音楽で食べていこうと決めて以来、私は長期の休みが欲しいと自ら申し出たことは一度もない。というより、申し出ることができなかったと言う方が正しい。理由はたったひとつ、不安だったからだ。自分が休んでいる間に大事な仕事を逃してしまうかもしれない。そっちの思いの方が勝ってしまって、なんだかそんな気分にはなれなかった。
 
友人たちとタイ旅行に行くにあたって、4、5日くらいほど休みをもらったことはある。それでもやはり休むことへの焦りや不安といったものが拭いきれず、何かあった時のためにと旅の最中も常にWi-Fiを探していた。母と台湾に行った時は、もともとスケジュールが確実に空いている日程だったにも関わらず、やはり同じような不安につきまとわれた。その時は羽田空港でWi-Fiを借りて、旅行中常に持ち歩いていた。
 
むしろマネージャーさんから、「旅行とかもっと行った方がいいよ、心も休まるし刺激にもなるよ。そういう時は言ってくれたらいいから」と何度か言われたことがある。その気持ちはありがたかったが、その時は正直そんなことを感じる余裕なんてないのが自分でもわかっていた。目に映るものすべてが、過ぎて行く時間のすべてが、頭のどこかで仕事に直結してしまう。そんな状態で旅に出かけても、安いうわずみのような思い出しか持ち帰ってこられないのは明白だった。
 
そんな私も年齢を重ねると共に考え方が変わってきた。何がきっかけだったとかは自分でもよくわからない。グラデーションだったのだと思う。そしてこの一年でより拍車がかかった。世の中がこういう状況になって、いろいろと立ち止まらざるを得なくなった時、私が新たに感じたのは不安でも焦りでもなく、幸福だった。(もちろん、この世の中の状況に対する感情ではない)
 
毎日のように散歩に出かけて、季節の境目を肌で感じた。仕事や付き合いを抜きにして連絡を取り合う、本当の友人たちのありがたみに気付いた。曲に生かそうとかそういう頭にならないで、本をたくさん読むことができた。映画も見た。今まで聴いたことのないジャンルの音楽を聴いてみたいとふと思った。ハードロックやグランジ、ヒップホップなど、自分がやる音楽に直結しないだろうからとあまり掘らないでいたジャンルを色々聴いた。少し遠い距離にある音楽に触れることで、客観的かつ純粋に楽しむことができた。自分の好きなプレイや音色の傾向に気付いたりして、その度に何かを発見する喜びで胸が躍った。それらすべてが私にとっての幸福だった。ご飯が美味しくなった。空が前より高く青くなった。
 
そして私は、はじめて本当の意味で旅行に行きたいと思った。その場所の匂いを、温度を、音を、流れている時間を、今なら頭ではなく身体で感じられる。そんな気がしたからだ。行くなら場所は決めている。ドイツだ。幼少期を過ごしたあの街に行きたい。
 
私の住んでいたデュッセルドルフは、在住の日本人も多く、日本人幼稚園、日本人小学校に通っていた私は、ドイツ語もほとんど喋れない。(基本的な挨拶くらいしかできない)友達も日本人ばかりだったし、当時は子供だったのもあり、そこがいかに特別な場所であるかなんてわかるはずもなかった。
 
少し前、家族L I N Eで父が一枚の画像を送ってきた。Google Earthで私たちが住んでいた家の住所を検索したら、まだちゃんとあったよという内容だった。上空から撮られた写真だったが、並ぶ家々の感じや近くを流れるライン川を眺めているうちに、当時の"当たり前"の景色を次々と思い出した。
 
一階に住んでいた大家さんのポールおじいちゃんとポールおばあちゃん(当時はそう呼んでいたけど、ポールはおじいちゃんの名前だから今考えると間違っている)とのこと。本当の孫のように可愛がってくれて、クリスマスは毎年お祝いをしてくれた。たてがみをクシでとかせる、女の子用の黄色いポニーの人形をもらったっけ。ガラスでできた魚たちが入っている金魚鉢をもらったこともある。手作りのジンジャークッキーも食べた。小さかったからあの頃は美味しさがわからなかったけど、今ならあの美味しさもわかる気がする。私の日本舞踊の発表会もわざわざ見にきてくれた。着物を着て一緒に写真も撮った。
 
ポールおじいちゃんの家には庭があった。花が咲いているのではなく、芝生と木々に覆われた、とても静かな庭だった。あまりそこで遊んだ記憶はないが、子供心に憧れの場所だった。雨の日はより緑が濃くなって綺麗で、何かの物語への入り口がこの世にあるとしたら、たぶんあそこだとずっと思っていた。
 
近所に住んでいたグレタという名前の女の子は、私の家に届くヤクルトをえらく気に入っていた。日本人用の食材を配達してくれるところがあって、そこがお豆腐やヤクルトを時々持ってきてくれていたのだが、その車が家の前にきてちょっとしたら、決まってインターホンを鳴らしにきた。そしてそれが一緒に遊ぶ合図だった。グレタはドイツ語、私は日本語と話す言語は違ったけれど、なんの不自由もなくお人形さんでよく遊んでいた。クリクリの栗色の髪をした、ネイビーのワンピースがよく似合う子だった。
 
毎朝通る通学路では、いつもすれ違うおじいさんがいた。サングラスをして、盲導犬のラブラドールをいつも連れていた。「グーテンモルゲン!」と兄と私が挨拶をすると、笑顔で返してくれた。ある日からは足音で私たちだとわかるようになったのか、おじいさんから挨拶してくれるようになった。その他にも、移動式遊園地のキルメスの賑わい、クリスマスマルクトのキラキラとした光、路上で食べたソーセージの匂い……まぶたを閉じれば今もすぐそこにあるようだ。
 
父からのLINEにはもう一言、「世界旅行できるわ。」と添えてあった。たしかにその通りである。今すぐに現地には行けないけれど、こうやって心の旅はいくらだってすることができる。そこで私は最近、小説に出てきた地名を調べて、そこに行ってみた気分になることにちょっとハマっている。詳細まではわからないから、景色を想像で補うのだ。それだけでワクワクする。もしいつかその場所に行けたら、感動もひとしおだろう。
 
行きたいところがたくさんある。国外も、国内も。せっかくのゴールデンウィークなのにどこにも行けないと嘆きたくもなるが、家の中でも案外遠くに行ける。心に翼が生えれば、飛行機よりもすごい速さで、どこにだって飛んで行けるのだ。

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ちなみにこれはドイツに住んでいた時の家での私。口から出ているのはたぶんガムです。あの頃からふざけてばかりでした。