月別アーカイブ / 2021年06月

庄司とコンビを組んで26年中
20年は仲が悪かったと思う。

その理由は

多くの芸人が抱えている

ネタを書いている方
ネタを書いていない方

という問題。

僕らが若手の頃、
劇場の出番が最高で27回
ほぼ毎日

銀座7丁目劇場のお客さんは限られていて、
いつも同じお客さんだったので、
毎週新ネタをおろしていた。

好きで飛び込んだお笑いの世界ではあったけれど、
毎週新ネタはめちゃくちゃしんどかった。

さらに3年目ぐらいの時。
当時の劇場副支配人に
『単独ライブで1000人集めたら会社が、
品川庄司を認めて売ってくれるかもしれない』
と言われて年に3回も単独ライブ。
さらにユニットライブをやって
年間30本以上の新ネタを1人で書いていた。

本当に頭を掻きむしって書いていた。

庄司に何度も『お前もなんか設定出してよ』と言ったが、黙りこくって何も言わない

ネタを書いても『ありがとう』も言わない。

そのくせミスはする。

しかも俺がネタを書いている間は
ナンパしてコンパしてばっかり。

トークライブでも喋っているのは、
ほとんど俺で、『休みの日、何してんの?』
と聞いても『別に何もしてないよ』と言って何も出てこない。

トークライブなんだからエピソードぐらい用意して来いよ。

と思っていた。

やがて2人は会話も無くなり
喧嘩が増えて、
挨拶も交わさなくなった。
飲み屋では後輩相手に庄司の愚痴。
後輩たちも相方に同じような不満を抱えていたので、
盛り上がった。

