梅雨前線の異常停滞や、蒸し暑さ、

新型ウイルスへの懸念もあって

心身共に疲れを溜めてしまいがち。



土用の丑の日も近いことですし、

美味しく栄養のある食べ物で

疲れをケアしておきましょう。




今回は、

『水野南北の手相学』

のお話をしていきます。




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『水野南北の手相学』




手相の礎を築いたといっても

過言ではないのが、

江戸時代中期に大阪に生まれた

水野南北という人物です。



彼の著作『南北相法』は、

いまでも現代語に訳されていて、

手相学におけるバイブルにもなっています。



雑誌やテレビなどの占い企画でも

「『南北相法』を読み直そう」

といった企画が立てられることも

あるくらいなんです。



水野南北は手相だけでなく

観相学の大家でもあって、

人相や手相、仕草など、

こういう人はこういう性格だというのを

まとめているのですが、

それが今の世の中でも

通じる内容になっています。



占いというのは、

統計学にもとづいている部分があります。



水野南北も、

まず膨大なデータを集めることで

占いの基礎を作ったのです。



水野は3つの場所で

3年間ずつ、計9年働き、

そこにやってくる人たちの情報を

記録していったといいます。



働いた場所は、

火葬場、風呂場、髪結い所。



火葬場はまさに

むき出しの骨が見える場所です。



そして、焼いている間、

遺族たちから亡くなった人の話を

聞くことができます。



体格や骨相の研究にも

ぴったりだったのでしょう。



風呂場では

一糸まとわぬ姿が見られるし、

リラックスしている状態だと

人柄もよく見えます。



そして髪結い所では、

おしゃべりをしながら、

頭の形を確かめたり、

人相をじっくり観察できるわけです。



この水野南北と、

大正時代に活躍した水野義人が、

日本の歴史上2大カリスマ占い師なのですが、

奇遇にも同じ苗字なんです。



もしかして、これから

水野という名字の占い師が出現したら、

その人はカリスマ占い師として

後世に名を残すのではないでしょうか?




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3人目の水野となる占い師の

登場を期待しています!




次回からは、

『ヒトラーの演説力』

のお話をご紹介します。