先日、久しぶりに初めて行く美容院で髪を切ってもらった。ここ5、6年ほどは撮影でお世話になったヘアメイクさんに髪も切ってもらっていたのだが、なかなかスケジュールが合わず、やむなくどこか他のところへ行かねばならなくなったのだ。
 
いつもはヘアメイクさんに直接LINEをして、「いついつの何時ごろって行けますかね?」「大丈夫だよー!」と言う感じでお願いしていたのだが、初めての場所となるとそうもいかない。まずはお店に予約というやつをせねばならないのだ。
 
美容院に電話するあの瞬間の緊張感ったらない。大体受付のお姉さんの声がもうすでにお洒落なのだ。絶対家にドライフラワー吊るしているし、かわいい小瓶にお花をちょこちょこと生けている。日差しのよく入る部屋に住んでいて、低めのテーブルでヴィンテージのマグカップで毎朝コーヒーを飲むのだ。誰に見られるわけでもないのにちゃんとコースターを引いているだろうし、そんなに寒くもないけどブランケットを膝にかけている。そしてなんと言っても自転車だ。かわいいクロスバイクに乗って通勤している。嗚呼、絵に描いたような憧れの東京ライフ。マガジンハウスの取材今すぐ来ちゃうやつ。
 
そんなことを想像するだけでも私の心臓はバクバクである。しかも仕事の都合上急遽髪を綺麗にしなくてはならなかったため、レコード会社で打ち合わせをする前に美容院に行くしか私の方もスケジュール的に無理だった。レコード会社があるのは原宿である。
 
……HARAJUKU。コンビニよりも美容院の方が多いと言われるあの街である。徒歩圏内で他の駅も利用することはできるが、それも表参道か渋谷だ。なんてこった。都内でも一番の激戦区である。つまりどういうことかと言うと、関東圏はおろか、全国各地からお洒落な美容師さんたちが集まっているということだ。これはやばい。大きめの店舗にでも行ってみろ、私はそのお洒落な空気に完全に圧倒され飲みこまれて、間もなく窒息するだろう。
 
だいぶ前、あれはまだ学生の頃、渋谷と原宿の間くらいにある有名な美容院に行った時のことである。当時はそういうところへの憧れがだいぶ強くて、雑誌で見たお店に実際に行ってみたのだった。そしてシャンプー台に通されて、顔に布をかけられた瞬間、その日シャンプーをしてくれた男性のイケメン美容師さんは私にこう言った。
 
「緊張してます?(笑)」
 
お湯加減でもなく、椅子の高さでもなく、緊張しているか否かを聞いてきたのである。布の下で私は顔を真っ赤にした。それは、「イケメンが私のこと心配してくれている、優しい、キュンッ!」なんてそんな可愛い感情ではない。単純になんだか惨めで恥ずかしくてたまらなくなったのだ。嘲笑を含むあの笑み。お前にはまだ早いぜと言わんばかりの言い方(偏見)。仮にそう思ったとしても、言ってくれるなよ。そりゃ緊張もするだろう、だってここ、東京の美容院だぜ!?
 
しかし私はその時思わず強がって、「いや、緊張はしていないと思うんですけど……」と言ってしまったのである。それに対して美容師さんは髪を流しながら、「あ、そうですか。すみません。僕だったら緊張しちゃうなと思って(笑)」とか言っていた。精一杯寄り添ってくれたフォローだったのだとは思うが、もう完全にその時は自信も尊厳も失っている花ちゃんである。「僕だったら、あなたみたいな雰囲気でこのお店来るなんて、緊張しちゃって無理だけどな」みたいな意味に捉えてしまって、もうその後の記憶はない。どんな髪型になったかも覚えていない。どうせボブだったとは思う。ボブはいいぞ。「ボブで」って注文すればなんとかなるからな。最小限の会話で済む。
 
そんな感じで東京の美容院にはなかなかのトラウマがある私である。(その他にもあるのだが、それについては「どすこいな日々」というエッセイ集に書き下ろした『東京美容院ライフ』という話でたっぷり語っているので、よかったらぜひ)しかも渋谷、原宿、表参道エリアのお店となっては、魔境というかラスボス達の根城というか、とにかく心に鎧をまとっていないとその扉をとてもじゃないが開けられないのである。
 
しかし時は迫っていた。前日の夜までには予約をしておかないと、次の週髪の毛がプリン状態で収録をする羽目になる。どうしたものか。私はスマホを手に取り、必死で検索を始めた。こんな私でも行けそうな美容院はどこかないかと……。
 
次回に続く)