はて、私がジョンジョロリンに会えなくなってしまったのはいつからだろうか。

私は2歳から8歳になる年までの約6年間、幼少期をドイツで過ごした。今思い返しても本当に楽しい、美しい思い出ばかりである。通学路には野ウサギが普通にぴょんぴょんしていたし、盲導犬を連れたおじいさんとその犬には毎朝決まって「グーテンモルゲン!」と挨拶をした。目は見えないようだったけれど、声や音で私と兄とすれ違うのがわかるようだった。春になればイースターで卵にペイントをして飾り、夏はライン川で水遊びをした。秋になれば学校祭でフォークダンスを踊り、冬になればグラウンドに張った氷の上をスニーカーで滑った。クリスマスには大家さんのポールおじいちゃんとその奥さんとクリスマスパーティをした。
その他にも、年に数回やってくる移動式遊園地のキルメス、ランタンを持って夜の街を歩くラッターネ(ラテルネ)、街中の人が仮装をして闊歩するカーニバル…日本のように桜や紅葉はなかったかもしれないが、毎年やってくる恒例行事で季節を覚えた。当たり前のように過ごしていたけれど、思い返すと本当に貴重な経験をたくさんして来た。今ではとんだひねくれ野郎になってしまった私だが、あらゆることを斜めに見てしまいそうな時でも、あの頃のことを思い出せば、なんだか優しく純粋な気持ちになることができるのである。

ドイツでの日々を思い返すと、必ずそばに家族がいる。週末や休みの時期になると父は私たち家族を車でどこにでも連れて行ってくれた。宿がとれず、民家に突撃して泊まったこともあった。はじめてのエスカルゴも何の躊躇もなく食べた。「騙されたと思って食べてみろ」これが父の口癖だった。偉そうな事は一切言わない父だが、家族の絶対的リーダーだった。「何かあればお父さんについて行けばなんとかなる」、異国の地にも関わらず何の不安もなく過ごせたのは、間違いなく父のおかげだったと思う。
スポーツも万能で読書家、そんな父にも苦手な事があった。歌と絵である。この男、てんでそこらへんがダメなのである。母は地元のNHK少年合唱団に入っていたこともあるらしいのだが、父はカエルの歌さえまともに歌えないオンチなのである。家族でドライブをしている時に父が歌い始めると、私と兄は決まって、「アーーーーー!!」と叫びながら耳をふさぐふりをした。ドイツのアウトバーン(高速道路)は長く、暇な時間が多かったため、よくこの遊びをして遊んだものである。

そしてもう一つ、トンネルに入ると現れる「ジョンジョロリン」というのがあった。ドイツのトンネルは長く、暗い。車も割とすごいスピードで走っているので、なんだかとんでもないところに閉じ込められた気がして、はじめのうちはとても怖かった。そんな私たち兄弟を見かねたのか、父はある日から、トンネルに入ると「ジョンジョロリンが出るぞ!ここはジョンジョロリンの住処だから暗いだけだ!」と言い始めた。それから私たち兄弟はトンネルが大好きになった。ドライブの一番の楽しみはもはやジョンジョロリンだった。トンネルが見えると、「ジョンジョロリンが来るぞーーー!!」と叫んだ。
ある日私は父に、「ジョンジョロリンてどんな見た目をしているの?」と、絵を描いてくれとせがんだ。すると父は迷いのないペンさばきでジョンジョロリンを描いてくれた。


 
完全にただのカビルンルンだった。




それでもあの頃はえらく感動したもので、私の中のジョンジョロリン像は確固たるものとなった。トンネルに入ればいつだってその絵を想像した。カビルンルン、いやジョンジョロリンは、確かにそこにいたのである。

そうこうしているうちに父の転勤が決まり、私たち家族は中国へ引っ越すことになった。正直、ドイツとの文化の違いは衝撃的だった。ほこりっぽい道路には運転の荒すぎるタクシー、すさまじい数の自転車が走っていた。結局中国に住んだのは二ヶ月ほどだったが、こちらでも違うベクトルで、かなり濃い出来事に色々と恵まれた。話すと長くなりそうなので、この話はまた今度にしようと思う。

そして日本へ帰国したある日、家族四人でドライブに出かけた。久々に綺麗な高速道路を走った。やがてトンネルに差し掛かった。そして誰からともなく、「そういえば、ジョンジョロリンていたよね」と言い出した。「あー、いたね、そんなの」「なんだったんだろうね、あれ」そんなことを言いながら、車はやがてトンネルを抜けた。


一昨日、東京にも雪が降った。朝目が覚めてカーテンを開けたら、あたり一面真っ白だった。昔のような胸の高鳴りはこれっぽっちもなく、電車が止まるだろうなとか、すぐに雨が降ったから次の日は地面ツルツルで危ないだろうなとか、そんなことがすぐに頭に浮かんだ。寒かったから窓も開けずに再び布団に潜って、週刊誌の芸能ゴシップを読んで、寝た。

夢を見た。家族四人でドライブをする夢だ。トンネルの中を走っている。ジョンジョロリンは、もう出てきてくれなかった。



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