何なんだ、ヤツは。

ヤツを見ると、イラッとするし、ゾワッとするし、しまいには泣きたくなる。ヤツが私に近づいて来ようものなら、全身の毛という毛が逆立ちそうなくらいの恐怖を覚えて、いてもたってもいられなくなって、その場から思わず逃げ出してしまう。できることならヤツの姿なんてもう二度と見たくないし、声も聞きたくない。とにかくもう、想像しただけでも恐ろしい。

 

 

 ヤツとはそう、



鳩である。

 

 


まず、容姿からして不気味すぎやしないだろうか。どこを見ているのかわからないあの目なんか、まるでこの世の終わりを一度見て来たかのような色をしているじゃないか。ぬらりと光る首もとは、世界一邪悪な魔女が研究に研究を重ねて作ったスープみたいな色をしている。

 

それに、裸婦画に出てくる女性のような、見ていて心が不安定になるあのなんとも言えない体型。思い出すだけでゾッとする。容姿だけでも不気味なのに、ヤツら独特のあの動き、あれがまた恐ろしい。胸から上の部分だけを奇妙なリズムで動かしながら、音も無くこちらに近づいて来る。「何か用ですか」とでも言いたげな、あの妙に自信に満ちあふれた雰囲気も気に食わない。



 

とにかく私は、鳩が嫌いなのである。

 



無論、私が鳩をこんなにも嫌うのには理由がある。小学校5年生まで、私はマンションの13階に住んでいた。私の部屋は北向きの四畳半で、日差しもあまり当たらず、いつもじめっとしていた。気持ち程度のベランダがついていたが、利用することはほぼ無かった。ベランダの手すりには、ほぼ毎日鳩がとまっていたが、特に害はなかったため気にしていなかった。

 

ある日、真夜中に鳩の声で目が覚めた。窓を閉めているにも関わらず、悲鳴のような鳩の鳴き声がベランダから聞こえてきたのである。あまりにもうるさいので、何事かと思い窓を開けてみても、いつもの手すりに鳩はいない。すると、さっきの悲鳴のような鳴き声が、ベランダの右隅の方から聞こえてきた。


真っ暗で何も見えないこともあり、急に怖くなった私は、慌てて隣の部屋で寝ていた兄を起こしに行った。事情を説明すると、兄は懐中電灯を持ってベランダに来てくれた。そして兄は、ベランダの右隅にいる鳩を懐中電灯で照らしながら、眠たそうな声でこう言った。

 

 


 

「おい、産んでるぞ」

 




中電灯の光に照らされた鳩は、とにかく体中に汗をかいてぐっしょりしていて、余計不気味に見えた。光に照らされた鳩と目が合った瞬間、私の体はぶるりと震えた! 



鳩は我が家のベランダで、産んだのだ。


あまりにも生々しい光景だった。自分の家で新しい命が生まれたのだから、当然祝福でもしなければならないところなのかもしれないが、小学生の私には、なんというかとてつもなく、キツかった。結局小鳩たちがお空を飛べるようになるまでは、うちのベランダで育てるほかなく、ベランダをこれでもかというくらい汚されながら、巣立つまでを見守ったわけだ。(といっても気づいたらいなくなっていただけだけど。)

 



あれから10年経った今でも、鳩を見るとあの時のことを思い出して、なんかこう、キツい。なんかキツいという言葉がこんなに似合うヤツ、他にあるか。いや、無いね!



読み返すと、若干言い過ぎた気もするが、とりあえずそんなわけで、私は鳩が嫌いなのである。