そいつが突如として私の眼前に現れたのは、6月の終わり頃のことだった。

その日は梅雨真っ只中で、私は夕方から急に降り出した雨から逃げるようにして家路を急いでいた。最寄駅から私の家までは徒歩10分ほどの道のりだが、ゲリラ豪雨のような雨の中、傘もささずにいたせいか、いつもより異常に長く感じられた。日焼け止めを塗った肌が勢いよく雨を弾く感じが、なんだか妙に気持ち悪く、とにかく早く風呂に入って、この憂鬱な感じを洗い流したい、そう思いながらなんとかアパートまでたどり着き、駆け足で階段をのぼった。

私の住んでいるアパートは内廊下になっていて、ホテルのように各部屋の玄関が向かい合っている。部屋に入る前にその内廊下で雨を一払いしている時に、私はそいつに出会った。

そいつは、ちょうど廊下の真ん中あたりで、所在なさげに小さく縮こまっていた。ボロボロの姿で、何も言わず、動きもせず、ただそこにいた。その光景はあまりにも異様だった。でも、部屋に入るためにはそいつの横をどうしても通り過ぎなければならない。私は恐る恐る近づいた。一歩、二歩、私が近づいて行ってもそいつは微動だにせず、ただ黙って、内廊下の天井を眺めていた。どうして一人ぼっちなのだろう、どうやってここにたどり着いたのだろう。そんなことを考えながら、私はそいつを横目に、なるべく風ひとつ立てないように、部屋のドアを閉めた。


翌朝、ゴミ出しに行くために私は再びドアを開けた。燃えるゴミの日は収集車が早く回ってくることが多く、その日も窓の外から聞こえる収集車の音で目が覚めた。私は寝ぼけ眼でゴミ袋を持ち、バタバタと階段を駆け下りた。そして、なんとかゴミの回収に間に合い、ホッとしながら部屋に戻ろうとしたその時である。

そいつは昨日よりもやや私の部屋に近づいたところで、昨日とまるで同じように天井を見上げていた。急いでいたため部屋を出る時は気がつかなかったが、そいつは昨日からずっとそこにいたらしい。

気味の悪いような気もしたが、朝の光を浴びたそいつは、昨日よりも少し人間味があるように見えて、哀愁漂うその小さな姿と相まって、なんだか可愛く思えた。しかし、それは同情だとか愛情だとかそんな類のものではなく、ある種怖いもの見たさのような興味というだけであった。

それからそいつは変わらず私の部屋のドアの前にいた。来る日も来る日も、誰かの帰りを待つかのように、ただそこにじっとしているのだった。

ある日の夜、寝苦しくて寝付けずにいた私は、自分の部屋の天井を眺めながら、そいつのことを思っていた。毎日毎日、内廊下の天井を見上げて、一体何を思うのだろう。そもそも、この内廊下を共有しているのは六部屋であり、どの部屋もかなり狭いワンルームのため、必然的に一人暮らし、六人がこの階に住んでいることになる。つまりそいつは毎日毎日六人の人に横目で見られながら、誰にも手を差し伸べられず、しかしどこかに葬られるわけでもなく、ただ放って置かれているというわけである。もし自分がそんなことをされたら、いてもたってもいられなくなって、発狂でもしてしまうだろうな、と思った。

そいつのことは何も知らないけれど、おそらくそいつにも良い時代はあって、自分をその胸に抱いてくれた人もいて、それが今やボロボロの姿で見過ごされる毎日かと思うと、来世でこそは幸せになってほしいとさえ思った。まったく馬鹿げているが、本気でそいつの幸せを願ったのだった。そして私はいつの間にか眠りについていた。

翌朝ドアを開けると、そいつはいなかった。まるでずっと何もなかったかのように、そいつが現れる前の内廊下に戻っていた。私はなぜか妙にホッとした。そこが土であれ、愛する誰かの胸であれ、然るべき場所にそいつがきちんと帰ったのだと思うと、なぜか妙に安心したのだった。

そして私はそのあと洗濯機を回しながら、あらためて思ったのだった。


  




ユニクロのブラトップ、最高。 




ブラトップはそんな心配ないもんね、考えた人すごいよね。







要するにアパートの内廊下に誰のか知らないボロボロのブラジャーのパットが落ちてたってだけの話です。暇かよ。