初詣は神社に行っていたし
夏には靖国へ行く。
出家前は通りかかったのなら
鳥居をくぐり、ご挨拶を忘れなかった。


クリスマスにはお祝いをする。
キリスト教系の幼稚園じゃなかったけど
「きよしこの夜」を歌ったのを覚えている。
歌詞を見れば立派な宗教音楽である。
教会に入り、ひとり手を組んで祈ったこともある。


子供の頃に参列した親戚のお葬式は
お寺で行われた。
お坊さんのお経に耳をかたむけ首をかしげ
その後お寺内をフラフラしていた時にみつけた
六道絵が忘れられない。
悪いことをしたらあんな世界に行く、
そんなことを一瞬で教えてくれた。
今日も、お墓はお寺さんが管理しているのだろう。

ここまでは、私もそうそう、そんな感じ、
という方は多いかもしれない。

そして私は、
地球の神様、エル・カンターレへの信仰を持った
幸福の科学信者である。


海外から見たら本当に、
日本は不思議な国なんじゃないだろうか。

宗教に入っている、という人や
特定の信仰を持っている、と自負している人は
少なくなっているのかもしれないけれど

あの世を信じている、
死んでも終わりじゃない、
神様はいる、
そう思っている人は案外多いのかもしれないと
最近思うようになった。


異世界や目に見えないものへの憧れを持つ人が増えている気もする。

「スピってる」という言葉もよく聞く。

テレビでも、宗教関連の人が出ているのを
何度か見かけた。(占いの類いでだけど)

それらは単にストレス社会からの逃避だけが理由じゃないと思っている。


例え無神論や唯物論化が進んでいたとしても
やっぱりその中で、
死んだら何もかも終わりだというのっぺりした、
手触りが粘土みたいにもったりした世界観にこそ

虚無感や「なんか違う」感をおぼえたりして。
それじゃ、つまらない気がして。



また、
入りたい学校に入ることができたり
入りたい会社に入ることができたり
好きなことをして食べていけるようになったり
出世して高いお給料を貰えるようになったり
優しい旦那さんや綺麗な奥さんに出会ったり
夢を叶えたりしてるけど

希望通りではないけれど不可もない、
満足のいく日常は送れていたりしているけれど

もう一段、"何か"を求めている気がして。
"何か"が欠けている感じがしたりして。


幸せでも不幸せでも、貧乏でも裕福でも
そんな事とは関係なく
自分の人生にこれだ!と納得や確信を持てる、
パッションを持てる、
"意味"を求めてる人が増えているんじゃないかなぁとか考えながら、

今日も電車に揺られている。


そこに宗教があるんじゃないかなぁ、
こんにちいかがわしく聞こえてしまうような
正しい"信仰"があるんじゃないかなぁ、と

若者の赤いスニーカーや
合皮の厚底ハイヒール、
デカデカとしたブランドロゴを
ぼんやり眺めている。


今日、正心館の礼拝堂で
正心法語を心の中で読誦し
エル・カンターレ像に手を合わせていた。

あの世の善き世界と繋がられる場所であるということをしみじみと感じ
神様の愛をじわーっと感じ

また、ただひとり、お祈りをされている信者さんの
敬虔な後ろ姿に尊さを感じ

改めて、ここに人生の意味、護るべき
"大切なものがすべて詰まっている"と
感じた今日のなのでした。



信仰、いかがわしくない。
人生にとって最も大切なものだと私は思う。

いよいよ毎日ブログも明日で最終日?

ではまた、明日。


🔻あしたは日曜映画館に行って
映画「宇宙の法-エローヒム編-」を
見るのはいかがでしょう??✨