月別アーカイブ / 2022年12月

26日、いつもドラムを叩いてくれているりっちゃんから突然荷物が届いた。中身を開けてみると、そこには旦那さんの手作りの袋に入った、いろんな種類の大量の飴たちと、「早く元気になってね!」という内容の二人からの手紙が入っていた。体調もなかなか優れず、ライブも飛ばしてしまい、心身ともに、そして物理的にもベッドに完全に沈みきって毎日を過ごしていた私にとって、これは本当に涙が出そうになるくらい嬉しいプレゼントだった。と同時に、その粋な心遣いに心底惚れ惚れした。なんて素敵な二人なんだろう。本当にありがとう。生まれ変わったら、クーパー家の猫になりたい。
 
手紙には、「ちょっとずつ食べてね!ちょっとずつよ!!!」とも書いてあった。さすが、何もかもお見通しである。まず先に言っておくと、私は飴が大好きだ。あると妙に落ち着くし、ハッピーな気分になる。特に大袋に入っていて、個包装のが何個も入っているタイプのやつ。自分じゃ普段そんなに買わないから、貰えたりするとかなりテンションが上がる。
 
レコーディングスタジオなんかには、いろんな種類の飴が大量に入った瓶やら籠やらが置いてあったりする。私はそれを「どれにしようかな」とガサガサやっては選んで食べるのが狂おしいほど好きだ。一緒にスタジオにいることも多いりっちゃんは、たぶんもう飽きるほどその光景を見ているはずである。そして、子供のように目をキラキラさせながら飴を手に取ったかと思えば、信じられないほどの速さでそれを咀嚼する私の姿も。
 
そう、私は飴を食べるのである。舐めるのではない、食べるのだ。もうなんでかわからないが、我慢できないのである。最初の数十秒くらいは頑張るのだが、気づいた時にはボリッといっている。あの音が顔の骨全体に響く感じが好きなのだ。もしくは、奥歯のくぼみにテトリスみたいに砕かれた飴がハマっていくのが快感なのかもしれない。あるいは、ただのせっかちか。
 
たしかに、本来の舐めるという楽しみ方をほとんどせずに消費してしまっていることに関しては、この場を借りて謝罪したいと思う。ごめんね飴ちゃんたち。ものすごい勢いで噛み砕いて。せめて「いつ噛まれるんだろう」ってドキドキする時間くらいは欲しかったよね。ワニの歯を一本ずつ押していって、いつか噛まれちゃうあのおもちゃも、それが楽しいんだもんね。ちなみにあのおもちゃの名前最近はじめて知ったんだけど、「スーパーイタイワニー」って言うんだって。そんなことある? 雑じゃね? かわいいけど。
 
まあそんなわけですぐに飴を食べてしまう私なのだが、先ほどふと思い立って、「飴 噛む人」というワードであらためてGoogle先生で検索してみた。するとトップにこんなのが出てきたのである。


飴を噛む時、心理的にかなり不安定な状態にあるといわれています。何かを食べて脳を安心させようという気持ちが強いのです。


マジか。全然知らなかったわ。私は子供の頃からずっと不安を抱えて生きてきたというのか。サクマの"いちごみるくあめ"の時なんてやばいぞ、秒で噛むぞ。ていうかあれ噛まずにいられる人いる? あんなに美味しいジャリジャリが中に入っていると知りながら待てるなんて、相当の賢者じゃないと無理だぞ。だってあのジャリジャリが美味しいんじゃん。噛んだ瞬間に、中のジャリジャリと外側のカリカリがゴリゴリに混ざり合うのが楽しいんじゃん。なんなら不安とは真逆の超あまあまハピハピな味してるじゃん。ねえ、そうだよねえ、サクマさーん!(ウエストランドさんM-1優勝おめでとうございます)
 
相変わらず話が逸れたが、まあでも心当たりがないわけでもない。たしかに手持ち無沙汰な時とか、何か考え事をしている時とか、そういう時に飴を食べがちだなという気もする。私は日々無意識に不安を抱き、そのストレスを飴で解消しているのかもしれない。実際、「結局何の話してたんだっけ?」と不安になりながらキーボードを打っている今も、飴を食べている。

