月別アーカイブ / 2016年07月

先日、電車に乗っていた時のことである。
隣に座っていたOLらしき女性二人が、たまごっちの話をしていた。25歳前後、おそらく私と同い年くらいのようだった。なにっちが好きだったとか、何色のたまごっちが欲しかったとか、聞いているだけで懐かしくなるようなワードが飛び交っていて、私も思わず、ふと小学生の頃を思い出した。

たまごっちが流行っている頃、わたしはドイツに住んでいた。とは言っても日本人小学校に通っていたので、流行り物なんかは日本のそれと基本的には変わりなかった。皆日本に住むおじいちゃんやおばあちゃんに送ってもらったり、お父さんに出張ついでに買ってきてもらったり、一時帰国の時に買って帰ってきたりと、なんらかの方法で日本で流行っているおもちゃやゲームを手に入れていた。

その中でも皆が我先にと手に入れたがったのがたまごっちだった。全盛期の頃なんかはクラスのほぼ全員が持っていたのではないだろうか。白いたまごっちはレアだとか、珍しいキャラを出すための裏技だとか、毎日たまごっちの話で持ちきりだった。

はじめのうちはそんなに興味がなかったものの、あまりにも皆が楽しそうに話をしているので、次第に私もたまごっちが欲しくてたまらなくなった。そしてすぐに、両親にねだった。

私の両親は、普段、誕生日やクリスマスのイベントごと以外にはプレゼントを与えない人たちだった。私もそれが当然だと思っていたし、なんでもない日に何か貰えるほどいい子ではない自覚はあったので、特にねだることもなかった。そんな私がその時ばかりはあまりにもしつこかったので、両親が困惑していたことを今でもよく覚えている。

それでも私の両親は、なかなかたまごっちを買い与えてはくれなかった。しかし、それでもしつこくねだり続けた私を見て、クラスの皆が持っている中一人だけ持っていないのは可哀想だと思ってくれたのか、ある日父親がついに買ってきてくれたのだった。

私は涙が出るほど嬉しかった。あの小さな画面、三つのボタン、ボールチェーン。皆が持っているたまごっちが、やっと私の元にやってきたのだ。ありがとう、ありがとうお父さん。本当にありがとう。

私はすぐに電源を入れた。画面には小さなたまごが一つ。そうか、はじめは皆たまごなんだよな、どれくらいしたら生まれるかな、早く私もベビっちが見たいな。そんなことを思いながら、私はたまごが割れるのを待った。

しばらくすると、たまごにヒビが入り、少しゆれはじめた。来る、来るぞ。私の胸の鼓動はどんどん早くなっていった。

ヒビがどんどん大きくなり、たまごが大きくゆれはじめた。生まれる、生まれるぞ。私は画面を食い入るように見つめた。そしてその時がきた。


ピーーーという大きな音と共に、ついにたまごが割れた。そしてたまごの中から、念願のベビっちが現れた




     





かと思った。










しかし、そこから生まれてきたのは













もう一度言おう。






ただの亀



私は何が起きたかわからなかった。これはたまごっちじゃないのか。小さくて丸いおまんじゅうみたいなべびっちが生まれてくるんじゃないのか。なぜ亀なのか。なぜ割とでかめな亀なのか。


いや待て。もしかして、めちゃくちゃレアなキャラが出たのかもしれない。私は小学生用の雑誌についていたたまごっち図鑑を広げて、ただの亀を探した。いない。どこにもいない。そして、幼心に私は気づき始めた。


これ



パチモンだろ…


そもそも、絵のテイストが全然違う。完全にアメコミ風だし、めっちゃ笑ってるし、すごいこっちを見てくるし。しかし、まさか言えるはずがない。お父さん、これパチモンだよねなんて。

そして私は泣く泣く、そのかめっちで遊んでみることにした。とにかく、三つのボタンがあることはたまごっちと変わりない。たまごっちは確か、この三つのボタンで食事を与えたり、ゲームをしたり、電気を消したり、そういったお世話ができたはずだ。かめっちはどうだろうか。まず一番左側のボタンを押してみた。




「food」




おぉ。どうやら食事は与えられるらしい。早速食事を与えることにした。美味しそうに食べている。しかし可愛くねぇ。まぁ良い。




次に真ん中のボタンを押してみた。



「clean up」




おぉ。なるほど、食事を与えたあとにはかめっちも用をたすらしい。その際はこちらで掃除をしてあげれば良いのだな。良かった、このボタンがあって。




そしてラスト、一番右のボタンを押してみた。きっとゲームか何かができるはずだ。あっち向いてホイとか、そういうやつ。私は期待を込めてボタンを押した。






「PM14:00」



時間



まさかのただの時間





ゲーム機能がついてるだなんて、少しでも期待した私が馬鹿だった。かめっちは思っているよりもひたすら現実的なゲームだったのだ。生まれて、飯を食って、用を足して、時を重ねる。生きていく上で必要最低限の行動だけで、彼は生きていくのだ。そして私は、それを見守ることしかできないのだ。すごい、深い、深いよかめっち。


そんなわけで、わたしとかめっちの奇妙な日々が始まった。きっと徐々に愛着が湧いてくるはずだ。何しろ亀だ、これから長い付き合いになるはずだ。思い切り可愛がってあげよう。そう心に決めてから三日後のことだった。いつものように画面を覗き込むと、そこに表示されていたのは

 







