一人暮らしを始めてから、警戒心が高まり、何かとビビりになったなぁと思う。特に、予期せぬ音には異常にびっくりしてしまう。

つい先日も、部屋のどこかから、急に変な音が聞こえてきた。

ベコッ

ボンッ

そして私は部屋中を見回した。目に見える範囲には、特に異常はない。いやしかし、待てよ。

クローゼットの中に、あるいはベッドの下に、もしかしたら換気扇の穴の向こうに、実は長いこと誰かが住み着いていたのだとしたら。実はそいつに日々見つめられながら過ごしていたのだとしたら。今聞こえたのは、うっかりそいつが身体のバランスを崩して、どこかにぶつかってしまったせいで鳴った音だとしたら。…怖い、怖すぎる。

そんなことを考えているうちに、再び変な音が聞こえてきた。

バリッ

意を決して音の方を振り向くと、そこにあるのは一本のペットボトルであった。なるほど、と私は胸を撫で下ろした。

昨夜、一人酒が進みすぎて、寝る前に飲んだ水のペットボトルを、無意識のうちに冷凍庫に入れてしまっていた。そして朝になって、そいつをシンクのところで自然解凍していたのだ。

そう、さきほどの音は、凍った中身が溶け始めて、固まったペットボトルが元通りの形に戻る時の音だったのだ。いやはや、誰かがこの部屋にいるかもだなんて、少し考え過ぎてしまったなぁと、自分に半ば呆れつつボーッとしていると、突然部屋のインターホンが鳴った。

ピンポーン

時計を見ると、まだ午前7時であった。こんな時間に誰だろうか。ネットで何かを注文した覚えもないし、実家や事務所から何かが送られてくる時には必ず事前に連絡が来るはずだし、その他だとしても、この時間から突然訪ねて来るなんて、おかしい。

私の住んでいるところは、画面付きのインターホンではなく、音声のみ、受話器のみのタイプである。しかし、これに出てしまえばもう居留守は使えない。さて、どうしたものか。ドアの穴から向こう側を見ても良いのだが、気配を悟られてしまったら、やはり居留守は使えない。どうする、どうするよ。 

その時である。再びペットボトルが音を立てた。

ゴリッ

そして私は思わず声をあげてしまった。

ヒャ!!

しまった! せっかく息をひそめながら作戦を練っていたのに、すべてが水の泡ではないか。しかし、やはりインターホンに出るのは怖い。ならば、今思わず出てしまった悲鳴を活用するしかない。

…そうだ!

悲鳴がたくさん聴こえる、とにかくやばいヤツが住んでいる部屋だと思わせれば良いのではないか。

私は咄嗟に「女性 悲鳴 効果音」をスマホで検索し、インターホンの受話器を手に取り、その話口に向かってその効果音を流すことにした。

キャー!

イヤァアアアアア!!

Oh,God!!!

これで大丈夫なはずだ。ラストに洋モノまで取り揃えたんだぞ。これを聞けば、ドアの向こうにいる誰かも、恐怖におののき退散すること間違いなしだ。我ながらいいアイデアだと思った。

数秒の沈黙の後、コトリ、と玄関のポストに何かが落ちる音がした。受話器の向こう側では、立ち去る足音。

…勝った。

謎の勝利を確信した私は、ポストに入れられたブツを確認しに行った。すると、そこにあったのは、安っぽい一枚の紙であった。


〜いま、毎日しあわせですか?〜
悩めるあなたに贈る、優しさのセミナー


明らかに少し怪しめの勧誘チラシだった。やはり安易に出なくてよかった。(後にわかったことだが、近所の一軒家のポストからも同じチラシが見えていたので、どうやら一軒一軒まわって勧誘していたらしかった。)

しかし、ふと思った。

もし、さきほど流した悲鳴を、本当の私の悲鳴だと思って聞いていたとしたら、むしろ「物凄く悩んでいるやつ」だと思われて、またやって来るのではないか。そんなこんなで最近の私は、以前にも増して、いちいち何かとビビりながら生活している次第である。でも今のところ、その後特に音沙汰はないし、大丈夫そうかな。

まあでも、なんだって良いんですけどね。
色々あるけどとりあえず、いま、毎日しあわせですから。