でも一応、りっちゃんからの手紙の言葉を胸に、いつもよりはちょっとずつ食べているつもりだ。試しに3噛みしたら10秒舐めるというサウナと水風呂方式を取り入れてみているのだが、果たしてこれになんの意味があるのか。ちなみに風呂で思い出したけど、入浴剤の"バブ"も溶けるのを待たずに割る派です。


クリスマスですね。の前に、この度はご心配、ご迷惑をおかけしてしまい、本当に申し訳ありません。昨日ホームページやSNSではお知らせしたのですが、私、コロナ陽性になってしまいました。26日に開催予定だった「年末だョ!全員集合2022」も見合わせとなります。本当に悔しいです。(今後の振替公演およびチケットの払い戻しなどに関する詳細は、追ってホームページやSNSでお知らせいたします。)
 
正直まさか自分が、というのが本音です。家では、特に寝室では加湿器2台稼働のホカホカ肉まん状態(+濡れマスク)で過ごしていましたし、もちろん飲み会みたいな場所にも出かけておりませんし、心当たりがないので、本当に最初はただの風邪だと思っておりました。しかしまさか、いや本当にまさかです。心当たりがあるとすれば、今年は本厄だったということくらいです。
 
それにしても、自分の体調管理不足でライブを飛ばすなんて。19歳でデビューしてから今までで、多分はじめての経験です。悔しさと申し訳なさと不甲斐なさでいっぱいです。なんか「恋しさと せつなさと 心強さと」みたいですけど。もしそれで表すとしたら、私の心境としてはあのミュージックビデオの500倍くらいの風量の向かい風の中で、篠原涼子さんが泣きながら歌っている感じです。ごめん自分でも何言ってんだかよくわからないです。ちなみになんと「恋しさと せつなさと 心強さと 2023」が少し前に解禁されましたので、そちらもぜひみなさんチェックしてみてください。私誰だよ。
 
でも、風邪だと思い込んだまま26日にライブをするよりは、全然よかったと思っています。バンドメンバーやスタッフさんたち、ゲストで出演してくださる予定だった三遊亭とむさん、そしてお客さんに、自分のせいでこんなつらい思いをさせてしまっていたらと思うと、ゾッとします。年末年始、家族をはじめみなさんの大切な人たちにも会えず、たった一人で過ごさせることになっていたらと思うと、本当に早めに気づけてよかった。
 
とはいえ、かなり落ち込んでいます。何も手につきません。たくさん音楽を聴こうと思ったけど、入ってきません。素敵な音楽を聴くと、なんか悔しくて今はダメみたいです。「26日に自分だって最高のライブをする予定だったんだ!」という思いがどんどん膨れ上がってきてしまって、ムキャーッってなります。なのにご飯だけはおそろしいほどガンガン身体に入ってきます。食欲だけは旺盛です。ケンタッキー食べたい。ちなみに好きなチキンの部位はサイです。
 
それから、みなさんからのあたたかいお言葉もガンガン心に入ってきています。しみ渡り過ぎて、昨夜はじゅわっと涙があふれてきました。おでんの味のしみた大根ってこんな気持ちなのかなって思いました。ごめんやっぱり自分でも何言ってんだかよくわからないです。でもおでんは食べたい。冬だし。
 
とにかく、少しだけお時間をいただきますが、必ず元気になって戻ってきます。今はしっかり休みつつ、どうかどうか、せめてみなさんだけでも、健やかに今年を終えられるようにと祈るばかりです。疲れも溜まってくる時期ですし、コロナも風邪もインフルエンザも流行っているし、もう一体何にどう気をつけたらいいのやらという感じですが、お身体にはくれぐれもお気をつけくださいませ。
 
最後に私のクリスマスの様子を載っけておきます。ブログを書いたりこんなイラストを描けるくらいには元気です。くだらない話を思いついたらまた更新しようと思います。病は気からタイプなので、その方が早く元気になれそうな気がする。
 
それではみなさん、メリークリスマス!


