月別アーカイブ / 2017年06月

約一年間、パーソナリティを務めさせていただいていた番組が二つ、今月末で放送終了となった。

一つは、FMyokohama「帰ってきたどすこいラジオ」という番組である。これは、以前同局で放送していた「どすこいラジオ」という番組が、月日を経て奇跡的に復活したもので、大枠は変えずに、コーナーなどをプチリニューアルして放送してきた。毎週月曜日の深夜24時からの放送ということもあり、また長い一週間が始まってしまった……と少し憂鬱な気分になるこの時間帯を、どうにか楽しいものにできないかと、とにかくなんでも笑い話にして話そうと決めていた。日頃の自分のどうしようもない失敗談や、深夜につい自分がいつも食べてしまうデブ飯の話などを聞いて、一人でも多くの人が、「こいつ(関取)本当ダメなやつだな、さすがにこいつよりはマシな一週間送れるぜ」と思って笑ってくれたら、本望だと思った。

ミュージシャンというのは、音楽性は勿論の事、思想やファッションなども含め、本来憧れられるべき存在なのかもしれない。それで言うと、ラジオで話していた私の話を聞いて、私に憧れる人なんていないと思う。どこに、冷凍チャーハンを冷凍のまま食べる女に憧れる人がいるだろうか。どこに、白米にラードをワンバウンドさせてそこに醤油を垂らしたものを深夜にかきこみたいという女に憧れる人がいるだろうか。どこに、好きだった人から三国志のラインスタンプしか返って来なくなった女に憧れる人がいるだろうか。あらためて思い返すと、本当にクズエピソードばかりである。

しかし、そんなひどい話を話していたおかげなのか、なんだこいつと思ったのか、物好きが多いのか、ラジオきっかけでライブに来てくれる人が、この一年ですごく増えた。そしてたくさんの人が、「めっちゃあの話わかります」とか、「私もこういうことやっちゃうんです」とか、くだらない話を気軽にしてくれるようになった。私はそれが本当に嬉しくて、「憧れられるミュージシャンもいいけど、なんかこいつ自分に似てるなって思われるようなやつがいても良いのかもな」、と思えるようになった。この番組のおかげで、自分のことを少しだけ、好きになることができた。

もう一つは、i-dioというメディアで放送してきた、TS ONE MUSIC ARROWS「水曜日の土俵際」という番組である。こちらでは、「帰ってきたどすこいラジオ」では意識してあえて話さないでいた、真面目に音楽の話をするコーナーを、毎回必ず設けることにしていた。(ちなみにその他のコーナーは、基本的にはどうしようもない話である。)
i-dioは、アプリで聴けるラジオのようなものなのだが、とても音質が良い。なので、普段自分がレコードで聴くような曲や、ライブで聴いて感動した曲、影響を受けた曲などを率先して紹介した。放送を聴ける時はなるべく自分でも聴いていたのだが、このコーナーでの自分は、酒に酔って少し饒舌になっている時みたいで、ちょっとウザいけど、割と好きだった。クソまじめに、この人の何がすごいだの、この曲のBメロのどこがやばいだの、熱苦しいくらい嬉しそうに話す自分は、青春時代、夢中になっているものについて友人と語り合ったあの頃の様だった。自分はやはり音楽が大好きなんだということを、あらためて実感することができた。


そもそも、「帰ってきたどすこいラジオ」の前身番組である「どすこいラジオ」を始めた時の私は、あまりライブなどでも喋る方ではなかった。どちらかというと、始めに自己紹介をしたら、訥々とライブをして、最後にライブ告知だけをするようなタイプだった。とにかく今よりも暗かったし、誰にも自分のことなんてわかりっこないと思っているタイプだった。そんなこんなで勝手にストレスを溜めていたのか、ある時から徐々に声が上手に出せなくなってしまった。原因は、自分でもわからない。声のイップスみたいなものだったのだと思う。耳鼻咽喉科に行っても、わざわざ電車を乗り継いで専門医に声帯を見てもらっても、どこに行っても言われることは「異常なし」。それなのに、日に日に歌の音程は取れなくなって行った。ライブをするのがとても怖くて、出番直前に、「やりたくない」と泣いたことも何度もあった。

