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車いすラグビーにすっかりハマって、この3日間は毎日千駄ヶ谷の東京体育館に通いました。
なぜこんなに夢中になってしまったのか。
まず、これは「騎馬戦」に見えるのです。
馬に乗って2つの集団が戦う、という戦国のイメージ。

ガジェットとしても面白い。
タックル(ぶつかり合い)の果てにタイヤがパンクするのですが、その「プシュッ!」という空気音がスタンド席まで聞こえます。

その度に、チームエンジニアがスペアの車輪を持って走りより、無造作に「ガコッ」(こちらの音は聞こえないが)と、取り替えます。
すると、もうそれで復活。

後ろからタックルを食らうと、つんのめって倒れたりひっくり返ったりします。
すると、やはりエンジニアが駆け寄ってきて、無造作に車いすごと起こして元に戻します。
すると、もうそれで復活。

かなり激しいぶつかり合い(乾いた金属音)が会場に響き、その度にお客さんが「わぁっ」と驚きます。
あるいは、ボールを追う信じれない車いすでの加速に、「早い!」という感嘆が漏れます。
相手に見事なフェイントをかけるダンサーのようなターンなど、まさしく「人馬一体」。

ゲームが進むにつれ、障がい者という姿は消え「超人」にしか見えなくなってきます。

毎回、ノーサイド(ゲーム終了)のときは、目頭が熱くなっていました。
人間って、何て素晴らしいんだろうと。
しかし、これほどのスポーツなのに、哀しいことにやはりマイナーなのです。

昨日、おとといの日本戦で客席を埋めていた人々の半数以上は協賛企業の招待客(社員)の方々。
あるいは、小学校・高校生の招待枠。

だからこそ勝たなければならない。
勝って世間の耳目を集めねば、このスポーツは終わる。
試合後のインタビューに答える選手の言葉の裏に、それを感じました。
スポーツだけでは無いですね、あらゆる文化や芸能も同じ。
その厳しさ、「装甲騎兵」の超人たちから学びました。
ありがとうございます。
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10/3に、産経新聞社のホールにて開催された「スポーツと読書」シンポジウムを拝聴してきました。

メインパネリストは為末大さんで、2部構成の前半は為末さんお一人での講演でした。
耳で聞きながら、右手で万年筆をノートに走らせてメモをたくさん取りましたが、僕のような見世物稼業にも当てはまるコトバの連続でした。

・言葉は世界を整理する

・スポーツはエビデンスから始まり、だんだんそうならなくなる

・試合後のインタビューであいまいな言葉遣いをする選手は、長く伸びてゆかない

・温度が高い言葉は、勇気が出るが分析があいまい(徹底的に目標に足りない要素を現実視する世界のチームに負ける)

・よいコーチとは、選手の言葉の思い込みを紐解いてゆくもの

・トップ選手のコーチングの大部分は、質問

・過去の失敗は変わらないが、失敗の意味は変わる

などなど、、、かつてトップアスリートだった経験から紡がれた、金言・名言のオンパレードでした。

言葉遣いのレベルが自分の仕事の自己分析のレベルに繋がるという重要な指摘は、そのままパフォーマンスの仕事にも当てはまります。

思えば、パフォーマー同士のダメ出しの言葉遣いなどは、とてもあいまいです。

前回のBlogで、年齢層によって
技術、キャラクター、コンセプトの届き方が違うと書きましたが、この3つはパフォーマンスを構成する3要素で、ほぼ全てのパフォーマーは技術から作品作りに入ってコンセプトがいちばん最後です。

(見世物なので作品じゃない、という感もありますが時間構成を持っているので「作品」とします)

その結果でしょうか、パフォーマンスを取り巻く人々は余りコンセプトに関心がなく、ダメ出しも
「自分が見たいもの」
を言っていることが多いです。
これを言ってくる人が興行主みたいに、仕事をふる立場にあると危険です。

起用して貰いたいばかりに、あいまいま言葉遣いのダメ出しをまともに捉えすぎて、すっかり自分の芸を見失った同僚を何人も知っています、、、(危うく僕もそうなりかけました)。

やはり、パフォーマーも読書が必要です。
あいまいな自分の言葉を、シャープに磨いて自分の作品をコントロールせねばなりません。

とにかく今回は学びが多過ぎて、消化はまだまだこれからです。

為末さん、
ありがとうございました。
(なんとタダで拝聴してしまった、、、)
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お客さんの年齢層によって、下記の3つのどこを見たがっているかに傾向があるみたいです。
これは、最近のパフォーマンス現場で気付きました。

・10代半ばから20代後半ー技術
・30代から40代後半ーキャラクター
・50代以上ーコンセプト

いまの若い方は、youtubeなどの動画メディアで世界中の身体技術をスマホで見なれているせいか、目の前の技術に素直に「すごい」と言います。
これは、この2年くらいで僕が良く聞くようになった言葉です。
たぶん、生身の技術へのリスペクトが最もある世代なのでしょう。

30代から上になると、もう少し視線が斜め上になるようです。
技術よりも、キャラクターと演技が現場の空気にどうハマるのか気になるようで、表情の変化やコミカルな仕草に「いいねえ」という言葉が聞こえます。

僕の正体を想像しながら見ておられる感じです。
「面白い」という言葉が聞かれるのも、この世代からです。

50代から上になると、この現場に立つまでに僕のどんな考えや過去があったのかにご興味があるらしく、「考えたねえ」という呟きが多く聞こえます。
100パーセント、白リーマンを『等身大の人が演じている芸』として見ておられます。

同じパフォーマンスをしていても、受け取り方に微妙な色彩の違いがあるのは、とても面白いです。

なので、こんな妄想もします。

技術だけガンガンにアピールする演者がもっとパフォーマンスフェスに増えれば、必ず若いお客さんがリピーターになってくれるのでは無いでしょうか。
そして、一気にフェスが若返るのでは無いでしょうか。
OU5v3_4mgH.jpgいまのパフォーマンスフェスは、明らかに若い人をとりこぼしていると思います。
とても勿体無いです。

欧米のフェスに応募すると、かならず「この作品が狙うターゲット観客層」を書かせる欄があります。
日本のフェスも、そういう意識があっても良いんじゃないでしょうか。

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