月別アーカイブ / 2016年09月

曲がりなりにも人前で歌を歌わせていただいているので、私はしばしばツイッターでエゴサーチをする。

基本的にリプライでいただく感想は、ライブなりCDなりで私の事をすでに知っている人達が、私に宛てて書いてくれているので、有難いことに好意的な意見がほとんどである。それに対してエゴサーチで見つける感想は、本人が読まない前提で、関取花について「初めて見た印象」であったり「聴いたことあったけどこんな人だったのか」など、より客観的な感想を書いてくれているものが多い。こういう感想にこそ、自分では気づいていなかったダメな部分を知るヒントが隠されていると思うので、私はエゴサーチをしては、来る何らかの機会に備えて参考にさせていただいているのである。

少し前の話になるが、いつものように私がツイッターで「関取花」でエゴサーチをしていたときのことである。私はある呟きを発見した。内容としては、以下のようなものだった。


「ラジオから関取花ちゃんの歌が流れてきた。懐かしいなぁ、昔ヘアメイクを担当したことがあった。あの撮影、楽しかったな…」



「花ちゃんには歌い続けて欲しい。私はもう、ヘアメイクの仕事は辞めてしまったけど…」



「でもいいの。今はやっと天職を見つけられたから…今の私が本当の私だから…」


私は普段ヘアメイクをつけることなんてほとんどないので、この時、すぐにこの人が誰かピンときた。また、ツイッターの名前から考えても、間違いなかった。

しかし、確かに一度ヘアメイクでお世話になってから会う機会もなく、数年が過ぎ去ってしまっていた。まさかこんな形で発見するとは…しかしヘアメイクを辞められていたとは。はて、天職とはなんなんだろうか。気になった私は、彼女のツイッタープロフィールを見てみる事にした。するとそこには、




「六本木で夜の猫をやっています。」





マジか。



猫になったんか。



六本木の猫になったんか。




ニャんてことだ(寒


そしてプロフィールには、リンクが1つ貼られていたので、気になった私は即座にクリックした。

やがて開かれたウィンドウ画面には、自分では到底たどり着かない世界が広がっていた。

そう、彼女は六本木のSMの館の飼い猫になっていたのである。(写真の中の彼女は、首輪を付けていた)

顔は間違いなく私がヘアメイクでお世話になったその人であったが、とてもそのような印象はなかったので、驚いたと同時になんだか見てはいけないものを見てしまったような気分になって、私はそっとウィンドウを閉じたのだった。


それからは、何も知らなかった事にしようと思い、詮索もせず、彼女が六本木の猫になったことは忘れようと努力をした。しかし、CDのリリースがある度に、やはり昔お世話になった人達の顔は思い出すわけで、もれなく今回のリリースに際しても彼女のことを思い出した。


しかし、どんなにエゴサーチをしても、彼女を見つけるヒントである「六本木の猫」サーチしても、彼女のことは見つけられなかった。うろ覚えではあったが、なんとか記憶をたどり、やっとこさ再びたどり着いたその館のホームページにも、彼女の姿は見つけられなかった。

今彼女はどこで何をしているのだろうか、違う街で猫になっているのか、新たな天職を見つけたのか、はたまたヘアメイクの現場に戻っているのか、真相は謎のままである。

しかし、たとえ彼女がどの街を彷徨っていても、自然と耳に届くような歌を歌わねば、と思う。目指すは遥か彼方、君の住む街だ。




…ということで、あらためて10月5日に初のシングル「君の住む街」をリリースします。とても良い仕上がりになってます。よろしくお願いします。売れろ。






ある日、電車に乗っていた時のことである。

隣に座っていた4、5歳の女の子と、彼女の母親の会話が聞こえてきた。純真無垢なキラキラの瞳で、彼女はお母さんにこう言った。



「わたしはどこから産まれてきたの?」



で、出たーーー!その質問!!と内心思いながら、私は耳をそば立てた。一体どんな返事をするのだろう。するとその子の母親が、穏やかな表情でこう言った。



「天使が運んできてくれたんだよ」



100点!もう、100点満点!グッジョブ、お母さん!これには女の子も、そうなんだ〜と納得の様子であった。

幼い頃に誰もが一度は持つこの疑問、そして一度は投げかけるこの質問。たとえ真実は一つだとしても、すぐに真実を事細かに話す親はあまりいないだろう。だから、それぞれの答え方で、それぞれの「産まれてきた場所」をまずは教えるのだ。

ご多分に洩れず、私もかつて同じ質問を母にしたことがある。「私はどこから産まれてきたの?」と。あれは小学校に上がるか上がらないかの頃だったと思う。

今でも忘れはしない。私の母は確かにこう言ったのだ。




「首よ」



「首から産まれてきたのよ」




あまりにも自信満々に、あまりにもさも当たり前よといった感じで母が言うので、私はそれを信じた。かぐや姫の竹が首になったような感じで産まれたのか、と思った。今になってみれば、それがどれほどえげつない光景かは想像しただけでなんていうか本当にあれなのだが、何しろ純真無垢な少女の頃である、そうか、首から産まれたのか、と妙に納得してしまったのである。





(当時想像していた図。狂気でしかない。)




それからしばらくして、友達と「どこから産まれてきた談義」になった。
ある友達は「天使が運んできてくれた」と聞いたと言う。また他の友達は、「コウノトリが運んできてくれた」と聞いたと言う。二人は話しているうちに、「きっともともとは天使が運んでいるんだけど、途中でなんらかの事情でコウノトリに預けた場合、コウノトリが赤ちゃんを運んでくる場合もある」という結論に至った。そして、「花ちゃんはどこから産まれてきたの?」と聞かれたので、私は自信満々に、こう答えた。


「首」


「私、首から産まれてきたらしい」



その直後、謎の沈黙と不穏な空気が私たちを包んだことは言うまでもない。しかし、そこは純真無垢な少女たち、なんとかして穏やかな結論に持っていこうと頑張ったのだった。色々考えた結果、


「もう、花ちゃんのお母さん天使だったんじゃね説」


に辿り着いて、一件落着した。

それからしばらく、私は天使から産まれた天使の花ちゃんのキャラだったが、その中身があまりにも天使っぽくなかったので、あっという間に忘れ去られたのだった。


もしも私に子供ができたら、どんな風に伝えるだろう。電車に揺られながら色々考えてはみたものの、自分の母親を越えられるパンチのある答え方は、未だに見つかっていない。

それにしたって首はひどい。今度会ったら母親になんであんなこと言ったのか聞いてみようと思う。しかし、私があまりにもブログやラジオで母親のネタを話すので、最近ちょっとわざとウケを狙って話してくる傾向がある。だから、あれで聞いてみようと思う。




そう、LINEでね (どや)



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ということで、ブログがLINEブログになりました。と言っても特に変わったことはありません。(過去の記事もこのブログで読めます。)

これからも気ままに更新して行きますので、何卒よろしくお願い致します。

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