父の話をしようと思う。

このブログはもちろん、ライブのMCやラジオ番組で、私はよく母の話をする。
母は明るくて天真爛漫、お洒落で茶目っ気があって、娘の私が言うのも難だが、まるで少女のような女性だ。泣いたり笑ったり怒ったり、母はいつも忙しい。だからこそとんでもないエピソードを生む天才でもある。母の無自覚な面白さと可愛らしさは、娘として25年間一緒に過ごした今でも、いつだって新鮮だ。

それに対して、父はそういったタイプではない。男は背中で語る、とでも言おうか、読書と山と卓球が好きで、多分、同じくらい仕事も好きな人である。朝早くに家を出て、夜遅くに帰ってくる。どんなに忙しくても、家には絶対仕事を持ち込まない。休日には必ず家族をどこかに連れて行ってくれる、そんな人だ。
私は心の底から父を尊敬している。娘として25年間一緒に過ごした今でも、恥ずかしげもなく声を大にして言える。「私は結婚するならお父さんみたいな人がいい!」と。

今でこそ両親へのこんな気持ちをこうして綴れるようになった私だが、反抗期が長く、相当な迷惑をかけてきた。私の反抗期のあらゆる勝手な怒りの理由は、主に「あなたがそんなに正しいんですか」「私の何を知っているんですか」というところにあった。反抗期あるあると言えばそうなのかもしれないが、まったく理不尽な話である。そもそも、自分を俯瞰して見れていないやつが言えるセリフではない。親の方がよっぽど子供の微妙な変化に気づいていたはずなのだ。しかし親の心子知らず、当時はそれが気に食わなかったのだった。

母は、そんな私に全力でぶつかってくるタイプだった。感情論と感情論でぶつかり合うから、論点がどんどんずれてきて、大混戦、あるいは長期冷戦になることもあった。私と母はよく似ていて、もう来るとこまで来るとただの意地の張り合いで、お互い一歩も譲らないタチなので、本当にどうしようもなくなるのだった。

そんな時に、スッと現れるのが父だった。父は、決して私と母の戦いをただ遠くから眺めていたわけではない。二人まとめて相手にしても埒があかないとわかっているから、一人ずつ呼び出して、論点を整理してお互いの悪いところを気づかせて、最終的には私と母がきちんと二人で解決できるように持って行ってくれていたのだった。勿論それでも上手くいかない時には、父もさすがに、「いい加減にしてくれよ!」となっていたが、そんな父を見ると私も母も、素直に「ごめんなさい」となるのだった。父はいつだってかっこよかった。弱味なんて、見つけようがなかった。

反抗期真っ盛りの高校何年生かのある日のこと、私は小さな嘘をついた。
親類が入院することになり、その日私はお見舞いに行く予定だったのだが、「どうせ死ぬわけじゃないんだし」とか、「ちょっとめんどくさいな」とかそういった理由で、お見舞いに行かなかったのだ。必ず行く、絶対に行くよ、と言って家を出て、横浜の駅でどうしようもなく行きたくなくなって、適当に時間をつぶして、そのまま家に帰ったのだった。 
その日は休日で、帰ると父が家にいた。「お見舞い行ったか?」と聞かれ、私は目も合わさずに、「行ったよ、喜んでた。思ってたより元気そうだったよ。」などとまた嘘で嘘を塗り固めた。病院までの移動時間、滞在時間、そのすべてを計算して家に帰ってきたはずだった。絶対にバレないと思っていた。しかし、ささいなことから、ハリボテの作り話はあっけなく崩壊へ向かったのだった。

私は、何の気なしにその日書店で買った本のレシートをピアノの上に置いた。父がそれをたまたま発見してしまったのである。レシートには、本を購入した時刻が書いてあった。どう考えても、その時間にその本屋にいるということは、お見舞いにきちんと行っていたらありえないことだった。

「ちょっといいか」父に呼び出された私は、父の寝室に向かった。嫌な予感はしたが、まさかバレるはずがないと思っていたので、悪気のない顔で「何さ」と言った。「わかってるだろ」と、言いながら、父はレシートを差し出した。それ以上の説明はいらなかった。ああ、終わった、と思った。もし相手が母だったら、適当なことを引き合いに出して、感情論で戦いに持ち込んで、話をずらしてごまかしていたかもしれない。しかし、相手は父だ。そんな小手先の戦い方したって、敵いっこないのだ。私は半ばヤケクソになりながら、すべて正直に話した。
本屋で時間を潰したこと、めんどくさいと思ってしまったこと、そしてそんなのみんな絶対少しは思っているはずなのに、口に出さないことへの違和感を感じていること。今になって思えば、まさに10代の反抗期らしい感情である。怒られると思った。正しさを押し付けられると思った。

しかし、そんな小娘の私に対して、父は声を荒げることもなく、静かに口を開いて、「俺だってそんなにいいやつじゃないから、そう思ってしまうことも正直あるよ」と言ったのだった。続けて、「そう思うのも人間だし、そこでぐっとこらえて、たとえ形式に思えてもちゃんと行ってあげるのも、それもまた人間なんだよ、うまく言えないけど」と。あまりにも不器用に、うまく言葉にできないことを訥々と話すその様子は、初めて見る父の姿だった。「俺だってそんなにいいやつじゃない」と言い、娘にきちんと弱さを見せられる父の姿は、なんだかとても新鮮で、でも、かっこいいと思った。プライドや正しさを取っ払った、それこそ、うまく言えないけれど、父の、人間を初めて見た気がした。私はその言葉を聞いて、なぜか安心するのやら何やらで涙が止まらなかった。そしてそのあと、これまでついてきた小さな嘘や、疑問に思っていることなんかを、何時間もかけて聞いてもらった。父は同じ目線になって話を聞いてくれたし、理解もしてくれたし、勿論きちんと叱ってくれた。世界一の父親だと思った。

今では、二人で飲みに行ったりもするような仲だ。つい数日前も、ちょっとしたことで電話をしたのだが、結局1時間半くらい話し込んでしまった。私が思っている疑問や、上手くいかないことを相談すると、「ああ、それか。わかるけど、それはね」と、人間らしいアドバイスをくれるから、ついつい話しすぎてしまう。最近では、父の方からたまに相談してくれることもある。こんなに嬉しいことはない。

今月、10月22日は、父の誕生日である。気づけば50歳もとっくに超え、最近では糖質に気を使って、何やらいよいよ本格的に健康を意識し始めたようだが、何分真面目な人だから、もう少し気を抜いても良いのに、と思ったりもする。暇が合えば、また一緒にビールが飲みたい。

ちなみに、母の誕生日は12月22日である。二人の誕生日の間を取ると、11月22日、「良い夫婦の日」になることを、二人は知っているのだろうか。ずっと気になっているのだが、これは聞かないでおこうと思う。うまく言えないけれど。