月別アーカイブ / 2016年10月

私は今、東京へ向かう新幹線の中にいる。

昨日、今日は東北キャンペーンだった。わずか二日間しか滞在できなかったが、東北の空気はとても澄んでいる気がした。キャンペーン中に出会った方々の素晴らしい人柄のイメージが重なったせいもあるかもしれないが、確かにそう感じたのだった。そして、あれ、東京はどんな空気だったかなと考えた。漠然と頭の中にはあるのだが、それを表す良い言葉がすぐに思い浮かばない。人が多いとか、うるさいとか、そういったことは言えるのだが、「空気」となると、少し難しいのだ。皆さんなら何を思い浮かべるだろうか。

私はすぐに、渋谷のハチ公前が思い浮かんだ。更に言うと、ハチ公横の喫煙所の前を通り過ぎた時の空気である。

ハチ公横の喫煙所には、いつもたくさんの人がいる。一人でタバコを吸っている人もいれば、複数人で談笑しながら吸っている人もいる。喫煙所の前を通り過ぎると、タバコの匂いがもわっと漂ってくる。しかし、それも人混みに紛れてすぐに消えてしまう。タバコの匂いと濁った雑踏の匂いが混ざったあの空気こそ、私の思い浮かべる東京の空気なのである。

先日、ハチ公横の喫煙所で、ヤンチャそうなお兄さんが電子タバコを吸っているところを見かけた。男は黙ってタバコだろ、と言わんばかりの、いかにもイカツイタバコを好みそうなルックスなのに、きちんと喫煙所で、しかも電子タバコを吸っているその姿には、違和感を感じた。健康上の理由なのかもしれないが、なんとなくそのお兄さんには、タバコを吸っていて欲しかった。

私は、タバコを吸ったことがない。くわえたことさえない。歌を歌っていく限り、今のところはこの先も吸うつもりはない。だから、タバコのことは本当に何も知らない。でも、だからこそタバコには興味がある。というか、少し幻想を抱いている部分さえある。

学生の頃仲の良かった女の子の友達は、タバコを吸っていた。田舎から出てきたちょっとギャルっぽい子で、下ネタしか話さないし、危なっかしいことするしで最後の最後までよくわからないところもたくさんあったが、それでも私は彼女がとても好きだった。

彼女の家には何度か遊びに行ったことがある。ハート型の、安っぽい無駄にでかい灰皿がベランダにあったのを今でも覚えている。彼女は綺麗好きだったので、部屋の中ではタバコは吸わなかった。吸う時は、窓を半分だけ開けて、身体を半分だけ外に出して吸うのだった。どこともつかないどこかをぼんやり見ながら、フーッと煙を吐き出すその姿が、私は好きだった。

大人に言わせれば、ただ粋がっているだけなのかもしれないが、タバコを吸う時の彼女の横顔は、なんだか寂しそうで、虚しそうで、からっぽで、ちょっと色っぽかった。喫茶店や外で吸うところは何度も見ているはずなのに、部屋で吸う時の彼女は、やっぱり少し特別だった。
 
窓の外、ベランダの宙に浮くタバコの先は、蛍みたいだった。窓の外の真っ暗闇の中で、そいつは赤く光る。少しずつ弱々しくなって、小さくなって、そして灰になる。それがなんだか、普段は強がっている彼女の見せる弱さと重なる気がした。強がりなんて、長くは続かないものなのだ。少しずつ疲れて、いつかは誰かに弱さを晒して、きっといつか消えてしまうのだ。でも、それはなんとも言えず美しかったりもするのだ。今思えば、強がりの彼女が、自分を強く見せるために吸っているタバコの中に、私は彼女の弱さを見つけたような気がして、なんだか勝手に安心していたのかもしれない。

彼女は私と同い年なので、もうすっかり社会人である。社会人になってからは会っていないが、SNSで見る限り元気そうだ。パーティをしたり、美味しいものを食べたり、好きな服を買ったりして、どうやら充実した毎日を送っているようである。写真の中の彼女は、いつだって満たされた顔で笑っている。表情も、柔らかくなった。そんな彼女の写真を見ながら、私はたまに考える。