最近、高級マンションの住人のふりをしている。こんなことを言うと、やれ関取ついにおかしくなっちまったかと言われそうだが、決してそんなことはない。

ある日、ポストに新築分譲マンションのチラシが入っていた。実物の写真ではなく完成予想イメージ図だったが、それはそれは爽やかな光の中にその建物は佇んでいた。まるで新海誠映画のポスターのような眩しさであった。

揺れる緑、陽の当たるベランダ、大きな窓の向こうには冴え渡る青空。外観イメージの上に添えられた文字は、「豊かな緑が奏でる、新しい暮らしの交響曲 〜シンフォニー〜 」みたいなことが書いてあった。

でね、こんなん見させられたらまあ気になるわけですよ。実物が。イメージ図と同じならばちゃんと感動するだろうし、あまりにもかけ離れていたら、それはそれで楽しいだろうし。

というわけで、見に行くことにした。歩くのは好きなので、多少距離はあっても散歩ついでに行けばいい。晴れた日であれば、チラシのイメージ通りの光景を見られる可能性も高い。

私はGoogleマップを頼りにひたすら歩を進めた。目的地が近づくにつれ、胸はどんどん高鳴った。もうそろそろか。いや、違うか。そんなことを繰り返しながらしばらく歩き続け、ちょうどひとやすみしたいと思ったその時だった。

ふと柔らかな風が私の頬を撫でたかと思えば、街路樹の緑たちが歌い出したのである。絡まり合う自然の旋律。そう、それはまさに。

顔を上げると、そこに佇んでいたのはあの高級マンションだった。圧巻のオーラ。本当にあった。まあ立派。超立派。

私は近くのベンチに腰掛けた。下から見上げると、あのイメージ図とほとんど一致した。そしてそんな私とマンションを、本当にめちゃくちゃ爽やかな光が照らしていた。マジでチラシのまんまじゃないか。目を閉じれば聴こえてくるのはそう、交響曲 〜シンフォニー〜 ……だったと思う。

しばらくその場に身を委ね、どれくらいの時が過ぎただろうか。あまりの心地よさに、だいぶ長居をしていたと思う。思えば、ぼーっとしている間に目の前を何人もの住人が通り過ぎた。と、そこで私は気づいてしまったのである。

明らかにここにふさわしくない格好を自分はしていると。

スニーカーに古着のカットオフデニム、そして上は"お散歩用"のニット。良く言えばセルフビンテージ、悪く言えば毛玉ちゃんパラダイスである。もちろんメガネ、眉毛はさすがに書いているもののすっぴん、髪の毛もセットしていない。

そんな私とは反対に、高級マンションに出入りする人たちは皆一様にオシャレであった。べつに着飾っているというわけではない。なのに、なんかいい感じなのである。「いえいえ、このニットはユニクロさんのですよ」とか言われるのかもしれないが、でもなんかとてもお上品なのである。シンプルなのに華があって、いい匂いがしそうなあの感じ。茶色いボトルに入ったオーガニックのハンドソープで手洗ってそう。絶対一家に一台ルンバある。洗濯機はドラム式。小型犬がおかえりしてくれる。晩酌はワイン。床暖房。ふとんは西川。化粧水はSK-Ⅱ。ちなみに私は無印良品。

散歩ついでとはいえ、住人の方もよく利用するであろうベンチに座っているのだ、たしかにもう少し身なりに気をつけるべきだった。せめて、「ここに住んでいる人の休日の気の抜けたファッション 〜ちょいと最寄りのベンチまで〜」くらいにはするべきだった。あれなんかちょっと「secret base 〜君がくれたもの〜」っぽいな。「Hello, Again 〜昔からある場所〜」っぽくもある。ぽくないか。とにかく、なので最近は反省を活かして、その散歩コースで行く時は、少し小綺麗な格好で出かけるようにしている。

そしたらね、みんな聞いてくれ。昨日ついに挨拶されたのだよ、住人の方に。「こんにちは〜」って。やりましたよ、関取。溶け込めたんですよ、ついに。やったった、あたい、やったったわよ!!

とかなんとか思って浮かれていたのだが、今これを書きながらよく考えてみたら、むしろあれは警戒のつもりでの挨拶だったのかもしれない。「あいつ、なんか最近変装して来てるぞ」と。だとしたらたしかにめちゃくちゃ怪しいじゃん。住人のみなさま、本当にそんなことはないんです。

仕事柄、洋服などの買い物は平日に行くことが多い。なぜならその方が圧倒的に街に人が少なく、のんびりゆったりショッピングを楽しむことができるからだ。しかし、そうすると店員さんにかなりの高確率で聞かれてしまうことがある。
 
「今日はお仕事お休みなんですか?」
 
これである。そりゃあ聞かれるのも無理はない。平日の昼間からデニムにスニーカーで、なんの時間に追われている様子もなく、優雅にショッピングを楽しんでいる人物がいたら、そりゃあ会社勤めじゃないことは一目瞭然である。
 
