るーん。せんげんです。
せんげんですよー。
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たまには出家者っぽいブログを書いてみようと思いまして。

宗教アレルギーがある方も、
んー、あんま良くわかんないという方も


語彙力に乏しい私ががんばってこのブログを更新するということで
まぁ、言葉が恥ずかしいくらい易しくなってると思うので、ぜひご一読ください🍙

がんばって文も短くします。
(保証、、できません。笑)



なんていっても今日、
めちゃくちゃ意味のある大切な日なんです。

私も勉強中ですけど。はい。


仏教と言えば、仏陀と言えば、
あー、それなら聞いたことある、なんて思う方も多いと思うんですけど


仏陀が法を説き、法輪を転じられることを
しょてんぼうりん、って言うらしいんですけど


今日は33年前に大川隆法総裁先生が
はじめて説法をされた日なんです。


ちなみに!
先生は今年、
説法3000回を達成されました。

数も、すごいですけど何より33年も説法し続けられるのが凄いですよね、、。
えーーーーーー。



あとやはり、外国での説法は
オブラート無しめの切り込み系の説法を聴くことができるので今年のカナダでの
「The reason we are here」とか
台湾での「愛は憎しみを超えて」が
やはり心に残っちゃってます。

外せるものなど無いんですけど。



個人的には90年代に説かれた「正法とは何か」という御説法が大好きだったりして。
(勉強させていただいたのは去年です)
(時差)



私もまだまだ出家3年目ですが
法臘の浅さに加えてこんな自由奔放者ですが。
(周梨槃特のおはなしを頼りに私もせめて私に与えられたお仕事は心を込めて行なっているつもり、、。うぅー。)

そんな私でも
分かったことがあります。


大川総裁は悩める人々の悩みを粉砕すべく☆
説法をはじめ、そして
説法を続けて下さっています。

ふむふむ。



宗教というものは、どうしても、

人の生き死にを考える場所であって
死んだ後、みなさんが聞きなれた言葉で言うなら極楽浄土でしょうか、
それありき、で話がはじまっているものです。

私としては、そこの死生観を
先生から学んだ→親から学んでいたので


越えてしまいそうになった事もありますけど(苦笑)
何度も、リアルに言えば500回くらい死にたいと思ったけれど、
かなり自分の自殺の歯止めになったんでした。
(忘れるな)


だから再確認ですけど、
先生は悩める人々の心の塵、ほこり、曇りや悩みを取っ払うために説法を続けておられる、というのは
私の超個人的エピソード1つをもっても
間違っていないと言えるのではないでしょうか。


"仏の教え"は
"自分か、あるいは
自分以外を言葉で救う力"が
とても強いものであると私は思いますし

どうやら宗教も乱立状態であり、
逆に軽視される時代でもあって
窮地に立たされている面もあるかもしれませんが

私はやっぱり、全部とっぱらっても
一人間であるなら必要なもの、
いや必要必須なもの。
と思いました。



正しい法を学べることは貴重であるし
そもそも"正しさとは?"を
学べることも貴重。


そういった気持ちを込めて、
書くに至ります。
33回目の初転法輪記念日
おめでとうございます、
そして、ありがとうございます!



あーーー短くしますといったのにこのありさまですが

ご一読下さった方々もありがとうございました。

言葉浅はかにして、長ったらしい文面
申し訳ありません。
知識も知恵もまだまだ薄弱な修行中の身ですけど頑張ります。

この尼小娘はどうなっていくやら。
そのあたたかい眼で見守ってください〜。

ではまた。