彼女、今でもタバコを吸っているのだろうか。ひとりぼっちの夜には蛍を宙に浮かべたりするのだろうか。

私はやっぱり何も知らない。タバコのことも、彼女のことも。

ちょっと飲みに行こうぜ、と言ってサクッと会えばそんなことすぐにわかることなのだが、なんだか知らないままでいたい自分もいる。本当に勝手な話なのだが、今でもやっぱり強がっていて欲しいのだ。強がっている姿の中に、弱さを見つけたいのだ。勝手に安心したいだけなのかもしれない。でも、東京の街の入り組んだ空気は、そうやって出来ていると思うのだ。それが東京の空気の嫌いなところで、好きなところなのだ。

新幹線は間も無く大宮に到着する。一眠りして、眼が覚める頃には、東京だ。 

東京は、今日もたくさんの人だろう。私はあいにく荷物も多い。それでも、電車に乗ったら、ゆっくり窓の外を眺めて帰ろうと思う。あの子がどこかで蛍を浮かべているかもしれない。


父の話をしようと思う。

このブログはもちろん、ライブのMCやラジオ番組で、私はよく母の話をする。
母は明るくて天真爛漫、お洒落で茶目っ気があって、娘の私が言うのも難だが、まるで少女のような女性だ。泣いたり笑ったり怒ったり、母はいつも忙しい。だからこそとんでもないエピソードを生む天才でもある。母の無自覚な面白さと可愛らしさは、娘として25年間一緒に過ごした今でも、いつだって新鮮だ。

それに対して、父はそういったタイプではない。男は背中で語る、とでも言おうか、読書と山と卓球が好きで、多分、同じくらい仕事も好きな人である。朝早くに家を出て、夜遅くに帰ってくる。どんなに忙しくても、家には絶対仕事を持ち込まない。休日には必ず家族をどこかに連れて行ってくれる、そんな人だ。
私は心の底から父を尊敬している。娘として25年間一緒に過ごした今でも、恥ずかしげもなく声を大にして言える。「私は結婚するならお父さんみたいな人がいい!」と。

今でこそ両親へのこんな気持ちをこうして綴れるようになった私だが、反抗期が長く、相当な迷惑をかけてきた。私の反抗期のあらゆる勝手な怒りの理由は、主に「あなたがそんなに正しいんですか」「私の何を知っているんですか」というところにあった。反抗期あるあると言えばそうなのかもしれないが、まったく理不尽な話である。そもそも、自分を俯瞰して見れていないやつが言えるセリフではない。親の方がよっぽど子供の微妙な変化に気づいていたはずなのだ。しかし親の心子知らず、当時はそれが気に食わなかったのだった。

母は、そんな私に全力でぶつかってくるタイプだった。感情論と感情論でぶつかり合うから、論点がどんどんずれてきて、大混戦、あるいは長期冷戦になることもあった。私と母はよく似ていて、もう来るとこまで来るとただの意地の張り合いで、お互い一歩も譲らないタチなので、本当にどうしようもなくなるのだった。

そんな時に、スッと現れるのが父だった。父は、決して私と母の戦いをただ遠くから眺めていたわけではない。二人まとめて相手にしても埒があかないとわかっているから、一人ずつ呼び出して、論点を整理してお互いの悪いところを気づかせて、最終的には私と母がきちんと二人で解決できるように持って行ってくれていたのだった。勿論それでも上手くいかない時には、父もさすがに、「いい加減にしてくれよ!」となっていたが、そんな父を見ると私も母も、素直に「ごめんなさい」となるのだった。父はいつだってかっこよかった。弱味なんて、見つけようがなかった。

反抗期真っ盛りの高校何年生かのある日のこと、私は小さな嘘をついた。
親類が入院することになり、その日私はお見舞いに行く予定だったのだが、「どうせ死ぬわけじゃないんだし」とか、「ちょっとめんどくさいな」とかそういった理由で、お見舞いに行かなかったのだ。必ず行く、絶対に行くよ、と言って家を出て、横浜の駅でどうしようもなく行きたくなくなって、適当に時間をつぶして、そのまま家に帰ったのだった。 
その日は休日で、帰ると父が家にいた。「お見舞い行ったか?」と聞かれ、私は目も合わさずに、「行ったよ、喜んでた。思ってたより元気そうだったよ。」などとまた嘘で嘘を塗り固めた。病院までの移動時間、滞在時間、そのすべてを計算して家に帰ってきたはずだった。絶対にバレないと思っていた。しかし、ささいなことから、ハリボテの作り話はあっけなく崩壊へ向かったのだった。