これが20代前半くらいまでの頃はまだよかった。「学生さんかな、今日は授業がないのかな」とでも思ってくれていたのだろう、そんなに聞かれることもなかった。しかし、さすがにもうそんな歳でもない。どう見たって仕事をしていなければならない年齢である。
 
じゃあそう聞かれた時にどう答えるかという話なのだが、とりあえず「あ、はい、今日は休みなんです」と、そこは本当のことを答える。

なぜなら過去に一度、「あ、今ぁ、仕事の休憩時間でぇ、お昼ご飯の前にぃ、ふらっと見にきただけなんですぅ」という、非常にしょうもない嘘を咄嗟についてしまったことがあるのだが、その割にガッツリ買い物モードに入ってしまい、時間なんて度外視で6本くらいデニムを試着し、正直どれもピンとはきていなかったが、結局なんとなくのうしろめたさからとりあえず一本買う(2万円くらいした)という、なんだかいろいろとなにやってんだお前な展開になってしまったことがあるからだ。それ以降は、そこだけはきっぱりと休みであると言うようにしている。
 
しかし問題は「あ、はい、今日は休みなんです」と答えたあとなのである。「いいですねえ、ゆっくり見ていってください」で終わればなんの問題もないのだが、平日の昼間で他のお客さんがいなかったりすると、さらにプラスして店員さんが社交的だったりすると、その後の会話に繋がってしまったりする。
 
「そうなんですねえ、普段はなんのお仕事されてるんですか?」
 
これが来たらやばい。途端に私の中のリトルどすこいちゃんは白目をひん剥いてしまう。だって、だってさ。「あ、普段はミュージシャンやってて(キラーン)」なんて、自分絶対言えないですもん。
 
「私のことわかります?」という無言の圧を出している感じがしないでもないし、なんか、「もっと掘り下げて聞いてくれていいんですよ?」というアピールっぽくもあるし、とにかく全身がむずがゆくなってしまうのだ。べつにそう答えるのが悪いことだとは全然思わないし、自分がミュージシャンであることを恥じているなんてこともない。ただここでそう答えることは、なんとなく私の美学には反する。
 
彼女(店員さん)の方から気づかれるほどにまで至っていない自分は、言うなればまだまだ修行の身。自分から名乗るなんてことはしたくないのであります。「いえいえ、私などまだ何者でもありませぬ、ただの流浪の民にござりまする」と、多くは語らず、しかし深みは持たせつつ、その場を音もなく立ち去るに限るのであります。

〜以下妄想〜
 
しかし、少ししてから彼女は知ることになるのです。それはとある冬のはじめのことでした。恋にやぶれ、すっかりがらんどうになったその心。ああ、誰とは言わないわ。何かで心を満たしたい。そんな時、ふと耳にしたメロディー。じんわりと沁み渡り、気づけば溢れ出した両の目からの流れ星。誰の歌なのかもわからない。でもどこか懐かしいその声に導かれるように、彼女は駆け込むのです。そう、渋谷のタワーレコードに。そしてスタッフさんに聞くのです。
 
「あの外のスクリーンで流れていた曲は、どなたの曲ですか?」
 
すると、スタッフさんは言うのです。
 
「ああ、関取花さんですね。あそこにコーナーがありますよ」
 
駆け出す彼女。向かうは「せ」の棚。商品ポップと共に、張り出されたアーティスト写真。大きな口でにんまりと笑うその顔を見て、彼女はようやく理解するのです。
 
「ああ、あの時の。まさかミュージシャンだったなんて。だから平日でもお買い物ができたのね……。」
 
C Dを抱きしめながら、すべてが順風満帆だったアパレルショップで働いていた頃を思い出し、泣き崩れその場に屈みこむ彼女。するとそこに、一人の影が近づいてくる。滲む視界の片隅に、ふと入り込んできたその足元は、見覚えのあるデニムとスニーカー。
 
