ちょっとマジメな記事を書きます。

敗戦の日から数日経って僕が思うのは、やはり負けたのでみんな「反省」しているのであって、万が一勝っていたら「平和祈願」は無かったのでは、という疑念です。

いま「戦争はいけない」と言っている市井のみんなが、当時はどう思っていたのだろう。
そう思って、当時の中野区の回覧板を図書館の資料室で読んだことがあります。

そうしたら、これが名文の連続で、、、
こんなの毎回読んでしまったら、僕も戦争に協力しちゃうだろうなぁ、と思いました。

例えば。

敗戦の年の元日の回覧板は、神社で年越しの焚き火を囲みながら思いにふける自警団の方々の様子がスケッチされています。

、、、しかし空襲の目的になるかもしれないから、例年より小さな炎で、しかもすぐに水をかけて消しました、、、

という件りが、
淡い情緒な文章で綴られているのです。

日々の回覧板には、今から思うとさすがに異常な記事もあるのだけど、それすら何か「そうしなきゃいけない」感を、呼びかける効果になっています。たとえば、
普段から道の横に溝を掘って、空襲の焼夷弾はそこに蹴とばしましょう、(!)など。

その文章の数々から漂うキーワードは、「結束」であり、2011年の3月11日の後にあった「絆」のスローガンと、テイストがまったく同じなのです。

これはたぶん日本人の手クセで、
ぼくは危ないと思いました。
異常事態を情緒にくるんでしまって、理性的な客観性をみんなで攻撃する(あるいは見ないふりをする)、傾向がずっと変わらずあると思います。
そういう文章に感化されそうな僕も、同じく危ないと思いました。

ちなみに、
敗戦日から2週間くらいは相当混乱していたようで、回覧板の記録は無いのです。
その直後の回覧板のお知らせは、きわめてドライな

『ご自宅にある銃刀を警察署に届けるように』

という実質的な<刀狩り>で、
その中でライフル銃を

「種子島」

と書いていたのには、本当に驚きました、、、

竹ヤリの訓練をしていた当時の市井の感覚は、マジで戦国時代であったのか。。。

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プリンスの「ヴェルサーチ・エクスペリエンス」。

95年のヴェルサーチコレクションに招かれた人たちに配られた、わずか500本の無料カセットテープ。

それらはネットで高騰し、40万円(!)という値段まで付いたそう。
(ああ、野暮の極み)
史上最高値がついた、カセットテープだそうです。

しかし。

よかった!!!
今年の4月に再販されたのです!
SONYさんありがとう¥

特に日本版はUSA版より音が良いらしく、
ずっと気になってました。

そして。

昨日、吉祥寺のHMVで偶然見つけました!
(このお店は超ディープなカセットやレコードばかり置いているので、音楽好きは必見)


果たしてその音は、、、
(カチッ、、、再生、、、)

おおーーーー
           超・超カッコええ〜〜〜¥¥(悶絶)

なんですか、
超チープな音質で聴いてるのに、
この超絶さはっっ!

めちゃくちゃ聴き易い、
スタイリッシュでエロい、
正統派ポップミュージック。

うーーむ、、、
さすが、
殿下っ。

しかし。
このテープ、
今回も限定生産。。

殿下のファンは、
いまのうちに買ったほうがいいですよ〜¥

そのために、
ついでにラジカセも買おうっ

ぼくはウォークマンをギターアンプに繫いで聴いてます¥
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こんな感じで。
なんとコンパクトなシステム、、、

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腰を痛めてしまったので、パフォーマンスを休んだ日に「抽象と具体」を軸に、パフォーマンスについて考えてみました。

身体技術から入ってしまうパフォーマーは、ほとんど抽象的概念=「アイデア」について考えない。
技術とビジュアルを寄せ集めて、作品がなんとなく出来ていくケースが多い。
まれに、アイデアから入ってゆく人もいる。
でも、ほとんど居ないのです。
つまり、技術がアイデアに隷属しておるな、と見える作品は殆ど無い。(ゼロじゃないけど)

アイデアは代替の効かない抽象的世界。
技術は、代替ありまくりの具体的世界。

技術は、ほとんどがその人の身体と結びついているので、あっというまに安値になってしまう。
「誰でもいい世界」なので、プレーヤーは、ルックスと低年齢の争いに収束していく。

いまの20代の観客は、水道や電気と同じレベルでネット環境に育っている。
だから、動画で物事を記号的に処理する、ムダのない生き方をしている。
ネットでこんなに情報が入るのに、美術分野のリテラシーがぜんぜん上がっていないのは、静止画が動画より脳のカロリーを必要とするからだと思う。

パフォーマンスとは、動くものである。
30代以上のパフォーマーが20代の観客を前にするときは、観客のほうがたくさん動くコンテンツを処理しながら生きている、と思ったほうがいいかもしれない。

もし、技術しかみえなければ(アイデアが見え無ければ)、せっかく長年磨いてきた技術も3秒で終わっちゃうかも。。

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