る。

こんな風に文字を綴りたくなったのは英語で上手く文章を構築できないストレスへの反動なのかも知れないと、水の中でペンギンが飛ぶところをイメージしながらキーボードを打ち付ける。

とはいえコミュニケーションが取れないことに一つ良いこともあって、もともと得意ではない会話に対して生まれて初めて渇望という感情を抱くことになった。もっと話したい、気持ちもニュアンスもちゃんと伝えたい。日本語では話せても話さないくせに、どうしてこんな気持ちになるんだろうか自分のことは本当によく分からない。会話をするために毎晩一途に机に向かい言葉の向かう先を何パターンもイメージしていると時々恋心にも似たセンチメンタルな気分になって笑えてくる。いつか息をするように英語を話せるようになってもこの気持ちを思い出せるといいな。