約一年間、パーソナリティを務めさせていただいていた番組が二つ、今月末で放送終了となった。

一つは、FMyokohama「帰ってきたどすこいラジオ」という番組である。これは、以前同局で放送していた「どすこいラジオ」という番組が、月日を経て奇跡的に復活したもので、大枠は変えずに、コーナーなどをプチリニューアルして放送してきた。毎週月曜日の深夜24時からの放送ということもあり、また長い一週間が始まってしまった……と少し憂鬱な気分になるこの時間帯を、どうにか楽しいものにできないかと、とにかくなんでも笑い話にして話そうと決めていた。日頃の自分のどうしようもない失敗談や、深夜につい自分がいつも食べてしまうデブ飯の話などを聞いて、一人でも多くの人が、「こいつ(関取)本当ダメなやつだな、さすがにこいつよりはマシな一週間送れるぜ」と思って笑ってくれたら、本望だと思った。

ミュージシャンというのは、音楽性は勿論の事、思想やファッションなども含め、本来憧れられるべき存在なのかもしれない。それで言うと、ラジオで話していた私の話を聞いて、私に憧れる人なんていないと思う。どこに、冷凍チャーハンを冷凍のまま食べる女に憧れる人がいるだろうか。どこに、白米にラードをワンバウンドさせてそこに醤油を垂らしたものを深夜にかきこみたいという女に憧れる人がいるだろうか。どこに、好きだった人から三国志のラインスタンプしか返って来なくなった女に憧れる人がいるだろうか。あらためて思い返すと、本当にクズエピソードばかりである。

しかし、そんなひどい話を話していたおかげなのか、なんだこいつと思ったのか、物好きが多いのか、ラジオきっかけでライブに来てくれる人が、この一年ですごく増えた。そしてたくさんの人が、「めっちゃあの話わかります」とか、「私もこういうことやっちゃうんです」とか、くだらない話を気軽にしてくれるようになった。私はそれが本当に嬉しくて、「憧れられるミュージシャンもいいけど、なんかこいつ自分に似てるなって思われるようなやつがいても良いのかもな」、と思えるようになった。この番組のおかげで、自分のことを少しだけ、好きになることができた。

もう一つは、i-dioというメディアで放送してきた、TS ONE MUSIC ARROWS「水曜日の土俵際」という番組である。こちらでは、「帰ってきたどすこいラジオ」では意識してあえて話さないでいた、真面目に音楽の話をするコーナーを、毎回必ず設けることにしていた。(ちなみにその他のコーナーは、基本的にはどうしようもない話である。)
i-dioは、アプリで聴けるラジオのようなものなのだが、とても音質が良い。なので、普段自分がレコードで聴くような曲や、ライブで聴いて感動した曲、影響を受けた曲などを率先して紹介した。放送を聴ける時はなるべく自分でも聴いていたのだが、このコーナーでの自分は、酒に酔って少し饒舌になっている時みたいで、ちょっとウザいけど、割と好きだった。クソまじめに、この人の何がすごいだの、この曲のBメロのどこがやばいだの、熱苦しいくらい嬉しそうに話す自分は、青春時代、夢中になっているものについて友人と語り合ったあの頃の様だった。自分はやはり音楽が大好きなんだということを、あらためて実感することができた。


そもそも、「帰ってきたどすこいラジオ」の前身番組である「どすこいラジオ」を始めた時の私は、あまりライブなどでも喋る方ではなかった。どちらかというと、始めに自己紹介をしたら、訥々とライブをして、最後にライブ告知だけをするようなタイプだった。とにかく今よりも暗かったし、誰にも自分のことなんてわかりっこないと思っているタイプだった。そんなこんなで勝手にストレスを溜めていたのか、ある時から徐々に声が上手に出せなくなってしまった。原因は、自分でもわからない。声のイップスみたいなものだったのだと思う。耳鼻咽喉科に行っても、わざわざ電車を乗り継いで専門医に声帯を見てもらっても、どこに行っても言われることは「異常なし」。それなのに、日に日に歌の音程は取れなくなって行った。ライブをするのがとても怖くて、出番直前に、「やりたくない」と泣いたことも何度もあった。

