最近、高級マンションの住人のふりをしている。こんなことを言うと、やれ関取ついにおかしくなっちまったかと言われそうだが、決してそんなことはない。

ある日、ポストに新築分譲マンションのチラシが入っていた。実物の写真ではなく完成予想イメージ図だったが、それはそれは爽やかな光の中にその建物は佇んでいた。まるで新海誠映画のポスターのような眩しさであった。

揺れる緑、陽の当たるベランダ、大きな窓の向こうには冴え渡る青空。外観イメージの上に添えられた文字は、「豊かな緑が奏でる、新しい暮らしの交響曲 〜シンフォニー〜 」みたいなことが書いてあった。

でね、こんなん見させられたらまあ気になるわけですよ。実物が。イメージ図と同じならばちゃんと感動するだろうし、あまりにもかけ離れていたら、それはそれで楽しいだろうし。

というわけで、見に行くことにした。歩くのは好きなので、多少距離はあっても散歩ついでに行けばいい。晴れた日であれば、チラシのイメージ通りの光景を見られる可能性も高い。

私はGoogleマップを頼りにひたすら歩を進めた。目的地が近づくにつれ、胸はどんどん高鳴った。もうそろそろか。いや、違うか。そんなことを繰り返しながらしばらく歩き続け、ちょうどひとやすみしたいと思ったその時だった。

ふと柔らかな風が私の頬を撫でたかと思えば、街路樹の緑たちが歌い出したのである。絡まり合う自然の旋律。そう、それはまさに。

顔を上げると、そこに佇んでいたのはあの高級マンションだった。圧巻のオーラ。本当にあった。まあ立派。超立派。

私は近くのベンチに腰掛けた。下から見上げると、あのイメージ図とほとんど一致した。そしてそんな私とマンションを、本当にめちゃくちゃ爽やかな光が照らしていた。マジでチラシのまんまじゃないか。目を閉じれば聴こえてくるのはそう、交響曲 〜シンフォニー〜 ……だったと思う。

しばらくその場に身を委ね、どれくらいの時が過ぎただろうか。あまりの心地よさに、だいぶ長居をしていたと思う。思えば、ぼーっとしている間に目の前を何人もの住人が通り過ぎた。と、そこで私は気づいてしまったのである。

明らかにここにふさわしくない格好を自分はしていると。

スニーカーに古着のカットオフデニム、そして上は"お散歩用"のニット。良く言えばセルフビンテージ、悪く言えば毛玉ちゃんパラダイスである。もちろんメガネ、眉毛はさすがに書いているもののすっぴん、髪の毛もセットしていない。

そんな私とは反対に、高級マンションに出入りする人たちは皆一様にオシャレであった。べつに着飾っているというわけではない。なのに、なんかいい感じなのである。「いえいえ、このニットはユニクロさんのですよ」とか言われるのかもしれないが、でもなんかとてもお上品なのである。シンプルなのに華があって、いい匂いがしそうなあの感じ。茶色いボトルに入ったオーガニックのハンドソープで手洗ってそう。絶対一家に一台ルンバある。洗濯機はドラム式。小型犬がおかえりしてくれる。晩酌はワイン。床暖房。ふとんは西川。化粧水はSK-Ⅱ。ちなみに私は無印良品。

散歩ついでとはいえ、住人の方もよく利用するであろうベンチに座っているのだ、たしかにもう少し身なりに気をつけるべきだった。せめて、「ここに住んでいる人の休日の気の抜けたファッション 〜ちょいと最寄りのベンチまで〜」くらいにはするべきだった。あれなんかちょっと「secret base 〜君がくれたもの〜」っぽいな。「Hello, Again 〜昔からある場所〜」っぽくもある。ぽくないか。とにかく、なので最近は反省を活かして、その散歩コースで行く時は、少し小綺麗な格好で出かけるようにしている。

そしたらね、みんな聞いてくれ。昨日ついに挨拶されたのだよ、住人の方に。「こんにちは〜」って。やりましたよ、関取。溶け込めたんですよ、ついに。やったった、あたい、やったったわよ!!

とかなんとか思って浮かれていたのだが、今これを書きながらよく考えてみたら、むしろあれは警戒のつもりでの挨拶だったのかもしれない。「あいつ、なんか最近変装して来てるぞ」と。だとしたらたしかにめちゃくちゃ怪しいじゃん。住人のみなさま、本当にそんなことはないんです。