そんな時にたまたま、ラジオの話があった。もう何をやっても八方塞がりのような状態だったので、藁にもすがる思いで、とにかくやってみることにした。ディレクターさんに一つ一つ教わりながら、ガチガチで録った初回のことは、よく覚えている。あとから放送を聞いてみたら、自分の話し声の暗さに驚いた。どんなに明るく話そうとしても、とにかく暗い。こんなやつの話や歌、誰も聞きたくないぞ、と思った。そこからは、歌が上手に歌えないなら、せめて話だけでも、このラジオだけでも頑張ろうと思うようになった。そして、何か面白そうな話題はないかと日課のように探すようになってからは、毎日が少し楽しくなった。
ライブでも、今日は声が震えて歌が思うように歌えそうにないと思う日には、曲数を減らして、その分MCを増やす事にした。どんなに気分が重いライブの日でも、思い切って、「そういえば全然関係ないけどちょっと聞いてくださいよ、この前ね」と話し出してみる事にした。どうしようもない話でも、その場にいる人が笑ってくれて場の空気が和むのを感じると、ホッとした。そして、そのMCの次にやる曲は、割と良い感じで歌えることに気付いた。そうやって少しずつ、自分との付き合い方を知って、またライブが好きになって行った。

しばらくして「どすこいラジオ」は終了したが、すっかりラジオの虜になってしまった私は、ラジオがやりたすぎてライブのMCもラジオ感覚で話すようになった。喋りすぎて退館時間ギリギリになることもあった。そんなとこをしているうちに、いつかまた自分の番組がやりたいという思いはどんどん強くなって行った。今だったらあの頃よりもう少し良い番組にできるかもしれないと思った。そしてそんな中、また「ラジオをやらないか」という話があり、FMyokohama「帰ってきたどすこいラジオ」が始まったのである。

ある時(初めての出演はいつだったかちょっと記憶が曖昧なのだが)、FMyokohama仲間ということで、wacciの橋口洋平さんがパーソナリティを務める、YOKOHAMA RADIO APARTMENT「ドア開けてます!」という番組にゲスト出演させていただくことになった。今でこそライブでご一緒させていただいたり、恋愛相談までさせていただいたりと、自分にとってお兄ちゃんのような存在の橋口さんと知り合えたのも、ラジオのおかげなのである。初めて番組にお邪魔した時から本当に楽しくて、ブース内にいる私たちは勿論、ブース外にいるディレクターさんも手を叩いて笑いながら聞いてくれていた。それから、何度もゲストとして呼んでいただき、その度に涙が出るほど爆笑して、そのあとにはきちんと音楽の話もして、毎回帰りたくないくらいだった。「何かあったらいつでも呼んでくださいね!」と冗談でいつもディレクターさんに話していた。そしてしばらく経ったある日、何を隠そうこの橋口さんの番組のディレクターさんが、「ちょっと、その"何か"なんだけどさ」と、i-dio TS ONEでのパーソナリティをやってみないかと、話を持ってきてくれたのである。

そんなこんなで、本当に色々なきっかけや人々に救われながら、この一年間、私は二つの番組をやらせてただいていた。星の数ほどいるミュージシャンの中で、自分のようなまだまだこれからの人間が、二つも番組をやらせていただくなんて、本当に奇跡みたいな話だと思う。数字的に言えば、きっともっと有名な人がやった方が良かったのだと思う。でも、終了してしまった今だからこそ言えるのかもしれないが、胸を張って、どちらも本当に良い番組だったと言える。勿論、もっとあんなことをしてみれば良かったとか、願わくば生放送だったらとか、考え始めたらキリはない。でも、それはまたいつかの楽しみにとっておこうと思う。

正直今は、スケジュール帳に収録予定がないのを見ると、胸にぽっかり穴が空いたような気持ちになる。どれほどそれが自分にとって大事な物だったかというのは、失った時初めて気付くとよく言うが、まさにその通りである。

もしいつか、また自分の番組ができる時が来るなら、その時は、もっとたくさんの人に聞いて貰えるような人間になっていないとな、と思う。そのために今は、がんがん曲を作って、ばんばんライブをして、どんどん成長して行かねばならない。酒ばっか飲んでいる暇はないぞ、自分よ。あと、面白い事探しも忘れずに。人生なんてネタ探しなのだから!


最後になりましたが、「帰ってきたどすこいラジオ」と「水曜日の土俵際」両番組のディレクターさん、その他のスタッフの方々、そして何より、聞いて下さっていたリスナーの皆さん、一年間、本当にありがとうございました。

とりあえず今度はライブで会いましょう!

