僕と僕の幼少期
僕が生まれたのは日本で言えばごく普通の家庭だった、と思う。
なぜ少し曖昧なのかというと、その家庭には僕が覚えている限りのずっと昔からパソコンがあったからだ。
箱型で、人間の与えた操作通りに動くそいつは、僕の大雑把な認識としては何らテレビとは違わずそこに居座り続けた。
テレビと少し違ったのは、線がたくさん繋がれていて、その線一つ一つが更に別の機械に繋がれていたところだ。
僕はその佇まいに、得体の知れない恐怖を感じていた。
でもまあ恐怖もあったが、所詮僕は子供だった。
そいつが僕の当時好きだったアニメーションを見せてくれるとあらば怖くたって関係はないのだから。

何故こんな話をしたかというと、それが僕だけの当たり前だったということを初めて知らされたからだ。
情報リテラシー論。長岡造形大学で受けられるとても面白い授業。まだ2回目だが。
それでもこの授業は、過去と今を結び、未来を教えてくれるような気がした。
僕が本当に小さな子供だった頃、ほとんどの家庭にパソコンなんて存在しなかった事。
親が僕の写真をブログに更新してみたり、僕の好きなアニメーションを流してもらったり、あの箱型の得体の知れない恐怖と戦ったり。
僕の当たり前は僕だけのものだったんだ。
しかもその時は、写真をアップロードしたり読み込んだりするために1時間かかっていたというのだから驚きだ。

僕とインターネットの歴史
僕がインターネットやパソコンに触れ始めたのが2000年以降だ。その頃はやっと3G回線が利用されていたのだそう。
そこから4年ほど経ち2007年、僕はガラケーを買ってもらった。のちに子どもケータイと呼ばれる、防犯ブザー付きのものだ。
iPhoneはこの時に発表されたばかりだった。
それから我が家にiPhoneがやってきたのは2010年頃、僕は小学四年生だ。
しばらくしてiPadも我が家にやってきた。恐らくよこたん先生と同じ頃。
2012年には僕もスマートフォンを手に入れた。
ソフトバンクのAndroid、ガラケーより安いとショップ店員に進められたから言われた通りにした。

そうして、僕は周りより一足先に初めての物に触れてきた。

僕とインターネット、SNS
初めての事を知る、それは僕にとって、もっと言えば人間にとって魅力的なものだ。
インターネットはそういうところで発展してきたのだと思う。僕自身も、スマホを手に入れてからは色々な事を調べてみた。
そのうち、周りの子も親にスマホを借りられるようになれば、仲間内で面白い検索ワードを教え合ったりもした。
調べれば欲しい情報はほとんどが手に入る。調べた先で新たな疑問が湧いても、クモの巣のように繋がっている情報を手元に手繰り寄せるのは容易いことだ。
今やインターネット人口は世界人口の約半数、日本に限って言えば9割にのぼると言われている。
手に入らない情報の方が少ない。

僕は、それら無限の情報を効率よく集められるツールがSNSだと思う。そもそもは人と人を繋いだりするものだが、情報が生まれるところには人がいる。LINEでの会話だって、言い換えれば情報を得るためのものだ。
そういう訳でSNSは情報を得るのに役に立つ。
とりわけ僕が利用するのはTwitterだ。
Twitterは、世界的に見ればFacebookやInstagramに次いでのユーザー数だが、日本国内だけで言えばユーザー数はInstagramよりもTwitterの方が勝る。(尚、国内1位はLINEで、FacebookはInstagramの次だ。)
また授業中に質問してみたが、ユーザー数≠アカウント数ではない。ユーザー数とは生身の人間が何人かという大まかな予測だそうだ。
Twitterは、フォローをすればその人のツイートが勝手に自分の元へやってくる。所謂フロー型SNSだ。
授業中に「江戸時代の人が一生をかけて調べる情報を1日で入手できる」と聞いた。
僕もTwitterを例に考えてみれば、確かにそうかもしれないと納得させられた。

しかしSNSならではの理由で、現代では追い切れない情報もあると聞いた。
Googleは2008年に「後200年もすれば、インターネット上に全ての情報がまとめられ、検索できるようになる」と答えたが、2010年にはそれが不可能であると言った。その原因は、Facebookを初めとしたSNSにある。
SNSはそれぞれ微妙に違った要素があるが主に原因となったFacebookは、当初実名登録を義務としていた時期もあり、今でも匿名性の低い個人間のやり取りに使われているそうだ。
これは他のSNSにも言える事だが、アカウントの内容が本人の個人情報を多く含むと、人は公には情報発信をしづらくなる。
所謂、鍵垢というもので情報の広がりを制限するのだ。鍵垢の情報を覗く為には、その人と友達になって許可を貰うか、ハッキングでもしなきゃいけない。後者は一般的には不可能である。
そうして、広がりを制限された情報がSNSによって溢れたのだ。
Googleはそうした情報を集めきれない為に、インターネット人口の約半数の情報を辿れないと結論付けた。


このブログの匿名性だって、近年のインターネット事情が生み出したものだ。匿名性の高い場所は、個人を守りながら真っ直ぐな意見を投げる事ができる。それ自体は良い方向にも悪い方向にも進むが個人の使い方次第である。授業レポートのために始めたけど、僕はこの場所が気に入った。なんせ「私」が少し嘘をついても、「僕」を名乗っても誰も咎めやしないんだから。

講師、横田秀珠先生のブログ