私は、何の気なしにその日書店で買った本のレシートをピアノの上に置いた。父がそれをたまたま発見してしまったのである。レシートには、本を購入した時刻が書いてあった。どう考えても、その時間にその本屋にいるということは、お見舞いにきちんと行っていたらありえないことだった。

「ちょっといいか」父に呼び出された私は、父の寝室に向かった。嫌な予感はしたが、まさかバレるはずがないと思っていたので、悪気のない顔で「何さ」と言った。「わかってるだろ」と、言いながら、父はレシートを差し出した。それ以上の説明はいらなかった。ああ、終わった、と思った。もし相手が母だったら、適当なことを引き合いに出して、感情論で戦いに持ち込んで、話をずらしてごまかしていたかもしれない。しかし、相手は父だ。そんな小手先の戦い方したって、敵いっこないのだ。私は半ばヤケクソになりながら、すべて正直に話した。
本屋で時間を潰したこと、めんどくさいと思ってしまったこと、そしてそんなのみんな絶対少しは思っているはずなのに、口に出さないことへの違和感を感じていること。今になって思えば、まさに10代の反抗期らしい感情である。怒られると思った。正しさを押し付けられると思った。

しかし、そんな小娘の私に対して、父は声を荒げることもなく、静かに口を開いて、「俺だってそんなにいいやつじゃないから、そう思ってしまうことも正直あるよ」と言ったのだった。続けて、「そう思うのも人間だし、そこでぐっとこらえて、たとえ形式に思えてもちゃんと行ってあげるのも、それもまた人間なんだよ、うまく言えないけど」と。あまりにも不器用に、うまく言葉にできないことを訥々と話すその様子は、初めて見る父の姿だった。「俺だってそんなにいいやつじゃない」と言い、娘にきちんと弱さを見せられる父の姿は、なんだかとても新鮮で、でも、かっこいいと思った。プライドや正しさを取っ払った、それこそ、うまく言えないけれど、父の、人間を初めて見た気がした。私はその言葉を聞いて、なぜか安心するのやら何やらで涙が止まらなかった。そしてそのあと、これまでついてきた小さな嘘や、疑問に思っていることなんかを、何時間もかけて聞いてもらった。父は同じ目線になって話を聞いてくれたし、理解もしてくれたし、勿論きちんと叱ってくれた。世界一の父親だと思った。

今では、二人で飲みに行ったりもするような仲だ。つい数日前も、ちょっとしたことで電話をしたのだが、結局1時間半くらい話し込んでしまった。私が思っている疑問や、上手くいかないことを相談すると、「ああ、それか。わかるけど、それはね」と、人間らしいアドバイスをくれるから、ついつい話しすぎてしまう。最近では、父の方からたまに相談してくれることもある。こんなに嬉しいことはない。

今月、10月22日は、父の誕生日である。気づけば50歳もとっくに超え、最近では糖質に気を使って、何やらいよいよ本格的に健康を意識し始めたようだが、何分真面目な人だから、もう少し気を抜いても良いのに、と思ったりもする。暇が合えば、また一緒にビールが飲みたい。

ちなみに、母の誕生日は12月22日である。二人の誕生日の間を取ると、11月22日、「良い夫婦の日」になることを、二人は知っているのだろうか。ずっと気になっているのだが、これは聞かないでおこうと思う。うまく言えないけれど。

そんなこんなで、10月になってしまったのである。今年も残りあと三ヶ月だと思うと、あっという間だったなぁなどと早くも今年の総括に入りたくなってしまうのだが、秋がやっとはじまったばかりだと考えると、まだそれをするには早いと気づく。何にせよ秋は好きだ。「秋」という大義名分がある。


毎年、少し肌寒くなってくるこの季節になると、私は夜な夜な芋を蒸す癖がある。「秋だし、とりあえずさつまいも行っとくか」みたいなノリではじめたのだが、蒸されて行くさつまいもの色がどんどん鮮やかになっていくのは、季節の移り変わりみたいでちょっと綺麗だったりするのだ。(まぁそんなことは今とってつけた話で、結局は「芋っしょ、食欲の秋っしょ、行っとくっしょ」、それだけである。)