電車の吊り広告を見るのが好きなのである。

天気の良い日に電車に乗っていると、窓から差し込む光に思わずうっとりしてしまうことがある。ああ、なんだか爽やかなCMのワンシーンにありそうだな、と思ったりする。アイロンがビシッとかかったシャツを着たサラリーマンの方を見かけては、しっかりした奥様がいらっしゃるんだろうな、とその家庭を想像し、窓の外を覗き込む小学生を見ては、その子の明るい未来を勝手に思い描いてみたりする。

そんな時に、吊り広告がふと目に入ると、途端に現実に引き戻される。先ほどまで何事に対しても優しくなりかけていた自分の思想や視点が、ぐるりと元に戻って行く。

女性誌やゴシップ系の週刊誌(文字多めのもの、週刊文春など)も好きなのだが、私が愛してやまないのは、グラビア系の週刊誌の吊り広告である。

なぜかというと、グラビア系の週刊誌は、普段絶対に読まないからである。さすがにコンビニで一人、プレイボーイのグラビアをガン見しながら立ち読みする勇気はないし、かといって買うのもな、と思う。やはりなんだかんだ言っても私はただの女子なので、わざわざ買って、自宅で美しい女体の写真を眺めても、なんというか、何もスッキリはしない。

だから、吊り広告がちょうど良いのである。おっ、あのアイドルの子って水着になると意外とグラマラスなのね、とか、あら、この子最近ドラマでよく見るけど、本業はグラビアアイドルだったのね、とか、それくらいの感じで見るのが良いのである。限られた電車の乗車時間との相性も、抜群である。

そんな感じなので、決してグラビアに詳しいわけでもなんでもないのだが、なんとなく、そうやって吊り広告なんかでたまに見ていると、やはり最近のグラビアのトレンドは、清純そうな色の白い女の子なのかな、と思ったりする。胸がバーン!という感じではなく、本当に、浅瀬で麦わら帽子をかぶりながら、キャッキャとはしゃいでいそうな感じとでも言おうか。風に吹かれながら振り向きざまに見せるキュートな笑顔、みたいな写真をよく見かける。

しかし個人的には、そういった小動物系の女の子の可愛いグラビアよりも、挑発的なエロいお姉さんのグラビアが好きなのである。

小学生の頃、電車に乗っていた時に、プレイボーイか何かの吊り広告を見た。その当時は、井上和香さんとか、小池栄子さんとか、佐藤江梨子さんとか、MEGUMIさんとか、いわゆるイエローキャブ系のお姉様たちが、グラビア界の先頭を走っていた時期だった。そういったお姉様たちのグラビアは決まって、笑顔というよりは、常に「かかってきなさいよ」とでも言ってきそうな目つきをしていた。シンプルな単色の水着なのに、鎧のように見えた。一筋縄では行かない、たくましく、肝の座った女戦士のように見えた。なんだかかっこいいな、と純粋に思ったのを、今でも覚えている。

いろいろと表現の仕方はあると思うのだが、幼心に、これはエロい、と思った。辞書的な意味は置いといて、あくまでも私の中の勝手なイメージだが、性的な意味というよりかは、生き様から来る色気、みたいなものを物凄く感じたのだ。

あの当時、電車に乗っていた小学生男子たちは、こぞってそんなグラビアの吊り広告を見上げていた。その表情に台詞をつけるとしたら、間違いなく「スゲェ」だっただろう。その「スゲェ」には男子としていろんな意味が込められていたとは思うが、でも、やはり何か圧倒されるものがあったのは間違いないはずである。

もし今の時代に、あのお姉様たちのグラビアが載った吊り広告がぶら下がっていたら、どうなんだろうか。今は、何かにつけてウルサイことを言う人がいるだろうから、「子供も乗る電車に、こんな広告いけません!」とか苦情が来たりするんだろうか。というか、そんな時代になってしまったから、グラビアの流行も、エロいお姉様たちからキュートなアイドル系の女の子にシフトして行ったのだろうか。だとしたら、なんだか寂しいなあ。

当たり障りのない柔らかい雰囲気も大切だとは思うが、攻撃的で挑発的な雰囲気も、絶対に忘れてはならないな、と思う。それはグラビアに限らず、全てにおいて言えるだろう。「優しくなりすぎない」という美学は、何事に対しても、忘れずに持っていたい。