そんな時にたまたま、ラジオの話があった。もう何をやっても八方塞がりのような状態だったので、藁にもすがる思いで、とにかくやってみることにした。ディレクターさんに一つ一つ教わりながら、ガチガチで録った初回のことは、よく覚えている。あとから放送を聞いてみたら、自分の話し声の暗さに驚いた。どんなに明るく話そうとしても、とにかく暗い。こんなやつの話や歌、誰も聞きたくないぞ、と思った。そこからは、歌が上手に歌えないなら、せめて話だけでも、このラジオだけでも頑張ろうと思うようになった。そして、何か面白そうな話題はないかと日課のように探すようになってからは、毎日が少し楽しくなった。
ライブでも、今日は声が震えて歌が思うように歌えそうにないと思う日には、曲数を減らして、その分MCを増やす事にした。どんなに気分が重いライブの日でも、思い切って、「そういえば全然関係ないけどちょっと聞いてくださいよ、この前ね」と話し出してみる事にした。どうしようもない話でも、その場にいる人が笑ってくれて場の空気が和むのを感じると、ホッとした。そして、そのMCの次にやる曲は、割と良い感じで歌えることに気付いた。そうやって少しずつ、自分との付き合い方を知って、またライブが好きになって行った。

しばらくして「どすこいラジオ」は終了したが、すっかりラジオの虜になってしまった私は、ラジオがやりたすぎてライブのMCもラジオ感覚で話すようになった。喋りすぎて退館時間ギリギリになることもあった。そんなとこをしているうちに、いつかまた自分の番組がやりたいという思いはどんどん強くなって行った。今だったらあの頃よりもう少し良い番組にできるかもしれないと思った。そしてそんな中、また「ラジオをやらないか」という話があり、FMyokohama「帰ってきたどすこいラジオ」が始まったのである。

ある時(初めての出演はいつだったかちょっと記憶が曖昧なのだが)、FMyokohama仲間ということで、wacciの橋口洋平さんがパーソナリティを務める、YOKOHAMA RADIO APARTMENT「ドア開けてます!」という番組にゲスト出演させていただくことになった。今でこそライブでご一緒させていただいたり、恋愛相談までさせていただいたりと、自分にとってお兄ちゃんのような存在の橋口さんと知り合えたのも、ラジオのおかげなのである。初めて番組にお邪魔した時から本当に楽しくて、ブース内にいる私たちは勿論、ブース外にいるディレクターさんも手を叩いて笑いながら聞いてくれていた。それから、何度もゲストとして呼んでいただき、その度に涙が出るほど爆笑して、そのあとにはきちんと音楽の話もして、毎回帰りたくないくらいだった。「何かあったらいつでも呼んでくださいね!」と冗談でいつもディレクターさんに話していた。そしてしばらく経ったある日、何を隠そうこの橋口さんの番組のディレクターさんが、「ちょっと、その"何か"なんだけどさ」と、i-dio TS ONEでのパーソナリティをやってみないかと、話を持ってきてくれたのである。

そんなこんなで、本当に色々なきっかけや人々に救われながら、この一年間、私は二つの番組をやらせてただいていた。星の数ほどいるミュージシャンの中で、自分のようなまだまだこれからの人間が、二つも番組をやらせていただくなんて、本当に奇跡みたいな話だと思う。数字的に言えば、きっともっと有名な人がやった方が良かったのだと思う。でも、終了してしまった今だからこそ言えるのかもしれないが、胸を張って、どちらも本当に良い番組だったと言える。勿論、もっとあんなことをしてみれば良かったとか、願わくば生放送だったらとか、考え始めたらキリはない。でも、それはまたいつかの楽しみにとっておこうと思う。

正直今は、スケジュール帳に収録予定がないのを見ると、胸にぽっかり穴が空いたような気持ちになる。どれほどそれが自分にとって大事な物だったかというのは、失った時初めて気付くとよく言うが、まさにその通りである。

もしいつか、また自分の番組ができる時が来るなら、その時は、もっとたくさんの人に聞いて貰えるような人間になっていないとな、と思う。そのために今は、がんがん曲を作って、ばんばんライブをして、どんどん成長して行かねばならない。酒ばっか飲んでいる暇はないぞ、自分よ。あと、面白い事探しも忘れずに。人生なんてネタ探しなのだから!


最後になりましたが、「帰ってきたどすこいラジオ」と「水曜日の土俵際」両番組のディレクターさん、その他のスタッフの方々、そして何より、聞いて下さっていたリスナーの皆さん、一年間、本当にありがとうございました。

とりあえず今度はライブで会いましょう!