昨日、とある収録に向かう途中の電車内での出来事である。

中学1、2年生と思しき男子4人組が乗り込んで来た。
そろいもそろってTシャツの上にチェックのシャツを羽織って、なぜかこれまたそろいもそろって七分丈のズボンを履いている。無駄に早く走れそうなスニーカーからのぞく、毛玉のついたくるぶしソックスが実に愛らしい。残り少ない夏休みをエンジョイしようと、仲良しグループで集まってこれからどこかへ出かけるという感じで、なんとも微笑ましいなぁと思いながら、私は彼らの会話に耳をそばだてていた。

はじめのうちは夏休みの宿題についてやゲームの話だったのだが、私が少し携帯をいじっている間に、気付けば話題は「えっちなサイト」の話になっていた。よくよく聞いていると、「お前はどこのえっちなサイトで見ているんだ」という会話で非常に盛り上がっている。これは絶対に面白い話になるに違いない。聞くしかない。私はすぐさま携帯をポケットにしまい、窓の外を見つめるふりをしながら、彼らの会話を聴くことに全身全霊を注ぐことに決めた。

話をよくよく聞いていると、四者四様、それぞれ愛用サイトが違うらしかった。

「俺は◯◯」
「俺は××っていう海外サイト」
「俺はビデオのサンプルムービー」


そして最後の一人がこう言った。



「俺youtube」


その瞬間、先ほどまで胸を張ってそれぞれの愛用サイトを語っていた3人のテンションがなぜか爆発的に上がったのがわかった。


「お前、まじか!!」

「すげぇ!!youtubeでそんなの見れんのか!!」

「お前すげーな!年齢制限が~とか出てくるじゃん!あれ、どうしてんだよ!?」

「履歴とか母親に見られたらまずくね!?」



彼らにとって、youtubeでえっちなビデオを見るということがどれほど凄いことなのか私にはわからないが、どうやらそれは革命的に凄いことらしかった。

そしてyoutube愛用者の彼が、自慢気に説明しはじめた。
彼らもさすがに周りを気にし始めて小声で会話していたので、細部までは聞き取れなかったが、大体こんなことを言っていたと思う。


「はじめはグラビアアイドルのイメージムービーばかり見ていた」

「でも、リンクをどんどん辿っていくとまだ消されていない動画にぶち当たることがある」


(途中は聞き取れなかった)



「 奇 跡 」



以上だけは確実に聞き取れた。彼はおそらく、寝る間も惜しんでより崇高な動画にぶち当たるために全身全霊を動画堀りに注いでいたのだ。実に勇敢な開拓者である。あっぱれである。

ただ、家族共有のパソコンで見てしまった場合には、youtube上からも、パソコン自体からも履歴を消すことを絶対に忘れてはならないということを彼は力説していた。何しろ莫大な量の動画をたどってその「奇跡」までたどり着くわけだから、履歴がとんでもないことになるのだろう。賢い子である。

なるほど、私は自分のパソコンがあるので、意識をして履歴を消す必要もないためチェックしていなかったが、確かにyoutubeの履歴はチェックしてみたら面白いことになっているかもしれないぞ、と思った。
そこで私は、youtubeにログインして、自分の履歴を見てみることにした。

するとまず、登録したつもりもないチャンネルが十数個登録されているではないか。一体これはなんなのか。少し焦りはじめた。そして、恐る恐る履歴をクリックしてみると、韓流アイドルが投げキッスをしている動画が延々とループされる動画や、韓流アイドルが泣いている動画や、韓流アイドルが汗を拭く動画などがずらりと出てきた。


身に覚えがない。一体これは何なのか。一瞬、妙にゾッとした。


しかしその理由はすぐに判明した。少し前に実家に帰った時に、実家のパソコンから、自分のアカウントでyoutubeにログインしたことがあった。恐らくそのままログアウトせずに放置してしまったため、何も知らない母がそのままyoutubeを利用したのだろう。家事で疲れた母親は、アイドルの投げキッスの動画を見てきっと元気をもらっていたのだろう。綺麗な涙にもらい泣きしたのだろう。汗を拭く動画は…知らん。

それにしても、なんだか事の流れ的に、息子のえっちな動画の履歴を見てしまった親のような気分になってしまった私は、無性に気まずくなって、とりあえずその履歴は全削除しておいた。ごめんよ母さん。


ところで、それだけパソコンを駆使して動画を検索しまくっている中学生男子が、「エロサイト」と言わないで、「えっちなサイト」と口を揃えて言っていたのはなぜなのだろうか。私はそれが、なんとも可愛らしいなぁ、と思ったのであった。ほんの微妙なニュアンスの差で、生々しさを回避できたり、可愛げが出たりするもんで、思わぬところで言葉選びの妙を再発見したのであった。少し下品な言葉には、コロコロコミック感がある方が、可愛げがあって、なんだか良い気がするのである。

よりによってそんなことをぼんやり考えていたら、すっかり朝になってしまった。
8月の終わり、窓からは少し涼しい風が吹き込んで来る。
今年の夏は、恋をせずに終わりそうだと私は悟ったのであった。