そんなわけで、「来る冬に向けて栄養を蓄えるための秋なのだ。とにかく食欲の秋なのだ。」などというクズ理論で自分を甘やかしながらこれまで過ごしてきたわけだが、今年はそろそろ、なんとかせねばと思っている次第である。

先日、いつものように芸能ゴシップを求めて本屋に向かった。その本屋は、いつもは自動ドアを入ってすぐ右手に週刊誌があるのだが、配置を変えたようで、そこには女性誌が並んでいた。なんとなく流れで女性誌を立ち読みしてみると、どの雑誌にも「秋のヘアメイク特集」なるものが組まれていた。そこで気づいたのである。「そうか、世の女性は季節に応じてメイクを変えたりもするのか…」自分がいかに普段そういった女心的なものを忘れて過ごしていたかを痛感した。

しかし、まるまる雑誌に載っている秋のヘアメイクを私が真似したって、似合うわけがない。いきなりボルドーの口紅をべったり塗ったら、何の罰ゲームだよってな話である。

雑誌を読み進めると、秋のヘアケア特集というものがあった。「夏よりもトーンダウンした髪色、艶やかに見せるためには丁寧なブローが大事」と書いてあった。



はて…ブローとは…?


いや、ブローが何をすることかはわかるのである。美容院でいつもやってもらうやつだ。ロールブラシを片手に、ドライヤーをもう片手に持って、こう、なんかあれするやつだ。あれ、家でも普通やるもんなのか。

思い返せば、私はブローどころか普通に髪を梳かすことさえ、しばらくまともにしていなかった。途中にマイナーチェンジはあったにせよ、ボブヘアにしたのが15歳、かれこれ10年間、なんとなくずっと内巻きのボブヘアである。しかし、ブローなんてしなくても、それっぽくできていたつもりでいた。手櫛で充分だと思っていた。たまに梳かすにしても、ホテルにある網目の荒いほぼ気休めみたいなブラシでいいと思っていた。なんなら、ホテルのブラシで髪を梳かした日にゃ、「わたし今日ちょっと髪とか梳かして浮かれてないか…」とさえ思っていた。しかし違うのだ。10年間、わたしは楽チンなボブに甘えて何もしてこなかっただけなのだ。

これはいけないと思った。どうりで恋人ができないわけである。どうりで「べつに」ができるわけである。僻んでばかりはいられない、ここらで一発、あたい、生まれ変わる!!一念発起した私は、早速ブローブラシを買いに行くことにした。



〜いざ、ダイソーへ〜




ダイソーへ着いてすぐ、私は櫛やブラシを扱うコーナーに向かった。あるある、並んでいるではないか、ブローブラシが。よし、せっかくのブローデビューだ、ここは奮発しよう。ということで、私は200円のブラシを買った。
 
それからドラッグストアで、ブローミストも買った。そして家に帰って、これからどこに出かけるでもないのに、ブローの練習をした。

私は驚いた。200円のブローブラシを使っただけで、髪にこれまでどう頑張っても出なかった清潔感が漂った気がした。何しろロールブラシに髪がからまりながらほどけていくあの感覚には、すぐにやみつきになった。

それからというものの、私はほぼ毎日ブローをするようになった。もはや日課になりつつある。きちんと上手にできているわけではないし、おそらく周りの人には気づいてもらえない程度のことなのだが、少し生まれ変われたような気さえするのはなぜだろうか。

私みたいなやつが女性らしくすることは気持ち悪いことだと思っていたのだが、どんなに強がっても所詮ただの女なので、ちょっとしたことで気分は上がってしまうものである。ウェってなりながらも、まぁ悪くないかと思ったりする。ひどい二日酔いで目覚めた時の朝、朝日が綺麗でなんだかまぁ悪くないかな、と思う感覚に似ているのかもしれない。

とりあえずブローブラシを買うとなった時にとりあえずダイソーに行ってしまうあたりが本当にまだまだダメダメなのだが、これから少しずつ克服して行こうと思う。


と、ここまで書いたところで、以前にも同じようなことを書いたことがあったなぁと思い返したら、やっぱりあった。
そして面白いことに、やはりこれを書いている時期もまた、秋なのであった。どうやらそういう季節らしい。

いやはや人はなかなか変われないものである。しかし、私は最近スカートを履くようになった。大きな進歩である。来年も秋のせいにして、少しずつ女らしくなっていることを今から願うばかりである。



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