月別アーカイブ / 2023年01月

私の今住んでいる家には、いくつかの掛け時計がある。リビング、寝室、作業部屋、すべてアナログのものだ。どれもデザインが気に入って買ったお気に入りのものなので、掃除の時には丁寧に埃を取る。今日もお疲れ様、と心の中で唱えながら、そっと赤子の頭を撫でるように、埃取りをサッと滑らせる。するとどうだ、なんだか時計が微笑み返してくれているような気がするのだ。と、そこまではロマンチックに見えていないにしても、とにかくどれも愛着のある時計たちなので、ついついボーッと見つめては、「やっぱいいなあこれ」と思いながら日々掃除をしている。
 
今日もそうやって掃除をしていたわけだが、そこでふと気がついたことがある。いや、というかなんで今までこれだけ毎日対峙しておきながら気づかなかったのだという話なのだが、まあ要するに、見事にちょっとずつズレていたのである、各部屋の時計が。
 
どの時計も、最初に設定した時にはスマートフォンの時計に合わせてきっちり合わせたはずなのに、どういうわけかちょっとずつズレている。作業部屋と寝室に至っては、4分くらいはズレていた。これが5分じゃないというのがミソである。5分だったら何か意図があってかつてそう設定したのかなと思うのだが、4分。そして何より私はそんな気の利いたことをするタイプではない。
 
じゃあなぜそんなことに、という話だが、こんなことはもはや考えるまでもなく、アナログ時計、しかも古家具屋で買ったものだったりもするので、そんなことは当たり前にあることなのだと思っている。だって私が目視する限りでも、明らかに1秒で刻んでいる幅がちょっとずつ違うんだもの。時計のことは詳しく知らないが、まあきっとそんなものだろう。
 
関取花を少しでも知っている方たちはおそらくお察しの通り、私はそんなに時間をピッチリ気にして生きているタイプの人間ではない。例えば、絶対に乗る電車の時刻の10分前に家を出ると決めているとか、何時間作業をしたら何分休憩とか、そんなものまったく決めていない。日々の機嫌とお腹の具合と逐一相談しながら、割とアバウトに生活している。ましてや家の中での自由な時間なんて特に。
 
だからそんなに、というかちょっとやそっとの時計のズレは全然気にもならない。むしろ愛おしいなと感じた次第である。なんだか人間みたいだなと思ったのだ。
 
みんな同時に仲良く走り始めたはずなのに、いつの間にか距離が開いている。パッと見は間違いなく同じスピードで、なんなら談笑しながら横一列に並んでいるつもりだったのに、引きで見たらあれよあれよと差は開いていて、いつの間にやら遠くに行っちゃっているやつもいる。でも、自分は自分なりにたしかな速さと意志を持って、コツコツとやってきたつもりだ。サボったおぼえもないし、驕ったおぼえも決してない。そして前方を走っているあいつも、自分なりの正しい速さで進んでいっただけで、決して独走してやろうとも思っていなかったはずだ。そうだとしても、それはそれで正しい。
 
差は開くものなのだ。少しずつ、少しずつ。もはやそれは無意識のものなのかもしれない。性格の違い、感性の違い、解釈の違い、そんなものなのかもしれない。だから無理に追いつこうとしなくてもいい。あいつはあいつの美しいと思う時間の捉え方を、私は私の美しいと思う時間の見つめ方をするのみだ。それが個性だ、愛しさだ、そして積み上げていく自分らしさだ。
 
まあ都合のいい解釈といえばそれまでだし、ポエマー的発想ですね、と言われたらそれはもうごめんなさいって話なのだが、でも何か大事なものをたしかにそこに見た気がしたのだ、私は。
 
ちなみに一番遅れていたのは作業部屋の時計だった。家にある掛け時計の中で一番小さいくせに、カチカチという音だけは一丁前に一番でかい。いつも一生懸命、元気でよろしいなと思っていたが、どうやら案外不器用なやつだったみたいだ。
 
この部屋で行う私のあらゆる作業もまた、何かとバタバタしている割に進みはというと、とても遅い。原稿もブログも、何度も書いたり消したりを繰り返すばかりで、なかなか前に進めない。そして曲作りも言わずもがな。溢れてくるメロディーや言葉はいつだってたくさんあるのに、なかなかそれがまとまらない。勢いだけで形にすると、ろくなものにならない。天才かもしれないと思って書き上げた曲は、翌朝聴き返すと死にたくなることの方が多い。そこかしこに浮き出ている自意識には、毎度毎度腹が立つ。私はもっと無自覚な人間でいたいのに、と。
 
だからと言って、決して焦ってはいけない。これが一番ダメだ。私はもう知っている。もっと若い頃は、それでも何かしらが書けた。焦りというものそれ自体に、初期衝動があったからだ。でも今はいい意味でそれがない。あの頃を取り戻そうとすると、ただの自己模倣になってしまう。そんなに悲しくて悔しいことはない。
 
