先日4月28日、母を連れてポールマッカートニーの東京ドーム公演に行った。
5月10日は母の日ということで、少し早い母の日のプレゼントである。

ポールのライブは私なんかが説明するまでもなく、本当に素晴らしかった。なんというか、天国のようだった。これには母も大満足だったようで、「冥土の土産ができた」と、終演後は興奮冷めやらぬ様子で無邪気にキャッキャと騒いでいた。

そしてぽつりと一言、「ありがとね、大人になったね」と言った。

なんとなしにつぶやいた母のその一言が、なぜか頭の中をぐるぐるまわり、次の日もその次の日も、なんだか耳の裏に張り付いていた。

はて、大人になるとはなんぞや、と。

お酒を飲めるようになることか?はたまた一人暮らしをできるようになることか?あるいは自分の子どもができて、母親や父親になることか?きっとどれも正解なのだと思う。しかし、なんだかどれもいまいちピンとこないまま、この数日間を過ごしていた。

そして今日、いつものように打ち合わせを終え、夕方から個人練習でスタジオに入り、日が暮れた頃にスーパーで買い物をして、大きなギターケースを背負いながらとぼとぼと道を歩いていたときのことである。


「わっ!!」


私の真後ろ、わずか50cmほどのところで、食料品店が外に山積みにしていたワインの山が倒れたのである。ざっと見ただけで20本以上、道中に瓶の破片とアルコールの匂いが飛び散った。商店街にいる人々は皆振り返り、おろおろしていた。お店の奥から店員さんが数人出て来て、一斉に掃除をはじめた。店員さんは皆、しきりに「申し訳ございません、申し訳ございません」と繰り返していた。

「お怪我はなかったですか?」

と一人の店員さんが私に話しかけてくれた。勿論怪我などはなかったので、大丈夫ですとだけ返し、変にそこにいても手伝えることもなかったので、私はまたとぼとぼと歩き始めた。そしてふと考えた。

「待てよ、あと1秒遅かったら、私は今歩けてないかもしれないぞ」

そりゃそうだ。もしも頭の上から大量のワインが雪崩のように倒れて来たら、お怪我どころの騒ぎではなかったはずである。頭に瓶の破片がささっていたかもしれないし、目にガラスの破片が入ってしまっていたかもしれない。そう考えると、少しゾッとした。しかし同時に「私、ついてるぞ」と思った。

思い返すと、今日は良いことがたくさんあった。

・一昨日イヤフォンを道で落としたので、同じものを電気屋に買いに行ったら、最後の一つで、しかも以前買った時よりもなぜか500円ほど安く買えた。
・ギターケースが壊れてしまったので、新しく買ったものにポケットの中身を移していたら、100円玉が出て来た。
・シャンプーとコンディショナーが、同時になくなった。(特にこれにはテンションが上がった)

ざっとこれくらいのことではあるが、とても重要なことである。
たかが不幸中の幸い、されど不幸中の幸い。最悪な場合を免れられたというだけでも、儲けもんである。

そういえば、この不幸中の幸いに気づけるようになったのは、最近になってからである。
ほんの1、2年前までの私は、そんなことにはまったく気づかなかった。最高以外は最悪、一人でイライラして、くだらない小さなミスを、何日も引きずることもあった。
しかし、今は違う。無論、すべてが完璧に上手くいけば言うことはない。しかし人間なのだから、毎日がエブリデイパーフェクト!なんてあり得ない話である。ましてや大人になるにつれて、理不尽なことも増えるし、これまで気にしなくてよかったはずのことにも沢山直面する。それでも、その中に不幸中の幸いを見つけられれば、ただの完璧を上回る面白さを見つけられるかもしれない。

そういえば、数年前の初売りで、これまた母と一緒に福袋を買いに行った時のことである。
アウトドア系のショップで1万円の福袋を買い、すぐにカフェに入って中身を確認、マウンテンパーカーやリュックなど、さぞかし実用的なものが入っているのだろう…と期待に胸を膨らませ、いざ袋を開けてみると、どうだろう。そこにはアウトドアのアの字もない、あえて言おう、「クソださい」ものばかりであった。福袋ではなく、鬱袋である。

忘れもしない、なぜか全面にスタッズがあしらわれた白いレザーのかばんと(なぜか子犬くらい重い)、2002年の日付が入っている黒いTシャツ(イベントのスタッフTシャツのようなもの)、黒いレースのアームウォーマー(ゴスロリ用か庭仕事用か、真相はいかに)、テンガロンハット(嘘だろ)と、逆に全身コーディネートしたくなるくらいのそれはもうゴミのような(以下割愛)

もはや一つ一つ袋から出す度に笑いが止まらなくなってしまい、最後にカンガルーのキーホルダーが出て来たときには、母と一緒に涙を流しながらヒーヒー笑っていた。

そして母は言った。


「これが本当の福笑い、こんなに盛大な新年初笑い、一万円で買ったと思えばむしろ有り難い!今年は良い年になるよ!!」


そのとき私はヒーヒー笑いながら、心の中では、「母はかっこいいなぁ、大人だなぁ」と心底感動したものである。不幸中の幸いを見つけことで、母は最悪の鬱袋でさえ、一瞬にして最高の福袋に変えてしまったのだ。私はそれ以来、こんな大人になりたいな、と思うようになった。

大人になるとはなんぞや、正解なんてわからない。というか、恐らく正解なんてないのだと思う。しかし、不幸中の幸いを発見できるようになった今日、少しは母に近づけたのかな、大人になれたのかな、と思った。



話は戻るが、ポールマッカートニーの公演後、家に帰り、リビングでゆっくりしていた時のことである。

「今日以上の母の日のプレゼントなんてないかもね、来年以降何あげればいいか困っちゃうなぁ」と私が言うと、母は左手でファミチキを食べながら、右手で友人とのラインを見ながらなんとなしにこう言った。

「思いっきり好きなことやって、笑って胸を張ってくれてりゃ、そんなのなんでもいいんだけどね」

なんだか照れくさかったから聞こえないふりをしたけれど、本当はちょっと泣きそうになった。






明日からレコーディング、思いっきり好きなことやって、笑って胸を張れる作品にしてやるぜ。







ありがとう母よ、その言葉、しかと受け取った!