先日18日で26歳になった。

正直これくらいになると、歳をとるのはもうあまり嬉しくはない。ニキビのあとも消えなくなってきているし、まわりの子も結婚し始めているし、嫌でも日頃からそれを実感させられているからである。

それでも年に一度の誕生日、おめでとうと言われるのは本当に嬉しい。メッセージを下さった沢山の方々には感謝の気持ちでいっぱいである。ありがとうございました。

誕生日当日は友達と焼き肉に行って、楽しい時間を過ごした。思い返せば、毎年いつも誰かしらが「誕生日の日、遊ぼうよ」と声をかけてくれるおかげで、外に出かけられている。こんなに幸せなことはない。

そんな誕生日から数日が経って、昨日は、実家に取りに帰らなければいけないものがあったので、一瞬だけ実家に帰った。そのまますぐに出ようかと思ったのだけど、母が、誕生日プレゼントがわりに一緒に映画を見に行こうと言ってくれたので、一緒に見に行くことにした。(「この世界の片隅に」を見た。とても良かった。)

映画を見る前にご飯も食べた。一人じゃ絶対食べないような、和御膳を食べた。とても美味しかった。

映画を見たあとは、もう21:30くらいになっていたので、そのまま解散することにした。改札前で手を振るとき、「今日はありがとね」と母に言った。母は、「はいよーまたね、身体に気をつけて、年末帰れたら帰ってきてね」と言った。

私は母と別れてから、駅のホームで少しぼんやりしていた。さっきの「今日はありがとね」も、精一杯のそれで、なんだか恥ずかしくて、きっと何の可愛げもない言い方だったな、と思うと、喉元で消えていった言葉が他にもたくさんあったことに気づいた。

「いつもありがとう」とか、「心配ばかりかけてごめんね」とか、「和御膳よりもお母さんの料理の方が全然美味しいと思った」とか、本当はもっと母に言いたいことがあったはずなのに、どうして言えなかったんだろう。そんなことを考えていたら、いつの間にか電車を何本も見送ってしまっていた。

どうして本当に一番言いたい人に一番言いたい事を言えないんだろうか。目を見て話せないんだろうか。素直になれないんだろうか。そこには照れ以上のいじらしい気持ちがあるのは自分でもわかるのだけど、いつまで経っても、いざその時になると、なかなかできない。

それなのに、家族に言えない言葉を恋人には言えたり、恋人には言えない言葉を友達には言えたり、友達には言えない言葉を知り合いには言えたりする。誰かに伝えたかったことを他の誰かに言って、済ました気になっているんだろうか。よくわからない。悪いことではないんだろうけど、後悔はやっぱりちょっと、したりする。

また今度、或いはいつか、素直に言えるだろう。そう思ってしまっていたんだと思う。
「ありがとう」にしろ「ごめんなさい」にしろ、これがその人にその気持ちを伝える最後の機会だなんてさらさら思ったことなんてなかった。だけど昨日母と別れたあと、今日がもし最後に伝えられる「ありがとう」だったとしたら、ちょっと後悔するどころの騒ぎではないな、とふと思った。

25歳から26歳になったからと言って、何かが急に変わるわけではない。大体未だに色々と素直になれない時点でまだまだ子供だなとも思う。世間的にはまだ若い方だろうし、考えすぎなのかもしれない。でも、何をするにも、これからは「もしかしたらこれが最後かも」と心のどこかで思いながら過ごして行こうと思った。すぐにできなくても良いから、ぼんやりとでも良いから、もっと素直になりたい。言いたい言葉は言える時に、言いたい相手が聞いてくれる時に。

ところで、最近たまにやるスマホゲームのアプリがある。パズルをクリアすると髭のおじさんが庭を綺麗にしてくれるだけのゲームなのだが、起動するたびに、そのおじさんが話しかけてくる。今日は、こんなことを話しかけてきた。

「やあ、あなたでしたか!ところで、はなさんは周りの人にきちんとメリークリスマスって言いましたか?ちゃんと言わなきゃダメですよ!私ですか?私ならもちろん言いましたよ!メリークリスマスってね!!!

よくわからないけど、今日まだクリスマスじゃないし、別にそれに関して言うと周りに言わなきゃいけない言葉だとも思わないし、でも若干考えていたことと遠からずなことをいきなりおじさんに言われたので、なんか急にちょっと腹が立って、アプリ消した。


いやはや、まだまだ大人になれない私である。


というわけでみなさん、26歳の関取もこんなんですが、どうぞよろしくお願い致します。