「大丈夫ですか?」
 
ああ、そんなはずは。でもこの声は。思わず振り返ると、そこに立っていたのは……あたい(関取)。そして二人は、同じセリフを同時に呟き合うのです。
 
「今日はお仕事お休みなんですか?」

〜fin〜
 
ね、ほら、この方が物語として美しくないですか? そんなことないですか。そうですか。そうですね。
 
まあ何が言いたいかっていうと、とにかく困るのである。「今日はお仕事、お休みなんですか?」と聞かれると。
 
もちろん、先に述べた以外にも何度か嘘をついたことはある(本当にごめんなさい)。過去のバイト経験があるので、これなら最悪ツッコまれても対処できるぞと踏んで、「あ、そうです。普段は事務系の仕事です。」とかなんとか。でもそしたら、「え、ジム系ですか? 運動とかされるんですか? ちょっと意外です」と言われてしまい、「あ、事務です、パソコンとか使う系の……」と、嘘をついているくせに相手の言ったことを一丁前に訂正するという最悪の事態が起きてしまい、罪悪感MAXになったので、もうそういうのはやめた。やっぱり嘘ってよくない。

じゃあなんて答えたら丸くおさまるのか。答えは出ないままである。まああれですね、シンプルにもっと音楽頑張ります。

ああ、ついに聞いてしまった。できることなら聞きたくなかった。この世のどこかでそのような会話が繰り広げられていることはなんとなくわかっていたが、まさかリアルに聞く日が来るとは。
 
店員A「今日のおにぎり一個だけニキ、鮭だったわ」
店員B「マジか」
 
そう、私はたしかに聞いてしまったのである。『おにぎり一個だけニキ』というワードを。ちなみに一応説明しておくと、「ニキ」とは「アニキ」のことを意味する言葉で(「ネキ」は「アネキ」)、元はネット用語らしいのだが、最近の若い人なんかは割と普通に使っている印象がある。つまり『おにぎり一個だけニキ』とは、「おにぎり一個だけアニキ」ということになる。
 
とはいえ、コンビニでおにぎり一個だけ買う人なんてまあまあいるはずである。それなのに、なぜわざわざその人にだけ『おにぎり一個だけニキ』という名前をつける必要があるのか。何がそんなに特別なのか。私はまずそこを探るべく、この会話を慎重に紐解いてみることにした。そんな暇あるなら曲でも書けって話だが、それはまあちょっと忘れてください。
 
まず、「今日のおにぎり一個だけニキ」と言っていたことから、ニキはおそらく毎日来店するお客さんだということがわかる。続いて「鮭だったわ」のところだが、ここも結構ポイントである。「今日は鮭だった」ということは、「鮭じゃない日もある」ということだ。昆布、おかか、ツナマヨ、たらこ、納豆巻きなんかもいっちゃったりして。つまりニキは、決め打ちで同じ品を毎回買うのではなく、日替わりでおにぎりの具を変えてくるということになる。「おにぎり一個だけ」という期待にはきちんと応えつつ、予想を裏切ることも忘れないその姿勢がいいじゃないか。真摯さとお茶目さのバランスが絶妙だ。もう私の頭の中ではドラマ化決定してますから。おっちょこちょいなコンビニ店員と、毎日おにぎりを一個だけ買いにくるちょっと不思議なマイペースお兄さんとのラブコメディ。新火曜ドラマ「おにぎり一個だけニキ!」、よろしくどうぞ。私は絶対見ないけど。

とかなんとか書いたけど、本当は『おにぎり一個だけニキ』がどういう人物かなんてどうでもいいのだ(ごめん)。問題は、「コンビニの店員さんはよく来るお客さんにあだ名をつける」という、あるあるっぽいが実は今までコントの中でしか見たことのなかったそれを、この耳でたしかに聞いてしまったということである。きっと私にもあだ名がついているに違いない。だとしたらどんなあだ名なのか。うっかり聞いて傷つく前に、自分で先に考えておこうと思う。

近所のファミマでは、0キロカロリーコーラとフロランタンをよく買っている。冷静に考えると太りたいのか太りたくないのかよくわからないチョイスなので、たぶん『矛盾ネキ』とでも呼ばれているのだろう。やだな。たまに行くスタジオ近くのローソンでは、Lチキともちぷよを買う。まあ順当にいけば『Lぷよネキ』といったところか。これは"ゆきぽよ"みたいでかわいい。あと昔住んでいた家近くのセブンでは、蒙古タンメン中本のカップラーメンと冷凍汁なし麻辛麺をよく買っていた。店員さん読んでますか、私があの時の『中本ネキ』です。とまあこんな感じだろうか。だったらなんだよって話だが。ちなみに私の高校生の頃のあだ名はピクミン。理由はわからん。

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