テレビに出はじめた頃は
『俺は1人で売れてやる』
と思っていた。

テレビの中でノリでやっていた喧嘩も
半分はマジ‼️

本当の不満をぶちまけていた。

時にはマジになり過ぎて、
険悪な空気にしてしまった時もあります。

それが変わり始めたのは
俺も庄司も子供が出来た頃から?
まあ丸くはなったと思う。
でもそれだけじゃない。

理由は一つではないと思う。

例えば品川庄司での仕事が減ったから、
顔を合わす機会が減って腹が立たなくなった。

とか

庄司が1人で筋肉ネタやミキティーと叫ぶようになって改めて『こいつ面白いなぁ』と思ったから

とか

アメトーーク!で不仲や心境の変化をネタにしたから

とか

いろいろあって
徐々に変わっていったのだ。

そして久しぶりに行った単独ライブ

ネタを渡したら

『ありがとうございます』

と庄司が言ってきた。

他人行儀な言い方だけど、

そりゃ今まで言ってなかったから照れくさかったのだろう。

それ以来は、収録終わりも
LINEでやりとりするようになった。

相変わらず庄司は打合せ中は設定は出さず黙りこくっているが、なぜか?ドーナツを買ってくるようになった。

庄司はネタを書いていることに対して
ありがとうと言い。
僕はドーナツを買ってきたことに
ありがとうと言う。

とても変な関係。

最近では収録が一緒の時は
俺が嫌われているというノリの時も、
こっそりフォローしてくれたり、
俺の好感度が上がりそうなエピソードをこっそりしてくれたりする。

あくまでもこっそりなので、
あまりフューチャーされることはないが、
『あ〜やってくれてるな』
と思う。

そもそも・・・・

俺がネタで苦しんでいた時に話は戻ります。

『1000人集めたら会社が品川庄司を認めて売ってくれるかもしれない』

と言われた時。

俺はネタを書いていたが、

庄司はチケットを自腹で買って、
ナンパしてコンパをして仲良くなって
チケットを手売りしていたのだ。

しかも

俺に内緒で

当時テレビに出ていない品川庄司がチケットを1000枚売るのは難しい。かんばって200枚。

それを庄司はナンパとコンパで売ったのだ。

手段はチャラいが
当時の俺らのギャラで、
自腹でチケットを買うのはキツイ。

あの時、もしもチケットが1000枚売れてなかったら、
品川庄司はテレビに出れていないかもしれない。

そしてそもそも品川庄司がネタ番組で人気が出だしたのは庄司のルックスが大きい。

あいつが人気が出てくれたおかげで、
チケットは即日完売‼️

チケットの販売の苦しみから解放された。


そして映画リスタート

あいつはクラウドファンディングに支援してくれた

『品川監督と一緒に写真を撮れる権』

品川庄司で写真など何万枚も撮っている。

それなのに敢えての写真を撮れる権

しかも俺に内緒で・・・

どんだけ内緒が好きなんだ。

しかも試写会では俺よりも先に
俺のエピソードを話して
笑いをとって
しかもこっそりと俺の好感度を上げやがった。

不仲の方が面白かったかもしれない。

今では俺も庄司も人気がない。

品川庄司での仕事も減った。

でも自然と『ありがとう』が言い合えるようになった。

庄司が試写会の時にノリで言った
『今日が品川庄司のリスタートです』

確かにそうかもしれない。

庄司ありがとう

映画の主題歌
HONEBONE のリスタート
今の品川庄司に刺さります。


今日はキンコン西野さまのお話


映画リスタート
何度も書いているんですが、

そもそもは

吉本と北海道下川町とSDGsでクラウドファンディングで映画を撮ることが決まり、

そこで『品川、脚本監督やってみない』とお声がかかりました。

僕は『映画が撮れるなら』と喜んで引き受けました。

でも・・・・

よく考えたら・・・・

えっクラウドファンディングって俺がやるの?

そんなわけで、よく分からずクラウドファンディングを始めることになりました。

こんな時に頼りになるのは

言わずと知れたキングコング西野様。




時代の斜め上を行く男
写真は斜め上を見る男

僕はクラウドファンディングのリターンなどを西野に相談しながら決めていきました。

すると西野は

『西野専用リターンを作ってください』

と言ってきました。

その内容は

『品川監督を一日好きに出来る権利』

でした。

西野は実際にそのリターンを買ってくれて

僕としては『さあ、西野に何をやらされるのだ?』

と期待と不安に胸を膨らませました。

何しろ、品川を好きに使っていいわけですから、

西野家の掃除?
西野様の付き人?
なんだ?
何をやらされるんだ?

と思ったら、西野からLINE・・・・

『いつも忙しい品川さん。どうせ。休みの日も脚本を書いたり、自分から忙しく動いてしまうので、僕が買った1日でゆっくり休んでください』

だってさ!!

おいおいおい。

ハンサム過ぎるだろ。

まじプペルなんですけど~~~~~~~

しかも、映画にまで出演してもらった。

というお話。

だけでは終わりません。

西野は『リスタートのプロモーション手伝いますよ』と言ってくれて、

僕のYouTubeチャンネルにもゲスト出演してくれました。
西野さまゲストのYouTube
↓↓↓↓↓↓
ありがとう~

そして上記のエピソードを話しました。

すると西野様。

まるでその話をまるではじめて聞いたようなリアクション。

忘れていらっしゃるのか?

最高のリアクション。

いやいやいや憶えてるでしょw?

さすが、自分の見せ方をよくわかってらっしゃる。

というお話。

いやいや西野様のエピソードはまだ終わらない。

またやってくれました。

僕が演出をした池袋ウエストゲートパーク

舞台「池袋ウエストゲートパーク」公式サイト
舞台「池袋ウエストゲートパーク」2021年6月7月 東京にて上演決定!

『招待するから観に来てよ』

とLINEを送りました。

お金を払って観に来てくれるお客さんには本当に感謝です。

でも、少しでも多くのお客さんに足を運んで欲しいので、有名人を招待して、SNSなどで広めてくれるといいなぁ~なんて思いがあるから『関係者席』ってあるんだと思う。

もちろん。自分の仲間に観てもらいたいという気持ちはあります。

でも

少なからず『広めてくれないかな~』なんて思ったりする。

だから『関係者席』っいうのがあって、

それが業界では当たり前になっている。

ところが、西野様は当たり前ではない男。

僕が『招待するよ』というLINEに対して『ありがとうございます』と返しておきながら、
次の日に

『やった。チケット手に入りました』

というLINEを送ってきた。

招待するって言ったのに
チケット買ってる‼️

ハンサム過ぎるだろ。

チケットを買ってくれたことも、
もちろん感謝なんだけど、

『招待する』に対して、一度『ありがとうございます』と受け入れた感を出しておきながら、
次の日の『やった。チケット手に入りました』です。

軽いサプライズ。

一度、引いてから決めにくる。

さすがカリスマ。

さすが教祖。

人の心を掴むのがうますぎる。

まんまと心を掴まれた僕は、

今こうして長いブログを書いている。

僕はyoutubeのツッコミと同じように

『まじプペル~~~~』

と言う返信LINEを送りました。

すると西野様

『なんですかそれは~w』

また、忘れたふりする。

いやいや憶えてるでしょ。

さらっと決めようとするよね〜

あまりにも格好良すぎるので
酒を飲んだ時に寝落ちした西野を載せておきます

西野いつもありがとう‼️





東京NSCの一期生として卒業した僕らが、
最初に舞台に立ったのは
今は閉館してしまってもう無い銀座7丁目劇場。

僕らが東京NSCを卒業した当初は、
すぐにデビューが出来るわけではなく、
まずは黒の上下のジャージを着て、
お客さんの前に立ち
1分ネタ1回
2分ネタ1回
3分ネタで8回
連続で1位にならないとデビュー出来ませんでした。

