僕とソーシャルメディアの始まり
僕が最も利用するソーシャルメディアはTwitterだ。
他にも、LINEやYouTube、Instagramも利用している。
授業プリントに挙げられた主なソーシャルメディア73サービス中28はアイコンを見たことがあり、うち18サービスは僕も実際に利用している。

ソーシャルメディアをいち早く日本に取り入れたのは、あの何かと有名なホリエモンだそうだ。
彼の事や例の事件についてはあまり詳しくないが、彼の著作である『拝金』という小説は読んだことがある。
この小説の題材には、多分例の事件も含まれるのだろう。
フィクションとノンフィクションの狭間に位置するような作品で、彼の目から現代社会を暴いていくようでとても新鮮な感覚だった。
ぜひ他人に薦めたい1冊である。

閑話休題。
そんなソーシャルメディアだが、世界では様々な成功例がある。
授業で扱われた3つを紹介しよう。
  • 2008年のオバマ大統領が当選した主な要因の1つは、Twitterだと言われている。
(尚、このTwitterアカウント実は秘書の運営だったそうだ。)
  • 2011年1月、のちにFacebookの基礎となった名簿システムをハーバード大学の学生が開発。ミスコンを学生全員を対象に開催するため、大学のシステムをハックしページを作成。インターネット上での投票を行った。
(この出来事はのちに映画化された。僕も興味がわいたので是非見てみたいと思う。)
  • 2011年1月、のちに「アラブの春」と呼ばれるデモがソーシャルメディアを中心に行われた。Facebook、Ustream、YouTube、Twitterを利用してデモ隊を結成しエジプト独裁政権を崩壊させることに成功した。この成功も同じくソーシャルメディアで拡散され、他国もこれに続いてデモを起こした。

この「アラブの春」、Facebookの非匿名性とTwitterの匿名性や、Ustreamでの生配信とYouTubeでの録画動画公開。
それぞれのソーシャルメディアの特性が大いに活用されており、僕はソーシャルメディアの可能性に感動した。

因みに、日本でのSNS元年はこれらと同時期の2011年だと言われている。

僕と日本のソーシャルメディア
さあ2011年、日本のSNS元年といわれるこの年に何があったかなど言わずと知れている。
鳴り響く聞き慣れない音に、地面の僅かな揺れ。
僕の住む土地は震源からは程遠いため、被害はなかった。
それでも、ニュースとたった一種類だけのCMを映すのみとなったテレビに恐怖を感じたことはよく覚えている。
みんなが情報を欲しがる中で、市町村のHPなどは軒並ダウンした。
それまでのインターネットは、同じページに同時に多数のアクセスが集中することはほとんどなかったからだ。
そんな中でもTwitterはダウンしなかったそうだ。
Twitterが持つサーバが、世界規模の集中アクセスに耐えられる大きさだったからである。

その後、市町村や企業のSNSアカウントの開設が進んだ。
今では、消費者への情報発信で、企業として信用される要素をつくるためにSNSが利用されたりもする。

僕とダンバー数150人の法則
イギリスのロビン・ダンバー学者は150人以下であれば、規範やルールなしでも同じ目標を達成でき、これが最大効果を生む組織の適正規模だと主張している。(記事より一部抜粋)

150人が、自分の意思統一のできる限界人数であり、自分に大切な人150人がいれば生きていけるとされている。

現在、友達はSNSでつくることができるし、別れてしまった友達と再度繋がったり、引越しなどで離れたとしても連絡のやり取りを続けるのが容易になった。
昔ならば有り得ない、今の時代に生まれた君たちは幸運だ、と講師のよこたん先生は毎度このことを口にする。
そんな僕らはグローカル世代と呼ばれるらしい。
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僕にもこの図と同じように人間関係があるとわかった。
ならばリアルの人間にインターネットで知り合った人間を足していけばすぐに友達は増える!
こうして、僕らは簡単に生涯必要な150人の友達をつくることができる。

はずだった

実際のところ、日本のSNSは閉鎖的である。
これは、世界のSNS利用方法とは大きく異なる。
日本以外ならば、民族の多様性に合わせ自分をオープンにしなければ友達が出来ない。
しかし日本では、人見知りが激しく、出る杭は打たれるという風潮がある。
SNS内でもそうした性格が表れ、世界とは違い個人間の繋がりより「自己中」で利用されることが多く、オリジナルの情報発信をする人はまだ少ない。
こうした風潮ごと、僕らグローカル世代は変えていかなければいけないのかもしれない。

講師、横田秀珠先生のブログ