「†」



まさかの十字架


亀は万年生きるんじゃなかったのか


あまりにも急な出来事に、私は驚いた。嘘だろ。まだ名前だってつけちゃいなかったんだぜ。

でもここはまだ小学生、また新しく育て始めれば良い。そう思い、一度電源を落とし、再起動してみた。





「†」






そう。かめっちはやり直しのきかないゲームなのだ。一つのかめっちからは一つの命しか生まれないのだ。生まれて、飯を食って、用をたして、時を重ねる。そしてやがて、死ぬ。そして二度ととやり直すことはできないのだ。やはりかめっちはどこまでも現実的なゲームだった。さようならかめっち。ありがとうかめっち。もう私、たまごっちなんていらないよ。

そして、そうこうしているうちにたまごっちブームも落ち着き、わたしは結局本物のたまごっちを手にする事はなかった。


そんなことを思い出しながら、隣に座っている女性たちの話に耳を傾けていると、聞き慣れた言葉が飛び込んできた。





「そういえばせきとりっちっていたよね」







「いたっけ?せきとりっちとかウケる」


 





いや、かめっちの方がウケるから。










そいつが突如として私の眼前に現れたのは、6月の終わり頃のことだった。

その日は梅雨真っ只中で、私は夕方から急に降り出した雨から逃げるようにして家路を急いでいた。最寄駅から私の家までは徒歩10分ほどの道のりだが、ゲリラ豪雨のような雨の中、傘もささずにいたせいか、いつもより異常に長く感じられた。日焼け止めを塗った肌が勢いよく雨を弾く感じが、なんだか妙に気持ち悪く、とにかく早く風呂に入って、この憂鬱な感じを洗い流したい、そう思いながらなんとかアパートまでたどり着き、駆け足で階段をのぼった。

私の住んでいるアパートは内廊下になっていて、ホテルのように各部屋の玄関が向かい合っている。部屋に入る前にその内廊下で雨を一払いしている時に、私はそいつに出会った。

そいつは、ちょうど廊下の真ん中あたりで、所在なさげに小さく縮こまっていた。ボロボロの姿で、何も言わず、動きもせず、ただそこにいた。その光景はあまりにも異様だった。でも、部屋に入るためにはそいつの横をどうしても通り過ぎなければならない。私は恐る恐る近づいた。一歩、二歩、私が近づいて行ってもそいつは微動だにせず、ただ黙って、内廊下の天井を眺めていた。どうして一人ぼっちなのだろう、どうやってここにたどり着いたのだろう。そんなことを考えながら、私はそいつを横目に、なるべく風ひとつ立てないように、部屋のドアを閉めた。


翌朝、ゴミ出しに行くために私は再びドアを開けた。燃えるゴミの日は収集車が早く回ってくることが多く、その日も窓の外から聞こえる収集車の音で目が覚めた。私は寝ぼけ眼でゴミ袋を持ち、バタバタと階段を駆け下りた。そして、なんとかゴミの回収に間に合い、ホッとしながら部屋に戻ろうとしたその時である。

そいつは昨日よりもやや私の部屋に近づいたところで、昨日とまるで同じように天井を見上げていた。急いでいたため部屋を出る時は気がつかなかったが、そいつは昨日からずっとそこにいたらしい。

気味の悪いような気もしたが、朝の光を浴びたそいつは、昨日よりも少し人間味があるように見えて、哀愁漂うその小さな姿と相まって、なんだか可愛く思えた。しかし、それは同情だとか愛情だとかそんな類のものではなく、ある種怖いもの見たさのような興味というだけであった。

それからそいつは変わらず私の部屋のドアの前にいた。来る日も来る日も、誰かの帰りを待つかのように、ただそこにじっとしているのだった。

ある日の夜、寝苦しくて寝付けずにいた私は、自分の部屋の天井を眺めながら、そいつのことを思っていた。毎日毎日、内廊下の天井を見上げて、一体何を思うのだろう。そもそも、この内廊下を共有しているのは六部屋であり、どの部屋もかなり狭いワンルームのため、必然的に一人暮らし、六人がこの階に住んでいることになる。つまりそいつは毎日毎日六人の人に横目で見られながら、誰にも手を差し伸べられず、しかしどこかに葬られるわけでもなく、ただ放って置かれているというわけである。もし自分がそんなことをされたら、いてもたってもいられなくなって、発狂でもしてしまうだろうな、と思った。

そいつのことは何も知らないけれど、おそらくそいつにも良い時代はあって、自分をその胸に抱いてくれた人もいて、それが今やボロボロの姿で見過ごされる毎日かと思うと、来世でこそは幸せになってほしいとさえ思った。まったく馬鹿げているが、本気でそいつの幸せを願ったのだった。そして私はいつの間にか眠りについていた。

翌朝ドアを開けると、そいつはいなかった。まるでずっと何もなかったかのように、そいつが現れる前の内廊下に戻っていた。私はなぜか妙にホッとした。そこが土であれ、愛する誰かの胸であれ、然るべき場所にそいつがきちんと帰ったのだと思うと、なぜか妙に安心したのだった。

そして私はそのあと洗濯機を回しながら、あらためて思ったのだった。


  




ユニクロのブラトップ、最高。 




ブラトップはそんな心配ないもんね、考えた人すごいよね。







要するにアパートの内廊下に誰のか知らないボロボロのブラジャーのパットが落ちてたってだけの話です。暇かよ。

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