なんだかそれっぽい感じでまとめてみたが、これはただの吊り広告の話で、さらに、要約すると、私はエロいお姉さんのグラビアが好きだというだけの話である。それをよくもまあこんなに長々と。自分で自分にいささか呆れる。


……いや、今すごく暇なんですよ。新幹線って乗っている時間も長いし、 あとほら、吊り広告もないし。



一人暮らしを始めてから、警戒心が高まり、何かとビビりになったなぁと思う。特に、予期せぬ音には異常にびっくりしてしまう。

つい先日も、部屋のどこかから、急に変な音が聞こえてきた。

ベコッ

ボンッ

そして私は部屋中を見回した。目に見える範囲には、特に異常はない。いやしかし、待てよ。

クローゼットの中に、あるいはベッドの下に、もしかしたら換気扇の穴の向こうに、実は長いこと誰かが住み着いていたのだとしたら。実はそいつに日々見つめられながら過ごしていたのだとしたら。今聞こえたのは、うっかりそいつが身体のバランスを崩して、どこかにぶつかってしまったせいで鳴った音だとしたら。…怖い、怖すぎる。

そんなことを考えているうちに、再び変な音が聞こえてきた。

バリッ

意を決して音の方を振り向くと、そこにあるのは一本のペットボトルであった。なるほど、と私は胸を撫で下ろした。

昨夜、一人酒が進みすぎて、寝る前に飲んだ水のペットボトルを、無意識のうちに冷凍庫に入れてしまっていた。そして朝になって、そいつをシンクのところで自然解凍していたのだ。

そう、さきほどの音は、凍った中身が溶け始めて、固まったペットボトルが元通りの形に戻る時の音だったのだ。いやはや、誰かがこの部屋にいるかもだなんて、少し考え過ぎてしまったなぁと、自分に半ば呆れつつボーッとしていると、突然部屋のインターホンが鳴った。

ピンポーン

時計を見ると、まだ午前7時であった。こんな時間に誰だろうか。ネットで何かを注文した覚えもないし、実家や事務所から何かが送られてくる時には必ず事前に連絡が来るはずだし、その他だとしても、この時間から突然訪ねて来るなんて、おかしい。

私の住んでいるところは、画面付きのインターホンではなく、音声のみ、受話器のみのタイプである。しかし、これに出てしまえばもう居留守は使えない。さて、どうしたものか。ドアの穴から向こう側を見ても良いのだが、気配を悟られてしまったら、やはり居留守は使えない。どうする、どうするよ。 

その時である。再びペットボトルが音を立てた。

ゴリッ

そして私は思わず声をあげてしまった。

ヒャ!!

しまった! せっかく息をひそめながら作戦を練っていたのに、すべてが水の泡ではないか。しかし、やはりインターホンに出るのは怖い。ならば、今思わず出てしまった悲鳴を活用するしかない。

…そうだ!

悲鳴がたくさん聴こえる、とにかくやばいヤツが住んでいる部屋だと思わせれば良いのではないか。

私は咄嗟に「女性 悲鳴 効果音」をスマホで検索し、インターホンの受話器を手に取り、その話口に向かってその効果音を流すことにした。

キャー!

イヤァアアアアア!!

Oh,God!!!

これで大丈夫なはずだ。ラストに洋モノまで取り揃えたんだぞ。これを聞けば、ドアの向こうにいる誰かも、恐怖におののき退散すること間違いなしだ。我ながらいいアイデアだと思った。

数秒の沈黙の後、コトリ、と玄関のポストに何かが落ちる音がした。受話器の向こう側では、立ち去る足音。

…勝った。

謎の勝利を確信した私は、ポストに入れられたブツを確認しに行った。すると、そこにあったのは、安っぽい一枚の紙であった。


〜いま、毎日しあわせですか?〜
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明らかに少し怪しめの勧誘チラシだった。やはり安易に出なくてよかった。(後にわかったことだが、近所の一軒家のポストからも同じチラシが見えていたので、どうやら一軒一軒まわって勧誘していたらしかった。)

しかし、ふと思った。

もし、さきほど流した悲鳴を、本当の私の悲鳴だと思って聞いていたとしたら、むしろ「物凄く悩んでいるやつ」だと思われて、またやって来るのではないか。そんなこんなで最近の私は、以前にも増して、いちいち何かとビビりながら生活している次第である。でも今のところ、その後特に音沙汰はないし、大丈夫そうかな。

まあでも、なんだって良いんですけどね。
色々あるけどとりあえず、いま、毎日しあわせですから。




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