NSCを卒業したての
素人に毛の生えたような生まれたて芸人の品川庄司は、毎日ネタを作って毎日稽古をして、ストレートで勝ち上がり晴れてデビュー。
好調なスタートをきりました。

一方、1年先輩のダイノジは、
勝ち負けを繰り返して1年かけてデビューを果たした苦労人。

バリバリにいきがっていた品川庄司と言うより、
品川祐を見てダイノジは面白くなかったのだと思う。

僕らが意気揚揚と劇場の廊下を歩いていると、
先輩に『ストレートで勝ち上がったらしいね。凄いね』
と声をかけていただいた。

ストレートに嬉しかった。

しかし、

その先輩の横に居たダイノジの大谷さんが、

『東京NSC一期生ですから、出番多いんですよ。優遇されてんですよね〜』

と言いやがった。

はい。嫌い‼️

大嫌い‼️

決定いたしました。

いつかぶっ飛ばす。

当時の僕はまだこんな感じ。

めちゃくちゃイタイ

それ以来、銀座7丁目劇場で、

品川庄司とダイノジはライバルとして何度も何度もネタで戦わされました。

当時の僕と大谷さんは何度も喧嘩をして、
本当に仲が悪かった。
本当に嫌いだった。
(ごめん🙏大谷さん今はそんなことないです。ちょっと悪役として書かせてね💚)

でも、
大地さんはその頃から
いじられ愛されキャラ
僕も大好きでいじっていた。

2年後、銀座7丁目劇場は閉館。

最後の日、大谷さん大地さんそして僕の3人で
劇場の客席で、酒を呑みました。

ベロベロに酔いました。

僕はいつものように大地さんをいじっていました。

すると大谷さんが

『おい。大地。品川は後輩だぞ。後輩にいじられてヘラヘラしてんじゃねえよ』

と言いやがった。

はい。キレた‼️

めちゃくちゃにキレた‼️

僕は

『てめえ。人が楽しく呑んでんのに水さしてんじゃねえよ。てめえはチェイサーか』

と叫び。酒瓶を逆手に持って殴りかかる勢いで立ち上がった。

すると大地さん。

すかさず、僕の両肩をつかみ

必死に『やめろ。品川』

と言って止めに入る。

しかし僕はその勢いのまま

大地さんの鼻めがけて頭突きを喰らわせる。

大地さんは鼻血を噴き出す。

ヤンキー漫画ではありません。

芸人の喧嘩で頭突きです。

異常です。

大地さんは僕の肩に置いた手に力を込めて
鼻血を流しながら

『ヒロシ‼️クールになれよ』

と叫びました。

えっヒロシ?

呼ばれたことないんだけど、

僕は笑ってしまった。

キレていたのに笑った。

ヒロシって‼️
クールになれよって‼️

ふっと舞台を見ると

大谷さんは『俺が悪かったよ〜』

と言いながら全裸になってしょんべんをしている。

カオス‼️

それから24年が経ちました。

今でも大好きな大地さん。
なんとか好きになれた大谷さんw

ダイノジさんとは仲良くさせてもらっています。

そんな大地さん。

同じ歳49歳の先輩。

僕が演出をする池袋ウエストゲートパークのキャストとして参加している。

若いキャストたちが、
池袋のカラーギャングになりきるために
毎日毎日稽古をする中、
おじさん刑事役として、
べっとりした汗を流している。

僕は初めての舞台演出。
なんとしても成功させたい。
若い子たちに
『もっと気持ちで演じて、自分の中にある怒りとか願望とか台詞に乗せて、気持ちを表面に出して』
と必死に訴えかける。

大地さんも若い子に交ざってうなづいている。

その直後

大地さんが

『出世してえ〜』

と叫ぶシーンで事件は起こった。

僕の言葉が刺さったのか?

緊迫したムードの中

『出世してえ』

と叫ばないといけないところで

『売れてぇ〜』

と叫んだんだのだ。

噛んだとか間違えたとか、

そういうレベルではなく、

しっかりはっきりと『売れてえ〜』と叫んだのだ。

いや

気持ち込めろと言ったけど、
込めすぎだからっ‼️

49歳の『売れてえ〜』

は面白すぎる。

稽古場は大爆笑。

一気に和やかなムードになりました。

僕も初めての舞台演出で気負っていたと思う。

少し殺気のようなものをまとっていたと思う。

そんな僕を見て大地さんは

『ヒロシ、クールになれよ』

と言ってる気がして

銀座7丁目劇場時代の埃をかぶった昔話を思い出しました。

そんな大地さんもおじさん刑事役として登場する舞台
↓↓↓
稽古をしつつも夜中にゲームしてるよ💚
↓↓↓
そしてプロモーションも頑張るぜ✌️
↓↓↓





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