だから私が今やれることはただ一つだ。今を見つめて、コツコツと刻むだけ。1文字ずつ、1小節ずつ、1分ずつ。私には私の美しいと思う時間との付き合い方が、私には私の美しいと思う自分との闘い方がある。焦るな、そのまま行け。時間はかかるかもしれない、でもタイミングは必ず来る。だから見逃すな。世界のあらゆるすべての針が、私の時計の針とぴったり重なるその瞬間を、決して見逃すな。そのためにも、ただやるだけ。コツコツ、コツコツ、自分のリズムを乱すな。どこに行っても何があってもブレない自分を、今は淡々と刻み込め。そんなことを思った21:30、2023年1月17日の備忘録。

そろそろこの議題について取り上げておいた方がいいのかもしれない。そう、LINEスタンプについてである。思い返せばこれまで、Eメール、Cメール、ショートメール、他にも数えきれないほどのメールたちを我々は使ってきたわけだが、プライベートでの交流にメールを使う機会というのは、いつの間にかほとんどなくなってしまった。スマホが主流になり、どんな流れだったかもはや覚えてもいないが、気づけばみんなLINEを使うようになっていた。
 


そこで出てきたのが、LINEスタンプという文化である。ちょっとした感情を伝える時とか、言葉にならない何かを伝えたい時とか、使いどころは人それぞれだと思うが、とにかくLINEを使っている人は、何かしらのスタンプを使ったことがあると思う。
 


初めこそ初期設定で入っていたLINE公式キャラクターのやつを使っていればよかったものの、慣れてくるにつれみんなそれぞれの使いたいスタンプをダウンロードして使うようになった。親しい友人とやりとりする際のそれは気楽なものでとても楽しいのだが、少し距離のある相手だと、私みたいな人間はなんのスタンプを使っていいのやら途端にわからなくなってしまう。良くも悪くも、「なるほどそういう感じのが好きなのね」と、送ったスタンプのイメージがそのままついてしまうような気がして、ちょっと悩んでしまうのだ。



そういう時こそLINE公式キャラクターのやつを使えばいいのかもしれないが、ちょっとそれは安パイに行きすぎている気もする。となると、どうしたものか。何も気にしなくていいのなら、でん六豆公式キャラクターのでんちゃんか、オランダせんべい公式キャラクターのオランダちゃんを使いたい。だって好きだから。おいしいし。

でもそういう企業キャラクターというのは、みんながみんな知っているとは限らない。ともすれば、「これってなんですか?」というツッコミを待っていると思われてしまう可能性だってある。それは非常に不本意なので、パッと見てなんとなくわかる、だけどほどよく自分の趣味も伝わる、ちょうどいいスタンプはないだろうかと常々考えていた。

そして私が長年の研究を経て辿り着いた答えが、「世界名作劇場」のLINEスタンプである。「世界名作劇場とはなんぞや」という人は、とりあえず今すぐにググってください。あなたの人生はその瞬間から間違いなく豊かになります。いやほんとこれ、マジだから。

というくらいに、大前提として私は「世界名作劇場」がとても好きだ。小さい頃は兄と二人で夢中になって見たものである。まあでもその話をすると長くなるので置いておくとして、「世界名作劇場」のスタンプの何がいいって、まず、見たらその絵面ですぐに「世界名作劇場シリーズのなにかだ」、とわかるところである。これは強い。

ちなみに私が使っているのは「アルプスの少女ハイジ」と「赤毛のアン」のスタンプなのだが、それに関しては使い勝手もかなりいい。というのも、主人公がさまざまな経験をしながら成長していくというのが話の主軸にあるため、表情やシーンのバリエーションが多く、どんな状況にもちょうどよくハマる喜怒哀楽のスタンプが揃っているのである。
 


その他にも「フランダースの犬」のパトラッシュや「あらいぐまラスカル」のラスカルなどがLINEスタンプになっているのだが、あれはまだ心の何かが邪魔をしてダウンロードできずにきる。なんというか完全にスタンプ仕様のポップな仕上がりになっていて、作品中にはないキャラクター要素が上乗せされてしまっているのが、ちょっと私には違和感なのだ。アニメver.が好きすぎるっていうだけの話なんですけどね。ハイジとか赤毛のアンみたいなもうちょぴっと大人向けのスタンプがあったら、私間違いなく鬼課金しますので、関係者の方何卒よろしくお願いいたします。


と、なんか無駄に長くなってしまったが、要するに何が言いたいかって、LINEスタンプって意外とむずかしいよねって話。あと「世界名作劇場」はとにかく最高ってこと。(急に雑でごめん、トイレ行きたくなってきた)
 


で、なんでそもそもこんな話をしたかというと、もはや今の10代、あるいは20代前半くらいの子たちなんかは、LINEの交換もあまりしないらしいのだ。少なくとも私はそう聞いた。なんでもS N Sのダイレクトメッセージで基本的にやりとりするらしく、連絡先を交換する=「メルアド教えて」でも「LINE教えて」でもなく、「アカウント教えて」になるらしい。ひょえ〜〜。

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