一人暮らしを始めてから、引っ越しをするたびに「また今回も使い切れなかった」と思うものがある。カレー粉だ。
 
はじめて一人暮らしをした部屋は、ちょっともううろ覚えだが5、6年は住んだと思う。キッチンの片隅に鎮座していたS&Bの赤い缶に入ったカレー粉は、買ったその日に張り切ってカレーを作ってみた時以来、結局引っ越すまでほぼキッチンのナイスな差し色としてしか機能しなかった。ちょっと背伸びして、「憧れの一人暮らし、カフェごはんみたいなカレー作るぞ☆」と思った自分が間違っていた。
 
カレー粉から作るカレーだって、凝り出せば美味しいものはきっとできるのだろう。でも、初めてカレー粉でカレーを作ったあの日、私はすぐに気付いてしまったのだ。「家では家のカレーが食べたい」と。カフェごはんはカフェで食べるからカフェごはんなのだ。
 
私の実家のカレーは、市販のルウを何種類か混ぜて作る。野菜はみじん切りで使う肉は挽肉、そこにすり下ろしたリンゴやニンニク、生姜なんかを入れて作るのが母のやり方だ。これがもうめちゃくちゃ美味しい。ちょっと煮詰めすぎて鍋の底の方でルウが固まってしまっている味の濃い部分があって、そこがまた好きだったりする。幼い頃からそういうカレーを食べてきた私にとって、カレー粉を使うカレーはちょっと別の食べ物に感じてしまったのだ。
 
とはいえ、外では結構好んでスパイスカレーを食たりもする。わざわざそのために遠出をしたことだってあるし、決して嫌いとかではない。むしろ好き、何なら大好きだ。でも、家で自分で作るかと言われたら作らない。あれは自分にとって、ちょっとお洒落な格好をして食べるものというか、よそ行きのカレーなのだ。
 
家でカレーを食べるなら、いつもの部屋着に身を包み、ヘアバンドかでっかいヘアピンで髪を上げ、丸いメガネをかけた状態で缶ビールと共にグッとかきこみたい。超リラックスして、「あ〜今日も1日がんばったわ〜」と独り言を呟きながら、YouTubeで猫の動画でも見ながら食べるのは、やっぱり市販のルウで作った「ザ・家のカレー」が良い。
 
そうなってくると、カレー粉の使い道なんてほとんどないのだ。もちろん買った以上は大切な調味料、無駄にはしたくない。レシピを調べてなんちゃらのカレー粉炒めみたいなのを何度か作ってみたりもしたが、それを食べるたびに、「これ食べるならカレー食べればよくないか?」と思ってしまうのだった。
 
引っ越す直前になんとか消費しようと、ヨーグルトとカレー粉をたっぷり使ってタンドリーチキンを作ってみたりもしたが、カレー粉だけだとやはり何か深みが足りなかった。かといって他のスパイスを買い足したところで、結局その子たちも同じ運命を辿るのが目に見えてしまったので、次に引っ越した先ではもうカレー粉は買わないと心に決めた。
 
それなのに、また買ってしまったのである。あの赤い缶を。ある時友人にカレー粉を使ったカレーの美味しい作り方を聞いて、その帰りにスーパーで気分が乗ってついカゴに入れてしまったのだ。家に帰ってすぐに聞いた通りに作ってみたら、たしかに美味しかった。でも、正直べつに2回目はいいかなと思ってしまった。やっぱり「家では家のカレー」が食べたい。
 
今住んでいる部屋には、その時買ったカレー粉をそのまま連れてきた。スパイス用の引き出しがもともと付いているキッチンなので、パッっと目に入る調味料ラックに入れる必要もなくなり、今となってはいよいよ差し色としての機能も果たさなくなっている。たんすの肥やしならぬ引き出しの肥やし状態だ。この子が日の目を浴びる日は来るのだろうか。誰かなんかいいレシピがあったら教えてください。
 
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