少し前、近所の焼き鳥屋で一人で飲んでいた時のことである。

私はいつもカウンター席に座るのだが、その日は水曜日のダウンタウンの放送日だったので、店内のテレビが見やすいテーブル席に座っていた。そしてその向かいのテーブル席には、男女二人組が座っていた。サラリーマン風の男性と、OL風の女性で、どこにでもいる、小綺麗ないかにもお似合いな二人であった。

私と彼ら以外に他の客はおらず、店員さんも、ボーッとしながらテレビを見ていた。いよいよ、今週の「説」がはじまる、そんな時である。

男性の方が突然、「すみません、テレビ消してもらっても良いですか?」と言ったのである。

店員さんは少しびっくりした様子で、テレビを消した。私もびっくりすると同時に、水曜日のダウンタウンの続きが見れない悲しみと怒りに襲われた。しかし、いや、待てよ。少し考えてみると、そんな思いは消え去った。


きっと、これはプロポーズをするに違いない。

年齢的にも結婚のことを考えても良さそうな二人だ。地に足のついた、きちんとした職業にも就いていそうだ。たまに見つめあったりしていたし、去年の夏はあんなことしたよね、なんて話もしていた。きっとそれなりに長くお付き合いをしたんだろう、変にかしこまってレストランでプロポーズをするより、近所の焼き鳥屋の方が、彼ららしいのかもしれない。ひょっとしたら、初デートの場所の可能性だってある。私は他人のことながら、この歴史的な瞬間を逃すまいと、ビールを飲みながら耳をそば立てた。

すると案の定、男性の方が、これまでの二人の思い出や、彼女のどういうところが素晴らしいかを語り始めた。

高尾山に二人で登った時、俺よりも先にすいすい登っていく姿を見て、たくましいな、と思ったよ。料理は下手だけど、上手になったよね。3Dの映画を見に行ったのに、メガネをかけないで見たせいで気持ち悪くなって途中で出て行ったよね。

彼女の方は恥ずかしそうに、でも嬉しそうに、彼の話を頷きながら聞いていた。

そして、彼は大きく深呼吸をした。


来るぞ、来るぞ。

間違いない。次に来る言葉は「僕と結婚してください」に違いない。


見つめ合う二人。そして彼は言った。


「別れてほしい。」



その瞬間、店内の空気が凍りついた。キッチンから溢れ出す煙も、エアコンから吹き出る風も、回っていた換気扇も、一瞬にしてすべての動きを止めたように感じた。


彼女が口を開いた。


「…どうして?」


彼は饒舌に、君が悪いんじゃない、君はこんなに素敵でなんとかかんとかで、とかなんとか御託を並べて、でも結果、要約すれば、ほかに好きな人ができた、ということだった。

彼女は泣いていた。そりゃそうだ。あれだけ褒め称えられて、最後のセリフがこれだ。あんまりだ。

店員さんは、テレビのリモコンをいじいじしながら、気まずそうにしていた。私は内心、頼むからテレビを、水曜日のダウンタウンをつけてくれ、と願った。もうこの空気をぶっ壊せるのは、ダウンタウンのお二人しかいない、と。

しかしもちろん、そんなこと勝手にできるわけもなく、このとんでもない空気が流れる店内には、女性が鼻をすする音と、男性のため息だけが聞こえていた。

しばらくして、女性は、「わかった、少し考えたいから時間をください。今日はもう帰って。」と言った。

男性は頷いて、女性を置いたまま席を立った。すると店員さんが、やや尖った声でこう言った。「お会計お願いします。」これはグッジョブである。これで女性の方が男性のぶんのお会計までしたら、なんかもうやりきれなさ過ぎて私まで泣けてくる。男性は気まずそうに会計を済まし、店を出た。

男性が出てからすぐに、女性はビールを注文した。そして、「あ、テレビ、つけてください!」と言った。

テレビ画面にはダウンタウンのお二人。「説」を見ていない私でも思わず笑ってしまうような、ボケツッコミを繰り広げていた。

さっきまで泣いたいた女性も、笑っていた。

そして、リモコンを持っていた店員さんが、厨房の奥にいるもう一人の店員さんに向かって、爽やかな笑顔でこう言った。



「やっぱD.Tっすよね」




待って

なに、D.Tって



まさかのこの店員さん、超ナチュラルに、ダウンタウンをD.Tと略したのである。完全にE.Tの発音で。うそだろ。ダウンタウンは、ダウンタウンだろ。ていうか、


「やっぱダウンタウンっすよね」
〜Fin〜


これでよかったじゃないか。そしたらこの夜の一連の流れ、凄い綺麗な終わり方ができたじゃないか。なぜ。なぜそこで謎の略語。最後の最後で、私は煮え切らない気持ちになった。モヤモヤしすぎて、ビールを少しこぼした。


それからと言うものの、私の頭の中では、ずっとこの説が渦巻いている。




「ダウンタウンのことをD.Tって略するやつ、他にいない説」




 

皆さんのまわりに誰かいたら、ぜひご一報ください。


(話の流れ的に一部、敬称略にさせていただきました。すみません。)